第27話 取り戻そう。俺たちの時間を
スクリーンの光が俺たちの顔を照らしていた。再会を果たして一時間もしないうちに、なぜか俺とユリカは映画を観ていた。俺たち以外の観客は誰も居ない。
観ているのは少し古い映画の再上映だった。シャッターだらけの商店街で、営業しているかどうかも分からないミニシアターではこの映画しか選択肢がなかった。埃っぽい受付には起きているのかも怪しいお爺さんが一人だけいて、千円札を二枚だけ受け取ると「好きなところ座っていいよ」と言ったのだった。
スクリーンの中では、雪の街中で髭面の男が不器用そうに少女を連れ去っている。誘拐ともいえない誘拐劇はどこかコミカルで哀愁に満ちていた。
なぜここに俺たちが居るのかと言えば、それは単純にユリカが映画を見たいと言ったからだ。
――ユリカの姿を目にすると、いろんな言葉が頭の中で渦を巻いた。
言いたいこと、聞きたいこと、話したいことが無限にあるはずだったけど、ついに出た言葉は「帰るぞ」の一言だけだった。
それに答えるのは保留したようにユリカもまた言葉を選んだ様子だった。
「遊ぼう。ナオトくん」
口角が上がるのが、歓喜で胸打つのが分かった。俺が望んだ時間がそこに在った。喜んでいることがばれるのが恥ずかしくて、平静を装った。
「何して?」
「とりあえず映画見てみたいかも。見たこと無いし。他にもやりたいこと、今はいっぱいあるんだ!」
――今は。添えられたその一言がやけに耳に残った。
そうだ、ユリカは思い出したんだ。今のユリカには記憶も、やりたいこともあるんだ。
「・・・とことん付き合ってやるよ」
金だってある。この金をどうやって手に入れたかだって、話すのは全部終わってからで良い。
その時間が今から楽しみだった。
髭面の男はボウリングをしている。誘拐した女の子とのデートもどきだ。その子を放っておいて球を取っては投げている。
「あれやってみたいかも」
映画の最中はお静かにと言いたいところだけど。今は目をつむろう。
「映画終わったら行こう」
「・・・うん!」
映画はクライマックスを迎えた。自分が刑務所に入る因縁となったマフィアに向けた銃口を下げて、なんだかんだ誘拐した少女と良い感じになっていた。なんだそれ?
「なんだかナオトくんみたいだったね」
「あんなにイケメンじゃないよ」
「そうね」
チクチク言葉だった。
「行くか」
「え?」
「ボウリング。行きたいんだろ。俺も久しぶりだし。というかほとんど初めてだしやってみたい」
「行こ行こ! ナオトくん」
金髪のツインテが跳ねる。
今までの時間を取り戻すようにユリカは俺の腕をつかんだ。二人で駆け出す。ほころぶ顔は冬の空気のせいか少しだけ赤く見えた。
「あ、そうだユリカ。その前についでに寄りたいところがある」
「寄りたいところ?」
「服、買いたい」
「ナオトくん、服着てるよ?」
「・・・ユリカの」
季節は変わっても、ユリカはあの時と同じ白いワンピースのままだ。その格好のまま冬の街を行くのは少し痛々しく見えた。
「いいの? お金かかるよ? 寒くないよ?」
「いいの! 俺が買いたいの。ほら、・・・お買い物・・・デート的な・・・」
「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
そう言うとユリカはいたずらっぽく歯を見せた。
「でも、ありがとう! ナオトくん」
商店街を抜けて、駅前でかろうじて営業しているデパートを目指す。無論服のことなんて分かるはずもなく、女の子が服を買うとすればここかなと安易にそこに行くことにしたのだった。
道中の景色は、子供の頃とほとんど変わっていない。それなのに、初めて来た町のような感覚があった。考えてみれば、商店街から駅前までのこの道を通るときは、いつも父さんの車に乗っていた。こうして歩くのは初めてなのだ。
それに今は・・・
「まだ腕離さないのか」
「ダメ?」
「・・・ダメじゃない」
くすぐったい感覚が隣にある。
無言になって、無音になる。優しい静けさだった。
†
デパートの中は意外にも人が多かった。普段なら無数に思える人の目が俺を見ているような気がしてならないだろう。しかし、ユリカの存在は容易にして俺を常人に思わせた。その感覚に勇気をもらって通路の真ん中を堂々と歩く。
しかし突如として、見覚えのある二つの目が視界に飛び込んできた。
「あれは・・・」
「あれ?」
頭の中でアラートが鳴って観葉植物の影に隠れようとするが間に合わなかった。
黒紫の長い髪がふわふわと空を切っている。例の叔母。思わぬ乱入者である。
「あらーやっぱり彼女いるじゃない!」
「・・・」
あからさまに否定するには心が躊躇った。無言の応答をどうやら肯定と受け取ったようだ。
「あら綺麗な髪ね! 大変でしょう! あ、これカレンデュラっていうお花なのよ。冬でもキレイに咲くから買いに来ちゃったの!」
本当に俺と血がつながっているのだろうか?
