第02話 同担拒否だけど、他界は認めない!
「同担拒否だから、おにい嫌い!」
そう言って、秋穂は一人で走って行ってしまった。
同担拒否という言葉の意味が分からず、スマホで検索する。
――同じ推し(担当)を応援する、他のファンの存在を拒否する。
その理由は、恋愛関係、解釈違い、マウントの取り合いだったりが多いみたいだ。
秋穂に当てはまるのは「マウント」なんだろう。
おれが認知されていた。
おれに向かってファンサしていた。
たぶん、それが嫌だったんだろうなと思う。
どうしたものかと考えながら、一人で夜の道を歩く。
別に今日知ったばかりのアイドルだし、比べるまでもなく秋穂を取るべきなんだろう。
でも、チユの笑顔が頭から離れない。
一目惚れとは違う、ただその笑顔を守りたいとだけ思った。
「ただいま」
「おかえりなさい。秋穂先に帰ってきたけどケンカでもした?めずらしいわね」
家に帰ると、義母が出迎えてくれる。
「いや、たぶんちょっと不貞腐れてるだけだから、気にしなくていいと思う」
明日には機嫌も治ってるだろ。
そう思うことにして、深く考えるのをやめる。
「おかえり、同担!」
よく分からない名前で呼ばれた。
「なんだそれ?」
「同担くんにはおにいって呼ばれる資格はありませーん!呼んで欲しかったら推し変して!」
その笑顔は、普段おれをからかう時の笑顔と変わらなくて、何がしたいのか本気で分からなくなってくる。
「何がそんな嫌なんだ?」
「おにいが私よりチユちゃんに見られてるのがイヤ!」
呼び方が戻ってる、ブレブレだなぁと思いながらも、どうしたもんかと悩む。
「同担?」
通りかかった義母が、よく分からないと言った顔で秋穂に尋ねる。
「推しが同じ人のこと」
秋穂がすぐに答える。
「千夏と秋穂で好きな子が同じだったってこと?」
「そう。そして私は同担拒否を発症しました!」
「同じ子が好きなら嬉しいと思うんだけどねぇ」
母さんは軽く笑って済ませた。
たぶん、いつもの兄妹げんかの一種だと思っている。
秋穂が何かを言い出して、おれが困って、結局なんとなく元に戻る。
今回も、そんなもんだと思っておれも軽く受け流していた。
*
翌朝、秋穂は眠そうな目をこすりながら朝食の席についた。
夜更かししたんだろう、あくびを隠そうともせず、大きな口を開けている。
「昨日遅かったのか?」
「別に、ちょっとだけ調べ物してただけ」
気まずそうな顔をしながら、味噌汁をすする。
普段はうざったいくらい絡んでくるのに、今日はやけに大人しい。
大体は一晩たつとケロッとしてるんだけど、今回はまだ引きずっているみたいだ。
「ねえ、昨日のブログ見た?」
多分、HIGH&MEのメンバーブログのことだろう。
昨日見た時点では、まだ更新されてなかったはずだったけど。
「いや、見てない」
「ファン失格じゃない?」
秋穂のファンのハードルが高すぎる……
言われてブログを開いてみると、日付が変わる直前に新しい投稿が増えているようだった。
メンバーブログは日替わりで、各メンバーが順々に日記を書いていた。
メンバーごとの性格なども分かりやすく、そのうち遡って読んでみようと思いながらまだ放置していた。
「昨日はチユちゃんの番だったのに、リアタイしないなんて酷くない?」
朝食を食べ終えて、ソファーに座りながらブログを読んでいく。
今日は大きな公園でのリリースイベントだったよ。
そんな出だしで始まり、昼に食べた弁当の写真。
メンバーの兄の愚痴を聞いて羨ましいとか思った話。
メンバーで組んだ円陣の写真などが載せられている。
ライブ中に、BメロでいきなりUO炊いた人がいたんだよ。
慣れてないのかな?って、見てみたら可愛い彼女さんと一緒に見てくれてて。
その後、チェキ会にも来てくれて、初めてで私を見つけてくれたんだなって思ったら嬉しくて、忘れられない思い出になっちゃった。
