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第01話 同担拒否だから、おにい嫌い!

おれと義理の妹である秋穂あきほは仲のいい兄妹として近所でもよく知られていた。

おれがどこへ行くにも、秋穂はついてきた。


それは、二人が高校に入ってからも変わらなかった。

その日もおれと秋穂は少し遠出して、池袋まで買い物に出かけていた。


この日の出来事がきっかけで、秋穂から嫌いと告げられるとは、夢にも思わなかった。



「おにい!聞いた?かわいい彼女ですねだって!」

「いい加減、言われ慣れたけどな」


秋穂は兄妹ゆえか距離が近い。

歩きながら腕に抱きつくなんていつものことで、最初はドキドキしていたものの、いい加減それくらいでは動じなくなっていた。


「えー?美人は三日で飽きるってやつ?」

「もう五年だけどな」


父親が再婚したのは五年前、おれが中学に上がる時だった。

その時義母が連れてきたひとつ年下の女の子。

それが秋穂だった。

最初の頃は、千夏ちなつさんと呼んでいたが、お兄ちゃんを経て、今ではおにいまで短縮されていた。


「可愛いのは認めるってこと?」


大きな目を見開いて、こちらをからかってくる。

やや茶色がかった瞳が、答えを期待するようにこちらを見つめていた。


「はいはい、そーだな」


適当に返すと、頬を膨らませながら文句を言ってくる。

茶色がかった髪を高い位置でまとめたポニーテールが、なにかを言う度に右へ左へと飛び跳ねるのを見ると、なぜか少しだけ面白くなってきた。

いつもなら、ここで揺れる髪にじゃれて、もうひと騒動あるところだけど、今日は視界に見慣れないものか映って、そちらに気を取られた。


「秋穂、公園でなんかやってるから見てかないか?」


駅前にある公園のステージには、人だかりができていた。

ステージの上では、数人の女の子が踊りながら歌を歌っている。


「あれ!何やってるんですか!」


秋穂が持ち前の気軽さで、周りにいる人に声をかける。


「あー、HIGH&ME《ハイ アンド ミー》ってアイドルのリリイベだよ。今日は動員三百人目指してるから、ぜひ見ていって」


その男はティッシュを手渡しながらそう教えてくれた。

スタッフだったのだろうか。


「おにい! 前行って見てみよ!」


秋穂がおれの腕を取って、前へと進み出る。


「そうだ、これあげるよ」


男は懐から、何やら棒のようなものを四本取り出して渡してきた。

オレンジ色の液体が入った、よく分からない棒だった。


「女性ファンは大事だからね。楽しんできて」

「ありがとうございます?」


どう返していいのか分からず、なぜか疑問形で礼を言いながら、秋穂に引っ張られていく。

ステージに立っていたのは、三人組のアイドルグループだった。

衣装の色がそれぞれ違っていて、中央に立つ赤い子が一番目立つ。

それでも、おれの視線は一番端のオレンジの子に奪われていた。


特別に目立つわけではない。

ソロパートが多いわけでもない。

立ち位置も端にいることが多い。


だけど、最初から最後まで、誰よりも楽しそうに笑っていた。


自分のパートではないときでも、隣の子の歌に合わせて小さく口を動かしている。

客席に手を振るときには、きちんと相手を見ていると分かるほどしっかりと目を向ける。

そういった細かな部分に気づくと、不思議と目が離せなくなっていた。


「うっわ、ダンスえぐい。曲よすぎ」


隣ではおれの腕にしがみついたまま、持ち前の大きな目をさらに見開いて興奮気味にステージを見ている。

その目はおれとは違って特定のだれかではなく、ステージ全体を見回していた。


「ねぇ、さっき貰った棒ってなに?」

「あれじゃないか?アイドルのライブでよく見かける光るやつ」

「あれってライトじゃないの?これ、変な液入ってるだけだけど」


たしかに、テレビでたまに見かけるライブの映像なんかだと、LEDで光るペンライトが使われていて。

こんな形のものは見たことがなかった。


「それは、折ったら光る使い捨てですよ」


いつの間にか隣にいたティッシュ配りの男がそう教えてくれた。

言われるままに、力を込めて折り曲げてみる。

最初は光っているのか分からないくらいの、うっすらとした光だった。

それはすぐに、青空の下でも分かるほどのオレンジ色に輝き出した。


「あ、いま折っちゃったか。まぁ、せっかくなんで振ってあげて」


タイミングとかがあったんだろうか?

光らせるタイミングは今ではなかったらしい。

せっかくなので、一人で光る棒を振り回す。

秋穂はまだ折らずにとっておくようだ。


オレンジ色の棒だったからだろうか?

