第14話 星、見に行かないか。
スマホの画面が俺の顔を照らしていた。今日の外出で疲れたのか早くもユリカは押入れの中で寝息を立てている。
――魔法少女プリズムプリマギア、違法アップロードまがいの低画質動画や、個人ブログの断片をいくつも渡り歩いた末に、ようやくその場面へ辿り着いた。
望み薄ではあったがネットで探し当てたアーカイブのワンシーンを繰り返し見ていた。視聴者プレゼントの当選者発表だ。
『今回当たったのは〇〇県のユリカちゃん! おめでとう!』
空虚に響くアーカイブの明るい声は、正確無比にこの箱が限定品で、確かにあの子が俺に託したものであることを伝えていた。
今まで、気にも留めずに思い出として飾っていただけの箱。しかしユリカが現れたことで、この箱を軸に停滞した日常が動き始めた。
希少な箱に込められた意味。鍵を渡さなかったその訳。――そしてユリカの正体。
その3つがつながりそうで確定的な何かが欠けている。
ユリカの記憶は、それらを繋げるのだろうか? 足りない頭を堂々巡りさせていると今日の疲れが俺を眠りへといざなった。
†
「デートをしましょう」
朝、開口一番に突拍子もないことをユリカが言い出した。
「デートすれば何か良いことでもあんの?」
良いこと・・・ユリカの記憶が戻ること? 実際のところ、その手掛かりになるであろう箱を開ける術は見つからない。
いや、実のところ箱に頼らずともユリカの記憶を戻すかもしれない方法が、一つだけ思いついていた。至極簡単なやり方だ。しかし、それを実行する覚悟が今の俺にはまだない。
「特にないわ。強いて言うなら・・・ナオトくんが嬉しい?」
「はいはい、嬉しいと良いね」
言葉に反して、楽しみになる自分がいた。
「でも、箱のことは良いのか? おまえの記憶にも関わるだろうに」
「それはそうだけど、今日は休憩の日、ナオトくんの箱がわたしの記憶につながることが分かって、そのためにナオトくんは動けた。だから、その・・・お祝いさ?」
照れくさそうな視線は傲慢にも、その言葉を発する勇気を思わせた。なら答えてみるのもやぶさかではない。
「デートって言っても、何すりゃいいのか分からん」
「いいや、いろいろあるでしょ! 例えば・・・」
「例えば?」
「・・・」
「・・・」
「分からないわ」
「おい」
「とにかく! ナオトくんの好きなことしましょ! ほら〇郎でもパチンコでも良いわよ」
「一応言っとくけど、その二つだけが趣味じゃないからな」
「じゃ他にやりたいことは?」
「・・・とりあえず、〇郎行こうか」
〇郎 イズ ビューティフル。説明不要。多くは語るまい。
重たくなった腹に幸福を抱きながら、ユリカの方を見る。食べる速度が前回よりも上がっていた。今後の成長が楽しみだ。今後の・・・? 邪念を振り払う。
「ユリカは何かしたいこと無いのか?」
「うぅ・・・座る。ちょっと座りたい」
「座ろうか」
近くの公園で一息つく。桜が散って、芽吹き出した緑が見える。萌芽が咲かせる色は何色になるのだろう。
「わたしのしたいこと・・・だったわよね」
「あぁなんでも。あんまり金かかるのは勘弁な」
「したいこと、したいこと・・・・わたしのしたいこと・・・」
「俺の社会復帰ってのは置いといてだ」
「じゃあなおさらよ・・・わたしって何がしたいのかな」
寂しい目だった。その瞳は夜の窓の外を見つめたあの子と同じだった。
――『星見たいな』窓越しの空を見つめるあの子。「ここからでも、見れるよ」って答えが間違いだってことは幼い俺でも分かっていた。
今、思いついたように、それが俺の思いであるかのように口を動かした。
「星、見に行かないか。ちゃんと見たことなくってさ」
「・・・ナオトくんって、そんなにロマンチストだったっけ」
小ばかにしたように微笑む口の口ぶり以上に浮き立つように見えたのは、俺の錯覚だったのだろうか。
「ちょっと遠いけど奥多摩の方に行ってみようぜ。あのあたりに綺麗な星空があるって聞いたことがある」
「・・・ありがと。ナオトくん」
やけにしおらしいユリカを珍しく思いながら駅を目指した。
通勤ラッシュが酷いと聞き知っていたこともあり、人波に押し込められる車内を想像していたけれど、昼過ぎの中央線は思いのほかガランとしていた。
申し訳なさと優越感が入り混じる気持ちを抱えながら隣に座るユリカを何と無しに見る。
こうして隣で電車に揺られているとただの同世代の女の子にしか見えない。
しかし、あの日、ユリカは不可解な、説明のつかない現れ方をした。まるで世界の隙間から零れ落ちるみたいに。
人ならざるかもしれない、けれど確かに俺の前に居る。それが今の俺のユリカという人・・・あるいは現象に対する理解だ。
突然現れた。だから突然消える。
そんな想像を振り払って車窓に目を移した。今乗った電車みたいに案外・・・なんてことを心のどこかに思いながら。
車窓は都会の街並みを過ぎて、閑散とした郊外の風景に変わっている。子供の頃過ごした風景を思い起こしながらユリカに問いかける。
「なぁユリカ・・・」
続ける言葉が迷いの中に消えた。
「何? ナオトくん」
別の言葉でお茶を濁す。
「・・・楽しいか」
「多分、楽しいんだと思う」
曖昧な言葉だった。ユリカじゃない、誰かが言っているような。
――『次はー青梅、青梅。終点です』
無機質なアナウンスが取り留めのない会話を終わらせた。
電車を乗り換え、奥多摩へと道を進める。次第に増えていく人の手が入らない風景。その中で揺れる木々が、俺がユリカに抱く不確実性となぜか重なるように見えた。
電車は確実性をもって奥多摩駅のホームに滑り込んだ。
思えば道中ユリカのことをずっと考えていた。もう少し会話がはずめばよかったのだけど、具体的な共通言語がない状態で会話をするのは難しいことらしい。共通言語を作るのは今後の課題だ。
もう4月も半ばとはいえ森に包まれた奥多摩は少し肌寒い。着いたホームを歩きながら上着を持ってこなかったことを後悔する。
「着いたわね! 自然!」
寒さを感じさせないユリカに安心と羨ましさを同時に抱く。しおらしさはどこへやら、元気そうで何よりだ。
――奥多摩。都心部から離れ東京とは思えない自然が広がる場所。澄んだ空気は星空への期待を確かなものにした。
「時間も少しあるし歩いてみるか」
「そうしましょ!」
無邪気に笑って跳ねるように歩く姿は、無理に連れてきたかもしれないという想像を杞憂に変えた。その姿につられるように俺も跳ね歩いた。
「ナオトくん! あれ見てあれ!」
「どうしたよ、そんな大声出さなくても・・・ってうお!」
猿がいた。欄干を手足で器用につかんで歩いている。
「猿初めて見たわ・・・」
「俺も野生は初めてだな・・・」
二人で顔を見合わせて、ただ純粋に笑った。ユリカとこうして笑うのは初めてだった。
本当に、純粋だった。
「良いもの見れたし、時間もそろそろだしバス停に行こうか」
早くも夕暮れの気配がして、星の時間が迫っていた。




