第22話 外だ、外だ、外だ。
夏が過ぎて少し涼しくなった時、貯金が底をついた。我ながらよく持った方だと思う。グッズを売った金と残っていた貯金を限界まで引き伸ばした成果だ。
目減りしていく貯金残高に心を痛めながら、3つに分けたカップ焼きそばを3食だと言い張った。たまの贅沢で乗せた目玉焼きが乗ることはもうない。
「腹減った・・・」
ぐぅ・・・と、家具や家電さえ売り払った部屋に腹の音が空しく響く。
――この夏は一段と暑い夏だった。
酷暑をうちわでごまかしながら、日の光を頼りに生きて、暗くなれば眠った。寝汗と一緒にお金が零れ落ちる夢を見た。
夏が過ぎた今は、ただ飯のことだけを考えて生きている。食べたくて食べたくてしょうがない。それでも手元に残った僅かな現金を思うと、それすら躊躇してしまう。
あの日の就職宣言はユリカの消失とともに消え去り、俺はまたまた焦燥と倦怠の中で動けなくなっていた。
ユリカが隣に居れば、今頃働いていたのかもしれない。
しかし、そんな空想は今や夢物語に過ぎなかった。根本的に、やはり働くことは怖かったのだ。
今は10月。夏とも秋とも呼べない中途半端な季節だった。
先月、最後の家賃が俺の口座を空にした。そのあとすぐにスマホが圏外になって、やがて電気が止まった。水道はまだ出る。お湯は出ない。
水道水でカップ焼きそば作れなくなるのが先か、ラスト3個のストックが尽きるのが先か時間の問題だった。
すべきことは分かっていた。単純に働きに出れば良い。
近所のコンビニではいつだってアルバイト募集の張り紙がしてある。志望動機だって頭で何回も繰り返した。
「現在の生活を立て直すため安定した収入が必要だと考え、応募いたしました。コンビニは地域の日常を支える身近な存在であり、その一員として働くことで社会とのつながりを持ちながら貢献していきたいと考えています。真面目に勤務し、責任感をもって業務に取り組みます」
――うん、良い感じだ。
しかし、家の壁を一歩超えるにはあと一つ何かが足りない。・・・分かってる。人からどう見られるかが、恥をかくのが怖くてしょうがないんだ。子供みたいな甘えが俺の中に巣食っていた。
――いや壁があるからだ。
壁さえなければ、そこは外だ。
外には金が、飯がある。
穴の開くような視線で壁を睨みつけていると、ふらりと眩暈がして、そして倒れた。
†
――「わたしにまた逢いに来て」
声が聞こえた。耳から聞こえる声じゃなかった。
「え?」
見えない声の主に向かって問いかける。
「鍵、取りにきてね」
「鍵って・・・なんのこと・・・」
「忘れちゃいやよ」
靄のかかった曖昧な声。声の主は・・・。
「ユリカ!?」
†
どうやら、夢を見ていたらしい。また起きられたみたいだ。空腹で倒れたのだと理解し、仕方なくカップ焼きそばに水を注ぐ。30分後には久しぶりの飯だ。
窓から夕暮れの日差しが差している。
その日差しで、あの箱だけがやけに光輝いて見えた。
カロリーを摂取すると、少しだけ頭が冴えた。明晰な思考に天啓を見る。
そうだ、外に出よう。
外に出ていれば家賃も払わなくて良いはずだ。外に出れば飯があるはずだ。やはり俺は聡明だ。外だ、外だ、外だ。
――俺は賢いから厚着をする。
――今日は外で寝るから毛布だって準備する。
計画は一点の曇りなく完璧だった。
何かが変わる気がして、自然と頬が上がった。
あはあはあは。
前から目星をつけていた河川敷がある。今日はそこで寝てみよう。目的地が決まれば足はなおさら軽くなった。
久しぶりの外はクリアだった。湿っぽい空気はもうなくて、10月の夜は澄んでいる。本当は走りたかったけど、カロリーの無駄遣いが怖くて歩いた。――やはり俺の思考は冴えている。
月が、街灯が、車のライトが俺を歓迎しているようで、中学生の時した深夜徘徊みたいな高揚がした。
辿り着いた河川敷に毛布を広げて躊躇なく寝転んだ。瞬間、草の匂いに包み込まれる。
頭上では、鈍い金色の月が煌々と輝いていた。それを見ると、なぜか久しぶりに熟睡できそうな気がした。
外に出た、明日は何をしようか。楽しみで眠れないのはいつ以来だ。
虫の声が聞こえる。
川の音が聞こえる。
堤防の上で談笑するカップルの声が聞こえる。
――カップル、男女――ユリカ。頭上の月が不意にぼやけて、いつかユリカが話したお伽噺が頭をよぎる。
――物語の少女は何を願ったのだろうか。
「そういや、箱置きっぱなしだな・・・」
そう呟いてから目を閉じた。




