第4話 八十万円、負けている
最悪な目覚めだ。いつもと違う朝が、思考をグルグルさせて俺を憂鬱にする。
「社会復帰始めるわよ!」
最悪がさらにのしかかる。消えた記憶が俺の脱ニートをトリガーにして戻る・・・かもしれないらしいが当然気が乗らない。
「始めるって・・・どうやって」
「分からないわ!」
なんでそんなに自信満々に答える。
「なら、まずは俺の日常を知るんだな。そうしたら何か糸口が見つかるかもしれないだろ?」
とりあえず、日常の延命を試みる。俺のダメニートっぷりを見せつければ諦めて帰ってくれるかもしれない。
「それは良いかもしれないわね。覗かせてちょうだい。ナオトくんの暮らしっぷり」
「勘違いしないでほしいんだが、俺は厳密にはニートじゃない」
「ナオトくんが・・・ニートじゃない・・・?」
「着いてこい。仕事だ」
せっかく早起きしたし、久しぶりに仕事に出ることにする。せっせと身支度をして“職場”へと向かった。
――キュイン! ポキューン!! プチュン。
「ナオトくん何やってんの・・・?」
「何って仕事だが?」
「いいや、わたし知ってるわよ、これパチンコってやつよね!? ダメな人がやるじゃないの! お金ないんじゃないの!」
けたたましい電子音にかき消されないように、ユリカが叫ぶ。
「まぁ見てろって。――1 K 22回転・・・ボーダーは越えてるな・・・ユリカ、何も考えなくていい。とりあえずハンドルひねってひたすらこの辺に打ち込んでくれ」
筐体の左上を指さしながら打ち子・・・じゃなくてユリカに指示をする。
「わたしが打つの!?」
「あぁ、頼む。俺の社会復帰・・・手伝うんだろ?」
「おバカ! こんなので社会復帰できるわけないじゃない!」
「・・・昨日の焼きそば98円。押入れスペース分の家賃一日あたり大体200円」
「うぐっ・・・それを言われると痛いわね・・・」
「分かったな、このニート」
「ニートにニートって言われた!?」
「あぁニート同士仲良くやろうぜ?」
「嫌すぎるっ」
「社会復帰の軍資金調達だと思って頑張ってくれ、勝った分はちょっとは分けるから」
「ううう」
「右側には指示された時だけ打つ。ステージに球が行った時と保留が3つ溜まった時は、このボタンで玉を止める。これだけ覚えてくれ。じゃ俺はスロット行くから」
――隠れた優良店のイベント日の把握、部下への指示出し・・・仕事と言って差し支えないだろう。
「このAタイプはビタ押しさえできれば期待値取れるから良いなぁ」
帽子を目深にかぶってひたすらリールを回す。一万回転回せるかなぁ・・・。
いつの間にかパチンコ屋さんは俺の数少ないテリトリーの一つになっていた。
これが俺の貯金を蝕んでいることは嫌と言うほど理解している。
それでも、俺はパチンコに行かなければならなかった。
これはある種の生存戦略なのだ。
家にこもっていると時々、過去に引きずり込まれそうになる。
その過去は憂鬱を伴って俺を生から引き離そうとする。
そんな時、このけたたましい電子の海に身を投じると、過去は尻尾を巻いて逃げ出してくれるのだ。
それはまるで悪霊を追い払う祭囃子によく似ていた。
リールを回すたびに、球をはじくたびに電子音とまばゆい光は、萎れた感情の受容体を無理やりこじ開ける。だからある意味で、俺はパチ屋に感謝していた。
「お、光った」
妖艶な光に脳が溶けた。
「・・・ナオトくん・・・ねぇナオトくんってば」
「・・・不用意に離席すんじゃねぇ欠損だぞ」
「煩いし、目痛いし疲れた。お腹すいた」
やはり、初心者には過酷だったか。時計を見ると14時、休憩にするか。
近くの定食屋さんで飯を食うことにしよう。打ち子の飯の世話も親の仕事だ。
「ユリカは・・・何が食べたい?」
遠慮気味に聞いてみる。パチンコ屋さんだと強気に振る舞えたけど、普通の店だと気が小さくなった。