ビギナーライブも来てくれるって言ってたから、また私を見つけてくれると嬉しいな。
そんな言葉で締められていた。
どう考えてもおれのことだった。
「同担君はいいなぁー、認知されてブログにまで書かれちゃってー」
言葉は軽いくせに、本気で悔しそうな顔をしている。
まぁ、これはたしかに悔しいだろうな……
「なぁ、秋穂」
「なんだい、同担君?」
「UOってなんだ?」
ブログにある「UO炊いた」の意味が分からない。
「昨日貰ったサイリウムがあるでしょ?あれがウルトラオレンジってすっごい光るヤツらしいよ。みんなペンライトとは別に持っててここぞって時に折るんだってさ」
なるほど、だから変なタイミングで折ったおれのことを覚えてたのか。
「炊くっていうのは?」
「折ることを炊くって言うみたいだね。なんでかは知らなーい」
炊くの語源が謎すぎるけど、まぁ意味は分かったからよしとしとこう。
「あとさ、昨日貰ったティッシュ!あれ誰だった?」
「そういや、チユだったけど」
「まじかぁー!これが推し力の差か、やっぱり同担だからおにい嫌い!」
唐突に嫌いがぶち込まれる。
ティッシュが欲しかったんだろうか?
「ティッシュが欲しかったならやるぞ?」
「あれのメッセージは全部直筆なの!そんな軽々しくあげるとか言わないで!」
さっきまでとは違い本気で怒っていた。
というか、あれ直筆なのか……
かなりの量配ってたけど、頑張って書いてるんだなぁ。
「もういい!学校行く!」
そう言って、一人で家を出ていってしまった。
「珍しく、長引きそうね」
義母さんがため息混じりに言ってくる。
それでも、そこまで心配はしていないようで、皿を洗いにキッチンに引っ込んでしまった。
「推し変ねぇ……」
リビングに一人取り残されたおれは、秋穂の言ったことを改めて考えつつ、出かける準備を始めた。
*
「千夏、元気なさそうな顔してどうした?」
学校に着くなり、友人の雪也が寄ってきた。
小学校の頃からの腐れ縁で、秋穂のことも最初からよく知っている。
「昨日から秋穂が不機嫌でさー、てか、それより聞いてくれよ昨日池袋でアイドル見たんだけどさ」
「アイドルはいいから、ケンカについて?詳しく」
何が楽しいのか、ケンカする度に根掘り葉掘り聞こうとしてくる。
「ケンカというかなんというか、同担拒否だから嫌いだとさ」
「なにその、面白ワード」
「あー、それがな昨日池袋でアイドル見たんだけどさ」
「ちょっと待ってろ」
HIGH&MEを布教したいのに、雪也はケンカにしか興味がないようだ。
席を離れた雪也は教室の隅で寝ている生徒を連れてきた。
あまり絡んだことはなかったけど、たしか宮沢だったか?
なぜ、ここで連れてくるのかが謎だった。
「宮沢アイドル詳しかったよな?ちょっと話聞いてやってくんね?」
どうやらアイドルに詳しいらしい。
ほとんど誰とも絡まないやつなのに、よく知ってたな。
「え?いや僕はそんな……」
「千夏、なんてアイドル?」
「HIGH&ME」
昨日何度検索したか分からない、アイドルの名前を告げる。
そうすると、宮沢は急に目を輝かせて早口で語り出す。
「HIGH&MEですか、そう言えば昨日池袋でリリイベしてましたね。自分たちを高めるという意味でつけられたユニット名どおり、メンバー全員が上を目指して日々切磋琢磨してるという部分が人気です。中でもセンターの――」
「ストップ!ストップ!」
「いや、マユは良かったけどチユの頑張ってる笑顔が良くてな。見つけて――」
「お前も止まれ!」
雪也が慌てて遮る。
「いいアイドルだってのは分かったから。聞きたいのはそこじゃなくて同担拒否ってどういうことなんだ?」
「同担拒否ですか、いちばん多いのはガチ恋勢ですかね」
ガチ恋、さすがにそれはないだろう。
秋穂は女の子との距離も違うがそういう風には見えない。
ひとまず二人に昨日の経緯を説明する。
もちろん、HIGH&MEがどれだけ良かったかも説明した。