「え、あーありがとうございます。・・・キレイですね」
ユリカがテンションで押されている。珍しいものを見れた気がする。
「あ、この子、ユリカって名前です」
なんとか前に出て叔母の意識をこちらに向ける。
「あらユリカちゃんって言うのね。かわいい名前! うーんユリカユリカ・・・」
不思議とユリカの顔をまじまじと見つめる叔母。
「・・・うーん。まぁいいか! ナオトくんのことよろしくね!」
「わ、分かりました」
普段のユリカなら末尾にビックリマークが付きそうな勢いで答えるだろうところ、尻ごみ気味に答えるユリカだった。
「ところで二人は何か買いに来たの? 食器? 家具? 同棲って良いわよねー」
なんだか色々飛躍している気がするけど一先ず無視する。
「服、買いに来ました。ユリカの。コートとか欲しくて」
「あぁ服。良いじゃない! それなら二階の一番奥のところにユリカちゃんに似合いそうなお店があるわ。良いお店よ。安いし」
耳寄りな情報だ。値段まで気にしてくれるあたり、変なところで気が利くのは大人だからだろうか。
「ありがとうございます。そこ行ってみます」
「えぇバシッと良い服買ってあげなさい! それじゃ叔母さんは邪魔しちゃ悪いし退散するわ! あ、ナオトくん今度来るときは連絡するのよ! ちゃおー」
「了解です・・・」
嵐のような時間だった。
「えーと、今の人って?」
「あー言いそびれたな。俺の叔母さん。父さんの妹の」
「血繋がって無さそうだけど・・・」
「俺もそう思う」
「ふふっなんだか面白いわね!」
「笑ってくれるなら何よりだ。さ、行こうか」
「えぇ! 行きましょ」
件の服売り場は確かにリーズナブルだった。店員さんがレジに立っているだけなのも好印象だ。奥まった場所にあるせいか心なしか少し薄暗い店の中で唯一淡く光ったようなコートにユリカは駆けて行った。
「ナオトくん! これ! すごく良い」
女の子の買い物は長いと、どこかで聞いたような気がするけどユリカは即決だった。
「良さげじゃないか。少し羽織ってみれば?」
鏡の前に立ちコートを試着するユリカ。ワンピースと同じように白い、もこもこしたコートだった。
「おぉ・・・これは」
まるでユリカに着られるのを待っていたように似合っている。
「どうかな? ナオトくん」
「似合ってる。すごく。うん、良い感じだ」
「本当! 他に言うことは?」
「・・・美しい」
「なんか違う」
「・・・かわいい」
「よし。へへっ」
かわいい。
会計を済まして店を出るとすぐにユリカはコートを着た。どうやら本当に気に入ったようだ。少し痛い出費だった。それでも心は痛まなかった。
「じゃ行くか。ボウリング」
「行きましょ! ・・・のその前にナオトくん・・・」
「どうした?」
ぐーっと腹の音が聞こえた。下を向くユリカの耳が赤い。
「・・・飯食うか」
「・・・食べましょう」