オレンジの子が、明らかにこちらを向いて手を振ってくれた。


「おにい、いまあの子と目があった!」

「チユちゃんファンサしてくれてよかったね」


ティッシュの人の言葉では、オレンジの子――チユと目が合ったのは気のせいではないらしかった。


――嬉しい。


一番気になっていた子が自分のことを見てくれた。

ただそれだけのことだったのに、興奮が収まらなかった。


「チユちゃんって言うんだ、端っこにいるのにずっと笑顔でかわいいな」


曲が終わると、真ん中の赤い子が話し始めた。


「私たち、HIGH&MEって言います。今日は新曲のお披露目でフリーイベントやらせてもらってます。では、メンバー紹介させてください」


端から順に一人ずつ前に出てきて、それぞれ自己紹介していく。

それぞれの口上、それに対する客のレスポンスが決まっているのか、決まった返しを叫んでいて、おれたちは少し置いて行かれている。


「ちなみに、チユは「見つけたよ」だよ」


おれがチユが気になっていることに気づいたのだろう、またも男が教えてくれる。

秋穂は叫ぶつもりなのか、早くも深呼吸を始めた。


「今日も誰かに見つけてもらえるように頑張るね!オレンジ担当チユでーーす!」

「「「みつけたよーーーー!!!」」」


周りの声援に合わせて、おれも秋穂も叫んでいた。

こんなに声を出したのはいつぶりだろう?

それが思いのほか気持ちよくて、なるほどこれがライブかとハマる人の気持ちがよく分かった。


最後にセンターの赤色の子が一歩前に出てくる。


「明日のことは考えず!今を全力で楽しめ!赤色担当、センターのマユです!」

「「「「「「マユーーーー!!!」」」」」」


これまでで一番の歓声が上がる。

セリフからして、熱すぎて思わずこちらのテンションまで上げてくる。

これが、センターかという凄さがこれだけで伝わってきた。


「今回の新曲は、辛い時、悲しい時、そんな時でも、みんなが笑顔になれるそんな曲です。少しでもみんなが笑顔になれるように、心を込めて歌います。聴いてください」


先ほどまで騒がしかった客の声が途切れる。

屋外の公演だというのに、信じられないほど静寂に包まれていた。


「ME2YOU」


優しいピアノの音で始まった音楽は、突然勢いを増していく。

観客の歓声。振り上げられるペンライト。

落ちサビに入ると、周囲がオレンジに染まった。

それまで端にいたチユが一歩だけ前に出る。


――あなたに見つけてもらいたい

――あなたを見つけたい


たった、二小節だけのソロパート。

それなのに、その声だけが妙に耳に残った。


チユの声を受け取るように、他のメンバーが順に歌っていく。

そして最後に、センターのマユが落ちサビを締めた。


次の瞬間、音が爆発した。

勢いに圧倒されているうちに、曲は終了した。


「ありがとうございました!フリーライブはここまでです!」


息を整えながら、マユが一歩前に出てきて、終わりを告げる。


「このあとは、特典会を行います。興味のある方はあちらのブースに集合!」


そうして、特典会の説明をはじめる。


――CD一枚で特典券一枚

――新規は特典券一枚サービス

――一枚でハイタッチ、二枚でチェキ


そんな感じだった。


「それではありがとうございました!私たち……」

「「「HIGH&MEでした!」」」


そして、彼女らはステージから去って行った。



「うーん、CDかぁ、どうしよっかな」

「かっこよかったし、秋穂がチェキ撮りたいなら二枚買うけどどうする?」


今日の買い物で散財しすぎたんだろう、秋穂はだいぶ迷ってるようだった。


「おにい、チェキって撮ったことある?」

「あるわけないだろ」

「だよね、おにいがいいなら撮りたいんだけどいいの?」


珍しく、申し訳なさそうな顔で問いかけてくる。


「たまにはな、それに秋穂は撮りたいんだろ?」

「うん!」

「じゃあ、物販行こうか。新曲ともう一枚は好きなの選んでくれ」


購入済みの人も多いんだろう、物販コーナーにはそれほど人はいなかった。

五分ほど並ぶとおれたちの番になり、無事CDを買うことができた。


「秋穂、これ行ってみないか?」

「これはめっちゃ気になる!おにいお金貸してください!」


グッズとは別にビギナーズライブというライブのチケットが売られていた。


――前方新規エリア確定

――特別価格1000円

――新規様向け抽選会有り


そんな、魅力的な言葉におれも秋穂も抗うことはできなかった。


「そういや、おにいはだれ推し?」


秋穂が早くも推しという言葉を使い始める。

その顔はどことなく得意げだった。


「うーん、手振ってくれたし、とりあえずはチユかな」

「マジ?わたしもチユちゃん!笑顔がかわいいよね!」


こんなところまでよく似ているらしい、まぁ誰が一番かわいいかでケンカになるって話も聞くし、同じなら安心だな。


会場ではハイタッチ会が開催されている。

チェキ会はこの後で、少し時間が空くらしい。


空いているベンチに二人で座って、二人でチユについて調べていく。


「チユちゃん十六歳だって、私と同い年じゃん!」

「チユは北海道で育ったみたいだな」

「お兄ちゃんに憧れてるんだって、そこは私の勝ちだね!」


そうこうしているうちに、チェキ会が始まる。

二人で列に並んで、自分の順番が来るのを待つ。

他の列を見てみると、マユの列が圧倒的に長くて、ここの倍以上あった。

もうひとつの列もここに比べると列が長い。

もしかして、チユはあまり人気がないんだろうか?


