第11話 同担拒否だけど、そういうレベルじゃない!
日曜日の夜、少し離れた駅にあるレストランへと向かっていた。
まだ、親が別れていない頃、何かあるたびに使っていたレストランだった。
こじんまりとした店構えで、席数もそんなに多くない。
ただ、子供連れでも、ちょっと奮発したご飯が食べられる。
そんなレストランだった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると母はすでに席に着いていた。
その隣には、母の影に隠れて同い年くらいの女の子が座っている。
もう十年近く会ってなかったが、妹の千冬も一緒に来ているようだった。
店員に連れられ、席に近づいたところで心臓が止まるかと思った。
そこにいたのは……
「チユ……?」
名前を呼んだはずなのに、自分の声がどこか遠くから聞こえた。
そこにいるのは千冬のはずだった。
「やっぱり、お兄ちゃんだった」
なぜか、そこにはHIGH&MEのオレンジ担当である、チユがいた。
頭が追いつかない、何故ここにチユが?
そこにいるのは千冬のはずでは?
「千夏、まずは座りなさい」
何も考えられない頭のまま、まずは椅子に座る。
「お兄ちゃん久しぶり。で、いいのかな?」
チユはステージの上で浮かべる笑顔とは違う笑顔をこちらに向ける。
「チユ……千冬?どういうことだ?」
「チェキに、名前書いたよね。それで千夏って響きがどうしても気になって、お母さんに聞いてみたの」
どうやらチユはおれの名前から兄であると想像していたらしい。
「私も最初から気づいてた訳じゃなくて、先週のライブの後、お母さんに聞いてようやく思い出したんだけどね」
「急にどうしたのかと思ったら、チェキを撮ったって言うから、そんな偶然あるのかって、びっくりしたわよ」
ふたりが何を言っているのか、理解できないでいるまま食事が運ばれてきた。
コースなんて上品なものではなく、洋食のセットだ。
あー、ここのハンバーグ大好きだったなと、思考は現実逃避に走る。
「でも、Bメロの人を見つけたのはほんとに偶然だからね」
チユの中でも、おれはBメロの人で認知されていたらしい。
もしくはタグもつけたから投稿も見られたのかもしれない。
「それが、お兄ちゃんって分かって嬉しかったな」
「なぁ、チユ推しは控えた方がいいか?兄がチェキ撮りに来るとか嫌じゃないか?」
妹と分かっても、おれの中でのチユを推す気持ちは変わらなかった。
少しだけ立ち位置が変わっても変わらず応援したいと思っている。
だからこそ、怖くて聞こうか迷った問いを千冬にぶつける。
「お兄ちゃんが嫌じゃなかったら、これからも推してくれるとうれしいな。あ!でも、現場ではアイドルとして接するからね!特別扱いはしないよ!」
「もう既に特別扱いされて、チユ推しに、妬まれてるけどな」
おれのSNSには、チユ推しからの羨ましいという声と、恨み言みたいな声が同じくらい届いている。
ここで、実の兄なんてバレた日には何とか保ってる均衡も崩れるだろう。
「え?ごめんなさい。そうだよね、三人チェキはさすがにやりすぎだったって反省してる。」
今度はしょんぼりと俯いてしまう。
「あ、そういえば秋穂さんって、お兄ちゃんの彼女?」
母の前で言いにくい質問が出てきたな……
さて、どう答えるべきか……
「いや、義理の妹だよ。今は同担拒否病にかかって苦労してる」
悩んだところでそう伝えるしかないので、そのまま伝えることにした。
流石に、彼女とは答えられないしな。
「そうなんだ、妹にしてはすっごい仲良く見えたけど。それなら、私もあんな風になれるかな?」
秋穂に接するように、チユに接する姿を想像してみる。
恐れ多すぎて、無理だな。
「あれはあいつの距離感がバグってるだけだから、真似すんなよ?」
「お兄ちゃんに甘えるのって憧れだったんだけどなぁ」
そう言って笑う姿は、普通の年頃の少女のようで、チユと話してるという緊張は少しずつ和らいでいた。
「とりあえず、これからも推していくしチェキにも並ぶからよろしくな」
「うん、私を見つけてくれてありがとう。お兄ちゃん」
こうして楽しい食事会は特大の爆弾を抱えて終了となった。
秋穂にバレたらどうなるか分からん……
