第12話 とりあえずアキバに行けば何とかなる?
船乗りがオリオン座を見つめるように、往々にして、旅先には目標が必要だ。目標を持たない船旅は必然的に瓦解し、それは遭難と変わりない。
俺たちクルーはオリオン座を求めて――秋葉原に立っていた。
「で、なんで秋葉原なの?」
「アニメグッズと言えばアキバだろ?」
――時は今朝にさかのぼる。
これから始まるユリカの記憶探しを前に一眠りして準備を整えた後、俺とユリカは改めて、その手掛かりたる箱を見つめていた。
単純に箱の中に真実があるのならば鍵屋さんや金槌に頼るのも手段の一つだ。しかし、それで社会復帰できる気は毛頭しないし、それでユリカの記憶が戻るとは微塵も感じられない。
ユリカの超常性を鑑みるに、やはり箱を開ける過程にこそ真実があるように思えた。
――手のひらサイズの黒い箱。
縁に合金の銀細工があって、その中心に鍵穴がある。銀細工をユリカが指でなぞった時、はっとしたような声を出した。
「・・・この模様、知ってる気がする」
「模様?」
俺も手に取って、その模様を見つめる。
――今まで気にも留めなかった、規則的なその模様は確かに何かのモチーフに見えなくもない。物は試しと、スマホのカメラで撮影して画像検索にかけてみる。
「これは・・・」
検索結果を目にした途端、あの日の記憶が俺の中になだれ込んできた。
――「ナオトくんが怪獣役ね! えいっえいっ」
「うわぁやられた! ・・・痛い、痛いから・・・参ったから・・・」
「参ったのね! それじゃ必殺!」
降参した怪獣に余念なくとどめを刺そうとする。その容赦のない無邪気さを楽しいと思っている俺がいた。
――「・・・マジカル・ミラクル・トゥインクル」
「怪獣さんよ星になれ・・・?」
はっと口を押えるユリカ。
「・・・なんだか、すごく懐かしいみたい」
「これは――この箱は、アニメグッズだ」
検索結果が示したのはあるアニメのタイトル
――魔法少女プリズムプリマギア。
あの子が、好きだったアニメ。
退屈だっただろう入院生活の少ない楽しみだったアニメ。
一つ蘇った記憶は連鎖的に他の思い出も連れてきた。
約束だった、朝早い日曜日。
戸惑いながら買ったテレビカード。
病室のカーテンから差し込む光。
一緒に見た魔法少女プリズムプリマギア。
――半分この時間。
この箱がアニメグッズならば、それを起点に探すことしか思いつけない。
我ながら、あまりにも単純な思考回路だと思う。でも、唯一手に入った箱の鍵の手がかりは、この単純な思考の中に生まれた思い付きの中にしかなかった。
――そんなわけで、俺たちはアニメファンの聖地・秋葉原に立っていた。
前までの俺には考えられない遠出だ。久しぶりのアスファルトの匂い。
――アキバ散策で跳ねる観光客の声。
痛いくらいにビカビカ輝く看板。
そのすべてが非日常の訪れを宣言しているようだった。
「で、なんで秋葉原なの?」
「これは魔法少女プリズムプリマギアのグッズだ。これがただの玩具なら、同じ箱をアキバで見つけたら、その鍵が使えるかもしれないだろ?」
「・・・やるわね、ナオトくん」
ユリカも俺と同じく単純な思考回路の持ち主だ。心のどこかで聞こえる「こんなところにあるわけないのは分かってんだろ?」って言う声は無視して、俺たちは穴だらけの作戦に身を投じることにした。
「作戦は単純、アニメ系の店を片っ端からまわって同じ箱が売ってるのを探す。良いか?」
「おっけいよ! なんだか探偵さんみたいでワクワクするわ!」
「いい心意気だ・・・」
行動開始と言おうとした時だった。
そういえば意気揚々家を飛び出してからまだ何も食べてない。
金はできた、外食への躊躇はない。俺とユリカの腹が同時に鳴った。
「・・・まずは飯食うか」
「・・・まずはご飯にしましょ」
同時に言って、照れくさくなって二人でそっぽを向いた。見つめた先の空は青かった。
雑踏を掻き分けて、コスパ良さげな牛丼屋さんに入る。年季相応の厳しい雰囲気が張り詰める店。
ただ味は確かで、これから始める夢幻の模索に向けて心がそっと熱を帯びた。
「ナオトくん紅生姜乗っけすぎじゃない」
「これくらい爆盛りの方が旨いんだよ。腹も膨れるしな」
「卑しいわね」
「お金払ってないやつがそんなこと言うんじゃない」
下らないやり取りの中に、それをひそかに楽しいと思う自分がいた。
意外な感情だった。
人と関わることが怖いと思い込んでいた俺がこう思えることに少し驚く。
この時間が・・・なんてことは考えない、この思考が俺を苦しめる直感があった。
視線を牛丼に返して、紅生姜の酸味としょっぱさのマリアージュに心を打たれていると、ユリカが何気もないように口を開いた。
多分、本当に、何もない様子で。しかし、確かな痛みを伴った言葉だった。
「ナオトくんのお父さんとお母さんって何している人なの?」
瞬間、遅れ始めた時間の中で頭の歯車だけがやけに回った。ありのままを言うか、言わないか。口をつぐませたのは、ある種の諦観だったのかもしれない。事実を言うことは悪いことのような、あるいは、事後の罰を思わせた。
「父さんは医者、母さんは看護師」
――だった。
動き始めた景色の中に俺の口がある。結局のところ、俺じゃなくて脊髄が答えた。
「そう、なんだ。すごく偉い人なんだ」
表情の微妙なニュアンスをくみ取ったのか、単純にそれ以上の興味がないのか、ユリカはこの会話を続けなかった。
「さ、行こうか」
「・・・行きましょう! ユリカアイズですぐに同じ箱見つけるんだから!」
「その意気だ。俺も頑張る」
やけに大げさにアキバの雑踏に駆け出すユリカ。早々人にぶつかりそうになってへこへこ謝っている。
猪突猛進でも変に律儀な様子を不安に思いながら俺も後に続く。
今、箱が開いたとして、俺が社会復帰できるのか。ユリカの記憶が戻るのか。
その疑問にはいったん鍵をかけて歩き出した。