「認知にファンサに、ダメ押しでブログか……。そりゃきついだろ」
「一緒にいた相手がそれは、同担拒否じゃなくても辛いですよ」
「おれがマウント取ったみたく見えてるのは分かってるんだ。で、どうすればいいと思う?」
「分かりやすいのは箱推しに切り替えることですね」
そこで、始業のベルが鳴ってしまった。
「じゃあ、昼休みに続き聞かせてな!」
「同担拒否は治癒しませんよ」
そう言って二人とも自分の席に戻っていく。
半端に話したせいで余計にモヤモヤした気持ちに包まれながら、授業を受けることにする。
推し変について考えても、どうしてもチユ以外を推せる自信が無い。
箱推し――特定のメンバーではなくユニット全体を推すことらしいが、それならどうだろうか。
多分視線は自然とチユを追うことになる気がする。
そうなると秋穂の目を誤魔化せるとは思わない。
何よりも秋穂に嘘をつきたくなかった。
*
昼休み、教室で弁当を食べながら、雪也と宮沢と今朝の続きを話していた。
「てか、推し変?ってのすればいいんじゃねーの?」
雪也はあっさりとそう言ってくる。
何度も考えたが、無理と言う結論が出ていた。
「イマイチ他の子には興味がなぁ……」
「いっそ、推すのを辞めるのが一番かなと思ってはいるんだよな」
午前中いっぱい考えて出た結論がそれだった。
HIGH&ME自体を推すのを辞める。
「他界ですか……」
「他界?物騒だな……」
「そのアイドルの推しを辞めるってことですよ」
かなり惹かれてはいるものの、昨日知ったばかりのアイドルだ、秋穂と比べてまで推す理由はない。
それに、推してるとどうしてもチユを見てしまうならいっそ推さないというのは、いい意見じゃないだろうか。
「あっさり辞めれるんだな」
「昨日見たばっかだしな。そこまでじゃないさ」
そう言いながらも、胸の奥には引っかかりが残っていた。
ライブには行ってみたい。
チユのことも、もう一度見たい。
でも、秋穂と天秤にかけるような話じゃない。
秋穂が楽しく推し活ができるなら、諦められる。
それだけの事だった。
そうと決めてしまえば、心は軽くなった。
そもそも見なければ、秋穂が不機嫌になることもないだろう。
「じゃ、夜にでも秋穂にはそう言っとくわ」
さて、なんて伝えるかと悩んでるうちに、雪也と宮沢は何やらアイドルの話で盛り上がっていた。
「今日の放課後、宮沢んちでライブ見る約束したんだけど、千夏もいくよな?」
「いや、今日のところは早く帰って秋穂と話するわ」
「んじゃ、おれは宮沢と遊んでくっから、お前はちゃんと仲直りしてこいよ」
そう言ってくれる友人をありがたく思いながら、秋穂と話すシミュレーションを再開した。
*
夕食後、リビングで秋穂を呼び止める。
「なに?推し変する気になった?」
「うーん、どうしてもチユを追っちゃうと思うんだよな。だからいっそHIGH&ME自体追うのやめようかなって――」
「はぁ!ありえないでしょ!」
おれの言葉は秋穂の叫びに遮られる。
秋穂は本気で呆れたような顔をしている。
「週末のライブだってあるんだよ?チユちゃんあんなに嬉しそうにしてたのに、チユちゃんが悲しむじゃん!」
どうやら、推すこと自体を辞めるのは却下のようだ。
そうなると、もうどうすればいいのか分からない。
「同担は嫌だけど、おにいとライブは楽しみにしてたのに、なんでそんな事言うの!」
「同担は嫌だって言ったのは秋穂だろ」
「だから、推し変してって言ってんの!」
秋穂は本気で怒っているようだった。
こちらからは破綻してるように見えても、秋穂の中では筋が通ってるんだろう。
「もういい!他界するくらいなら同担でいいからライブは一緒に行くこと!」
結局、秋穂が折れることになった。
「同担拒否だけど、他界は認めない!」
*
あとがき
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