第28話 わがまま
デパートの地下、飲食店が並ぶエリアに向かう。並ぶと言っても田舎のデパートだけあってその数は少ない。しかしその中におあつらえ向きの店があった。
「ここにしようか」
「グッドだね」
白いもこもこの中で親指を立てるユリカ。
偶然そこにあったのはオムライス専門店だった。
店の看板を見た瞬間に、いつかユリカが喜んだ姿が頭に蘇った。アホの一つ覚えに思えるかもしれないけれど、ユリカが良いなら全く問題ない。
家族向けのファミレスめいた店舗。気取らない庶民感が今の俺たちにはちょうど良いように思えた。
ソファ型の座席に二人で向き合って座る。ユリカは大切そうにコートを丸めて隣に置いた。
いざ向き合うと上手く話せない。横顔だと少しは上手く話せるのに不思議な感覚だった。
「・・・注文するか」
メニューを開くとそこにはオムライスがあるくらいで、あとはドリンクくらいしかない。庶民派な店構えに反してオムライスに対してはずいぶん硬派らしい。
「俺はオムライス・並にするけどユリカは?」
「わたしも同じので!」
「・・・おーけい」
あとはドリンクを選んで、適当に注文を済ませる。
メニューを眺めて沈黙を埋める作戦は使えない。しょうがないからユリカを見て、ただ座る。
それでもユリカはニコニコとしていた。この時間に無駄な焦りのようなものを感じていたことが途端に馬鹿らしく思えて俺もニコニコしながら座ることにした。
ほどなくして、オムライスが運ばれてきた。
「さぁ食べよう」
「食べましょう! お腹ぺこぺこよ!」
そう言うとユリカはもりもりと食べ進め始めた。その姿の中に満足感のようなものが見えた。
「食べないとわたしが食べちゃうよ?」
「あ、あぁ食べる食べる」
食べられるらしいので俺もスプーンを動かす。
ふと視線をやった窓ガラスに、俺の目が映っていた。満足感の正体は、その瞳の中にあった。
窓に映る俺の目は、いつか父さんと母さんが俺へ向けていた目と同じだった。
子どもの頃の食卓。
もうとっくに食べ終えているのに、それでも席を立たず、ただ俺が食べる姿を見ていた二人。その時の目と、まったく同じだった。我ながらユリカに対して抱く感情が良く分からない。
「どうしたお腹いっぱいになったのか?」
「いや、そうじゃないけど・・・」
ユリカの皿には一口分のオムライスが残っている。それを半分にして口に運ぶ。時間を先延ばしているように見えるのは気のせいだろうか。
やがて、もう半口をスプーンに乗せるとユリカはそれを俺に向かって差し出してきた。
「はい、あーん」
一瞬、時が止まる。
ユリカの唇がやけに光って見えた。
――断るのはスマートじゃないな。
うんスマートじゃない。なぁにただのオムライスだ。一思いに口に入れた。
†
――ガコンと、球がピンをはじく音で意識を取り戻した。
気が付けばデパート内にあるボウリング場に居た。寄り道はしたものの、本来の目的だったボウリングだ。
頭上にある得点板のユリカの欄にはストライクの表記が並んでいる。一方俺はガーターを連発していたようだ。超えようのない差がついている。
「やった! またストライク!」
「本当に初めてなのか・・・?」
「ふっふーん」
おまけの投球でさらにストライクを重ねるユリカ。普通に上手すぎる。これじゃ次に備えて密かに練習する気も失せてしまう。
「しょうがない、本気、見せてやる」
「お、やっとやる気になったようね」
強がって球を投げる。ガーターだった。
「きゃはは!」
――69対240。ユリカの圧勝で幕引き。完敗。
「次は負けない。・・・多分」
やけくそ気味に再戦を宣言する。ピンのはじける音が背後で響いていた。
「次・・・次かぁ」
――次。
その言葉を口にした途端、ユリカの目が少し曇るのが分かった。話を続けるといけない気がして、沈黙に甘えながら、デパートの外に出た。
「あ、雪だ」
この地域にしては少し珍しい。デパートに引き返して傘を一本買い、ユリカと二人で入る。次の目的地は決まっていなかった。
「なぁ、これからどうする?」
「そうねぇ・・・」
ふと立ち止まり、雪を落とす曇り空を見上げるユリカ。白いコートに包まれるその姿は、ともすれば雪に交じって消えてしまうような儚さがあった。
「今日はありがとうねナオトくん。すっごく満足した」
どこか寂しげな目をするユリカ。
「だから、もう思い残すことはないかな」
「――え?」
「病院に戻りましょう。ナオトくん。――お別れを・・・社会復帰を始めましょ」
遠回しにしようと期待した時間はあまりにも早く来たらしい。
抵抗を許さないその笑顔は、世界の理に従う決意に満ちていた。
「いやだ」
恐らく自分史上最大に素直に口をついた3文字だった。
恥も外聞もない感情をむき出しにしたわがままだった。
子どもみたいに、強情に足を止める。するとユリカはやれやれといったような、それでも包み込むような優しい笑顔で――ギュッと俺を抱きしめた。
初めての感覚に思わず傘を落とす。
頬に触れた雪は冷たくなくて、ただ濡れたような感覚があるだけだ。しかし吸い込む空気は冬の空気で少しツンとする。その冷気から逃れるように俺もユリカを抱きしめ返す。鼓動が触れ合って一つになるような感じがした。
ふわふわとする。
うなじから甘い匂いがする。
息遣いが聞こえる。
その時間は永遠に思えた。しかし現実の時間は三十秒ほどで、その時間の終わり際にユリカは俺のコートのポケットに手を入れて、あの箱を取り出した。
「この箱を開けなきゃいけない。鍵はもうすぐそこにある」
――病院のことだろうと直感した。
「なんで・・・ユリカが開けなきゃいけないんだ」
その問いに一拍おいてユリカは答える。
「・・・わたしは願いだから」
ひどく曖昧な答えだった。だからこそ、俺がするであろう質問は全部無意味で、どんな抗いも無意味だと悟った。
願いであるユリカの願い・・・それを叶えることが唯一俺にできることだった。




