第11話 新たに見つけた道しるべ
憂鬱が過ぎた後は少しだけ元気になれる。これから始める何かのために英気を養うことにする。
「外に出て、飯食いに行こう。行きつけに連れてってやる」
「行けるなら、わたしもナオトくんの行きつけ行ってみたい」
人を連れ出して飯に行くのは初めてだった。
――『ニンニク入れますか?』
「ニンニクで」
キマッた。
――ニンニク以外は何も足さないし引かない。これが俺のポリシー。
ラーメン〇郎――数少ない俺の社会との接点。
「これがナオトくんの行きつけ・・・?」
張り詰めた店の空気。異常な量のラーメンにがっつく先客の姿にユリカは圧倒されているようだ。
「お隣の方は?」
「え? ええと・・・」
「とりあえずニンニクって言っとけ」
戸惑うユリカにそっと耳打ちする。
「ニ、ニンニクで」
――着丼。ブタと醤油の芳醇な香りに思わず恍惚。白目をむきそうになるが、気を保っていざ喫食。
「う・・・旨すぎるっ!」
心の中で思わず絶叫。
さて、ユリカを見るとブタにかぶりついている。
――こいつ、ブタから行くとは・・・才能あり・・・だな。
それからは一心不乱に麺をすすった。最悪ヘルプするかなと思っていたけど、それは杞憂のようで、ユリカも何とか食べきったようだ。
丼をカウンターにあげて、机を拭いて退店。
「どうだった?」
「うっぷ・・・美味しかったような気がするけど、ちょっと量が多いわね・・・」
げんなりとするユリカに黒烏龍茶を差し出す。
俺は恍惚の中ルンルンと、ユリカは重たい腹をやれやれさすりながら歩く。
「いややっぱり、多すぎたわ・・・気持ち悪い。・・・でも」
「でも?」
「・・・こうしたかったのかな」
真意をつかみかねる言い回しだった。
「わたしも良く分からないけど、一緒に出歩いてご飯食べる・・・なんだかこれだけで満足みたい」
「まだ何も始まっちゃいないよ」
そう。まだ何も始まっていない。だから多分、始めなくちゃいけない。
俺の人生を?
ユリカの願いの成就を?
あるいはそのどちらでもない何かを。
重い足を漠然としたどこかへと進めなきゃいけない時間が来たように思えた。
しかしながら、英気を養ってみても、何をしていいのか分からなかった。
ただ具体的に分かることは金がないってことと、どうやら俺はまだ働けないらしいということだけだ。
だからとりあえず、金を作ることに決めた。
「何やってるの? ナオトくん」
「お別れだ」
ニートライフを見守ってきてくれた、フィギュアとかアニメグッズとかギャルゲーを優しく梱包する。安い買い物じゃなかったし、少しくらい活動資金に還元されるだろう。
これは祈りだ。価値の分かる人の手に渡ることを念じながら優しく梱包を進める。
――このギャルゲーは出てきたヒロインが全部妄想の産物でしたって言う怪奇ゲーだ。でも過去のトラウマを具現化して、それと向き合う姿に勇気をもらえた。
――世界のルールを変えるために命を賭した少女のフィギュア・・・君から貰った勇気を俺は忘れない。
全部が俺を作り上げた、俺の構成成分。一つ一つに別れを告げながら手を動かす。
「それって、大切なものじゃないの」
「大切だった・・・でもこれに頼れる時間はもう終わりだ」
丁寧に丁寧に棺桶役の段ボールに詰める。
「・・・わたしも手伝うわ」
「ありがとう」
段ボール2つ。ここに3年間のニートライフが詰まっていた。
「さぁ売りに行こうぜ」
「本当に良いの?」
「うだうだしてたら多分一生無理だしな。さっさと行こう」
未練を断ち切るように思い出を抱えて街へと繰り出した。
段ボールを抱えて電車に乗る俺たちはさぞや異様に映っただろう。しかし、その成果は上々だった。
――「なかなかレアものが多いですね。それに保存状態も良い。頑張らせていただきます」
二カ月くらいは何もしなくても生きられるくらいの金になった。空しい金だった。
帰り着いた家はさっきよりも広く感じて、引きこもり前に戻ったみたいに感じる。
前に進んだか後ろに戻ったか分からなかった。
「わたし思うんだけど・・・あれはきっと、同じように好きな人の手と手の間を回り続ける・・・と思う。だから生活が良くなったら、きっとまた手に入れましょ」
希望的観測もいいところだった。
「そうだな・・・きっとまた手に入れる」
手元の金じゃ買い戻せない。だからこれを起爆剤みたいにしてもっと前に進もう。
この決心を俺は敢えて口にした。
「俺は面接すらこなせない。ゲームも売ったから逃避もできない。おまえの記憶を戻す。今の俺にやれることはそれだけだ」
うまいことを言おうとしたけど言えなかった。
その時だ。
・・・コトン。偶然だったのかもしれない。必然だったのかもしれない。大げさに振りかざした手がデスクを揺らし、あの箱を床に落とした。
「あっ」
箱を取り上げるユリカ。
「わたし・・・これ知ってる」
箱を手にしたまま、ユリカは動かない。
その声はどこか空虚で、でも確信があって、冗談や無意味な励ましを言っているようには聞こえない。
「知ってるって・・・どういう意味だ?」
この箱を知る人間は限られている。俺と父さんと、そして・・・あの子。
ユリカはすぐには答えなかった。代わりにガラス細工にでも触れるように優しく表面を撫でる。
「懐かしい感じがする・・・多分、これは・・・開けなきゃいけないもの」
「開けなきゃいけない・・・?」
あの日、父さんから受け取った日から開いたことがない箱。鍵があったとしても多分開けられなかった箱。
「ナオトくんが鍵を見付けなきゃダメだと思う」
「鍵を開ける・・・」
・・・こう言って自分でも少し可笑しいと思ってしまう。ただの箱。あの子の思い出。それ以上の意味はないと思い込んでいた。
「あるよ、鍵」
その一言に、心臓がドクンと跳ねた。
「・・・どこに?」
ユリカは少しだけ考えるように目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
「・・・遠いところ。だけど、ちゃんとある」
曖昧な答えだった。なのに不思議と嘘をついていないことが分かった。
「きっとそこにわたしの記憶が・・・ナオトくんの社会復帰の鍵があるはず」
「行くしかねぇな」
即答に反して、その言葉にほんの少し、自分でも気づけないほど些細な引っ掛かりがあった。
しかし、社会復帰だとか、仕事だとか、そんな目の前に転がる大問題よりも、今はただ、この箱と・・・ユリカの記憶の方がずっと切実な問題に思えた。
「良いの? ナオトくん。良い答えじゃないかもしれないよ?」
「・・・頑張れる“何か”があるのはきっと良いことだろ」
ユリカは少し驚いた顔をして、それから、ふっと優しく笑った。
「・・・うん」
その笑顔を見て、少しだけ心が軽くなった。
――何かが、明確に動き出した気がした。俺たちの逃避行が始まった。




