第07話 同担拒否だから、借りは絶対返す!
一週間は何事もなく過ぎていった。
一度は持ち直した秋穂も、ライブが近づいてくるに従って、また不安げな表情を浮かべるようになってきた。
「やっぱり、今日はやめとく……」
ライブ当日、朝から浮かない顔をしていた秋穂は、駅まで来たところでそんなことを言い出した。
「行ったら、チユちゃんに迷惑になるから、少し自粛するね」
今更になってそんなことを言い出す秋穂の背中を押して、改札へと向かう。
「ちょ、おにい離して!」
「気にしなくていいって言っただろ、行くぞ」
いつもとは逆だなと、心の中で笑いながらも逃がさないように秋穂を押していく。
今日行かないとダメだ。
今逃げたら、秋穂はもう行けなくなるだろう。
そんな予感がしていた。
「とりあえず、会場までいくぞ。そこで責める人がいたら、おれも一緒に帰るから」
そう言うと、ようやく観念したのか自分で歩き出す。
「わかった……、でも、その時はおにいだけでもちゃんと見てあげて」
「大丈夫だから安心しろって」
電車に乗ってからも秋穂は浮かない顔をしている。
重症だな……
何度か話しかけても心ここに在らずという感じで、気づくと池袋に到着していた。
秋穂は怯えるように腕にしがみついておれに着いてくる。
駅を出るとすぐに会場だ。
既に多くの人が集まっていた。
公園に入ると、いつものティッシュの人が寄ってくる。
「こんちわー」
「今回は大変だったね」
投稿を見たのだろう、秋穂のことを心配してくれていたようだ。
予め話をしていたのだろうか、何人かのファンがこちらに集まってきた。
秋穂がおれを掴む手に力が入った。
「気にしなくて大丈夫だよ」
「むしろ、今日来てくれてありがとう」
「カップルで同じ推しとか素敵」
口々にそう投げかけてくれる。
「だから、あんな言葉に負けずにこれからも来て欲しいな」
最後にティッシュの人がそう告げる。
「……はい」
力なくそう答えた秋穂だったけど、顔には笑みが浮かんでいた。
「わざわざ、ありがとうございます」
おれは事前にこの人にDMで相談していた。
――気にする必要はないよ
――なんか考えておくね
そう言ってくれていた。
まさか、わざわざ人を集めてくれるとは思ってもいなくて、本当に感謝しかない。
秋穂のことだけじゃない。
HIGH&MEに出会わせてくれたことも含めて、いつか恩返ししないとなと心に決めた。
周りからの視線がなかったわけではないが、秋穂はしっかりと前を向いてライブを楽しんでいた。
*
「あー、楽しかった!」
帰り道、朝とは違って秋穂の顔は晴れていた。
あれだけ不安そうにしていたのに、ライブが始まると全力で飛び跳ね、そのあとの特典会も参加していた。
どうやら、チユも励ましてくれたようだ。
今日のライブがどれだけよかったか、そんなことを語っていたが、秋穂は気がつくと眠ってしまっていた。
最近眠れていなかったみたいだったからな……。
肩にかかる秋穂の重みを感じながら、本当に良かったと考えているうちに、気がつくと、おれの意識も遠のいていった。
*
「お客さん。終点ですよ」
「おにい!やばい!」
乗務員と秋穂に肩を叩かれ目を覚ます。
慌てた様子の秋穂に手を引かれ電車を降りると、そこは知らない駅だった。
「えっと、どこだここ?」
「終点まで来ちゃったみたい」
駅員に一度改札を出るよう言われ、改札を抜ける。
せっかくだからと、駅から出るとそこは潮の香りに包まれていた。
「なんでおにいまで寝ちゃうかなぁ」
「ああ、悪い。せっかくだから海でも見ていくか」
「行く!」
念のため、義母にやらかしたと連絡だけ入れて、秋穂と共に海へ向かう。
「秋穂何飲む?」
「なんだと思う?」
そう言って、試すような笑顔を浮かべる秋穂をスルーして、自販機に小銭を投入する。
そして、迷うことなくペットボトルのサイダーを選んだ。
「ほれ」
「あたり!さすが!」
秋穂は嬉しそうにペットボトルを受け取ると、蓋を開けて口をつける。
「そりゃあ、こんだけ一緒にいればな」
「……ほんと、天然で嫌になる」
「なんか言ったか?」
「何も言ってない!」
飲み物を飲みながら、少し歩くと海に出た。
暖かくなってきたとはいえ、まだシーズン前の海水浴場には人は少なく、そこには無人の砂浜が広がっていた。
「うみだーーーーーーー!」
秋穂は躊躇なく、砂浜にかけ出す。
水平線に沈む夕日に照らされながら、くるくる回る秋穂を眺めながら、改めて良かったと思う。
今日逃げていたら、この笑顔が戻るまでどれだけの時間がかかっただろう。
自然とスマホを取りだして、走り回る秋穂の写真を撮っていた。
「ちょっ!おにい何撮ってんの!」
「夕日が綺麗だったからな。ダメか?」
「いいけどさ……後で見せてね!」
跳ね回る秋穂のことは置いておき、波打ち際まで行ってみる。
寄せては返す波。
泡立って、炭酸のような弾ける音。
そんなものをただ眺める。
「おにい、ほんとそれ見るの好きだよね」
いつの間にか、秋穂が横に立っていた。
走り回ったせいか、顔は赤らんでいて汗に濡れている。
「なんか見てると安心しないか?」
「そこは同担になれない!」
そう言うと、秋穂は靴を脱ぎ出した。
素足になると、海へと歩を進める。
「くすぐったい!波を感じるならこっちっしょ!」
「おまえ、拭くものもないのにどうする気だよ……」
きっとおれが買いに走らされるんだろう。
波が寄せると秋穂の足に積もっていく砂は、引き波と共に流されていく。
そんな様子が面白くて、じっと見つめる。
秋穂が急に足を振り上げ、おれに水しぶきを浴びせる。
「そんな見られたら、さすがに恥ずかしいんですけど!」
「あ、悪い」
こいつにも羞恥心なんてあったんだなと思いながらも、そりゃあそうだと素直に謝る。
「べつに、おにいになら見られてもいいけどさ……ねえ!夏になったらまた来よう!」
「そういえば、HIGH&MEのビーチライブも予定あったな」
八月、海水浴場で行われるフェスの参加告知がされていたことを思い出す。
そういうことじゃないんだろうな、とは理解しつつも少しからかいたくなる。
「違う!一緒に遊びに来ようって言ってるの!」
「そうだな、泳ぎに来ようか」
予想通りの反応に、すぐにフォローを入れると、満足そうな顔をしておれの隣に座って体を寄せてきた。
「ね、さっきの写真見せてよ」
スマホを取りだして、秋穂に差し出す。
「うわ、逆光過ぎてわかんないじゃん」
そこには夕日に照らされた秋穂のシルエットが映っている。
逆光で顔はよく分からない。
ただ、楽しそうにはね回ってるという雰囲気だけは伝わる。
そんな写真だった。
「でも、雰囲気出てていいね。これ送っといて!」
お気に召したようで何よりだった。
SNSを開き、秋穂に写真を送付する。
何枚か撮った写真もまとめて送っておけばいいだろう。
「これ、SNSにあげていい?寝過ごして終点!って」
「ああ、好きに使え」
秋穂が笑っている。
それだけで、今日連れ出して良かったと思えた。
「おにい、今日はありがとう」
潮騒に紛れて、秋穂のつぶやきが聞こえた。
「おにいがいてくれてよかった……、でもね……」
「同担拒否だから、借りは絶対返す!」
*
あとがき
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