「オムライス! わたしオムライス食べたい!」
オムライス・・・あの子の面影が発した言葉は今現在の俺ではなく、昔の俺に届いた。
――「オムライス食べたいなぁ・・・病院じゃ出ないの」
結局あの子は、食べられたのだろうか。
自然とオムライスを二つを注文していた。ユリカと向き合う状況が気恥ずかしくて、俯いて爪先をただ見つめる。
「ナオトくん、パチンコ楽しい?」
「・・・まぁ、楽しい・・・かな。強いイベント日の前の日はワクワクして寝られないけど、朝は目覚ましより早く起きる」
「そう、楽しみがあるって多分、良いことよね。今日だってナオトくん楽しそうで・・・なんだかわたしまで嬉しくなっちゃったみたい」
――ダメニートの姿を見せて俺の社会復帰を諦めてもらう算段は失敗みたいだ。
「あ、来たわよ! ありがとうございます!」
俺も併せて黙礼する。
「待ちきれないわ! 食べましょ!」
「まずはいただきますな」
嬉しそうに食べるユリカを見ていると、少しだけ、ほんの少しだけ頑張ってみても良いかと思った。
「思い出したわ!」
「なにっ、記憶・・・戻ったのか?」
「オムライス食べたかったんだわ!」
ユリカの笑顔が周囲の風景をほんの一瞬だけ凍らせた。その笑顔に感じた一抹の満足が、自分を傲慢な人間のように思わせた。気恥ずかしくて軽口でごまかす。
「じゃ見事記憶を取り戻したということで、もう帰れるな」
「まだ全然思い出し足りないわよ」
「ですよねぇ・・」
後半戦の稼働は上々・・・とはいかずマイナス15 k。
設定も良くなさそうだし、わずかに希望をもってユリカのパチンコに向かう。軍資金の補充に来なかったあたり案外うまく勝ってるかもしれない。
ユリカの様子は・・・高まる鼓動を抑えながら驚かせないようにそっと台をのぞき込む。
――ラッシュだ!
大当たりを消化しているユリカがそこに居た。
「良い感じじゃねぇか! 状況は?」
「ん? あぁナオトくん! ナオトくんから貰った5万円全部使っちゃったけど、右に打てって言われてから球が止まらないわ!」
出玉は1万発を越えている・・・捲れるぞ!
「グレイトだユリカ・・・おまえの右手にすべてかかってる」
「なんだか責任重大みたいね」
――ポキューン!
また当たった! しかも3000だ! パチンコ分は回収だ。
「エクセレント・・・この調子で頼む」
暗転する画面・・・昇格! 出玉がさらに上乗せされる。
「ナオトくん。これって凄いやつ・・・って何上向いてるの」
いかんいかん、つい気持ち良くなってしまった。
「・・・波に乗れ・・・乗り続けろ」
「ダメだこりゃ」
獅子奮迅の活躍を見せるユリカの姿に目が眩む・・・こいつまた当てやがった。
「ナオトくんはどうだった?」
「負けたことがある・・・というのがいつか大きな財産になる」
「その台詞って多分使いどころ間違ってるわよね」
スロットマイナス15 k・・・パチンコプラス60 k。ビギナーズラックの恩恵にありがたくあやかる。
「ユリカの取り分だ。生活費にでもしてくれ」
そう言って、収益の半分を渡した。
「ナオトくんってそんな笑顔もできるのね」
「だから言っただろ期待値追えば勝てるって」
事実、期待値ある台を託したユリカは勝ってくれた。まぁ今回に関しては運の分が大きいけれど。
「期待値期待値って、その期待値ってやらを追ってきたナオトくんはいくら勝ってるの?」
「生涯で八十万円くらい・・・」
「八十!?」
「負けてる」
「全然ダメじゃん!」
「・・・収束。確率って収束するから・・・」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。・・・禁止ね」
「パチンコやめたら退屈で死んじゃうよぉ・・・」
「バイトでも始めたら解禁ね」
どうやらしばらくは隠れて行かなきゃいけないらしい。