「やばい、どうしよ!緊張してきた!何話せばいいの!?」


おれの腕を掴みながら、不安そうな顔でまくしたてる。


「初めて見ました。かわいかったです。とか言えばいいかなと思ってるけど」

「それだけじゃ足りないでしょ!どれだけすごかったか、なんで好きになったか、そこをちゃんと伝えたいの!」


別にそこまで伝えなくてもと思いはするものの、秋穂の表情は真剣だった。


「もう、おにいと三人で撮りたい気分!」


おれも写真は苦手だから、どうせなら三人で撮りたい。

でも、それはできないとスタッフには拒否されていた。


列はあっという間にはけていき、おれたちの番になった。


「おにい、先行って!まだ考えまとまってない!」


秋穂に促されおれは先に、ステージの上のチユのもとへと向かう。

近くで見るチユは、おれの肩くらいまでしかなくステージの下から見るより少し小さく見えた。

肩で揃えられた黒髪に、くりっとした黒い瞳。

疲れているだろうに、満面の笑顔でおれを出迎えてくれる。


「はじめましてだよね?見つけてくれてありがとう!チユです!」

「あ、初めまして」


自分でも思ってた以上に緊張していたようで、思ったように声が出てこない。

隣ではスタッフがチェキの準備をしている。

ポーズをどうするかと聞かれたが、何も思いつかなかったので、チユが提案してくれた、二人ハートにした。

親指と人差し指で二人でハートを作る定番のポーズらしい。


撮影後にほんの少しだけ話す時間があった。


「カップルで参加してたよね!オレンジ振ってくれたの見えてた。手を振ったんだけど気づいた?」

「あれで、チユさんを見ようと決めました」


なぜか、敬語になってしまっているが、緊張しているから仕方ない。

そんなおれの様子をみて、チユは微笑んでいた。


「このまま、チユのこと見ててね!」

「はい、次のビギナーライブ行くので、その時も見てますね」


短い交流だったが謎の満足感があった。

手の中には初めて撮ったチェキと、そこに書かれたチユのサイン。


ステージを降りて、後ろを見ると秋穂とチユが両手で大きなハートを作ってるのが見えた。

何を話しているかまでは聞こえないけど、その笑顔を見る限り、無事話せたようだった。


「それじゃあ、帰るか」

「うん!」


帰りの電車で、秋穂はずっと何かを調べていた。

おれもスマホを取り出して、「HIGH&ME」と検索する。


公式サイト、SNS、動画サイトと色々な情報が流れてくる。

おれは動画サイトを開き曲を聴きながら時間を潰すことにした。



最寄り駅に着いた頃にはすっかりと日が暮れ、辺りには人影も少なくなっていた。

電灯の頼りない光が照らす道を二人で歩きながら、今日の感想を言い合う。


そして、話はチェキ会まで進んでいた。


「私の方がハートでかいから、おにいの負けだね」

「いやいや、おれはちゃんとライト振ったとこ覚えてもらってたからな、おれの勝ちだ」


何気なく、言った言葉が秋穂の何かに触れたようだった。


「認知……?」


秋穂の顔が悔しげに歪む。


「そうだな、それを見て手を振ったって言ってたから、あのファンサはおれ宛だったってことだよな?」

「……おにいは、チユ推しで決定?」


浮かれていたおれは、声のトーンが少し落ちたことに気づくことができなかった。


「そうだな、もうチユ推しで行こうかな」

「そっかぁ……」


秋穂はおれの腕から手を離した。

急に腕が軽くなる。

それだけのことなのに、胸の奥に小さな違和感が残った。


秋穂は、おれの手元で揺れる袋を見た。

それから、おれを見上げた。


「……私、同担拒否どうたんきょひなのかも」

「同担拒否?」


聞き慣れない言葉に秋穂を見ると、悔しそうな顔でこちらを見ていた。

そして、勢いをつけるように言った。


「うん、同担拒否だから、おにい嫌い!」



️秋穂の不定期ブログ(鍵付き)


今日はおにいと買い物!

また、カップル扱いされた!

おにいがスルーに慣れすぎてるの、なんかムカつく。


でっ!

公園で、HIGH&MEに出会っちゃった!

チユちゃんが可愛すぎる。

まじ天使か!ってなるわ。

生まれて初めてチェキも撮った、顔ちっちゃい!背もちっちゃい!

お人形みたいで可愛すぎる!


おにいもチユちゃん推しになったみたい……

でも、おにいだけ認知?されたのはムカつく。

帰り道でも私のこと放っといてずっと動画見てるの酷くない?


同担は辛い……


なんでこんなにモヤモヤするんだろう?


あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございます。


推し活小説を書きたい。

そう思って書き始めました。


当初はアイドルに嫉妬する妹の話だったはずが、なぜか兄が嫌われました。


今後も考えているストーリーの通りには進まないかもしれませんが、ぜひ最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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