絶対にバレないようにしないとだな。
母が会計をしているうちに、二人で外に出る。
夜になっても少し生ぬるい風に、夏が近いことを感じる。
店の前を通り過ぎる人の気配はあったけど、その時のおれは気にも留めていなかった。
「えい!」
千冬が突然、腕に絡みついてくる。
「せっかく会えたから、ちょっとだけ甘えさせて!これで最後にするから」
そう言って不安そうに見上げてくる千冬の頭を優しく撫でる。
こんな行動も、義理の妹である秋穂で学んだというのは何とも皮肉な話だった。
*
家に着くと、玄関には秋穂が待ち構えていた。
千冬のことを説明すべきかと悩みながら、口を開きかけたその時。
「おにいの馬鹿!なにやってんの!!」
「いきなりなんのことだ」
「いいから、SNS見ろ!」
言われてスマホを取り出し、SNSを開くとものすごい数の通知が来ていた。
「これ!」
そして、秋穂が見せてきた画面にはおれの腕にしがみついている千冬と、その頭を撫でるおれの写真が映っていた。
「なんで、おにいがチユちゃんと抱き合ってんの!まじわけわかんないんだけど!」
「秋穂、そんなところで話してないで、まずは中に入りなさい」
義母が助け舟を出してくれて、一旦解放される。
リビングに入ると、秋穂の他にも、父と義母が待っていた。
「ねえ、なんでおにいがチユちゃんといるの?」
秋穂は少しだけ落ち着いたのか、叫ぶことはなかった。
それでも、隠しきれない怒りで声は震えている。
「どうやってリアルで会ったのか知らないけどさ!チユちゃんアイドルだよ?こんな写真撮られたらどうなるか分からないの!」
これは千冬の方からだった。
でも、それを言い訳にすることはできなかった。
「聞いてる?この写真一枚で、チユちゃんのこれまでの頑張りが全部無駄になるんだよ?なんでこんなことできるの?」
「違う」そう言いかけて、何も違わないことに気付くと何も言えなくなってしまった。
千冬は妹だけど、アイドルのチユでもあった。
そもそも、二人で店から出るってこと自体が不用意だった。
さっき一瞬だけ見たSNSでも、おれへの罵倒の他にチユへの非難中傷も数多く見ることができた。
――裏切られた
そんなコメントがたくさん並んでいた。
「何か言ってよ!」
痺れを切らしたのか、秋穂が叫ぶ。
「秋穂ちゃん、千夏は今日母親と会ってたんだ」
おれの代わりに、父が説明してくれる。
叫ぶ秋穂への非難の色も、やらかしたおれへの非難の色も混ざっていない。
ただ、諭すような優しい声だった。
「千夏には、母親が連れていった妹がいるのは知ってるよね?名前は千冬って言うんだ」
その名前に秋穂が固まる。
「ちふ……ゆ?」
「そう、千夏たちが楽しそうに応援してたから、知らないままならその方がいいと思ってたんだけど、二人がはまってるアイドル、それが千冬だよ」
どうやら父は気づいていたらしい。
それでも、おれたちのことを思って、黙っていたらしい。
「妹……?」
「うん、チユは……千冬はおれの妹だった」
ようやく出た言葉はそれだった。
秋穂の瞳に涙が溜まり始める。
「おにいの妹は私なのに!」
そう言って、リビングから去っていってしまう。
リビングにはしばらく、沈黙が訪れていた。
その沈黙を破ったのは義母だった。
「お茶でも飲んで落ち着いて」
そう言って温かいお茶を出してくれる。
一口飲むと、色々なモヤモヤが一緒に流されていって、少し落ち着くことができた。
「私はちょっと、秋穂のところに行ってきますね」
義母が出ていくと、父と二人きりになった。
父はソファーに座ったままお茶を飲んでいる。
「父さんは千冬がチユだって知ってたんだね」
「あぁ、デビューが決まった頃に、先に一人でこっちに来るから、自分が行くまで何かあったら頼むって連絡が来てな」
親の前で、妹について語っていたかと思うと恥ずかしくなってくる。
「さっき、あちらからも連絡がきて、とりあえずは事務所が動くから、SNSでの発言は控えて欲しいって話だから、下手なことはするなよ」
「分かった」
そう言われながらも、ついついSNSを開いてしまう。
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#チユ が一般男性と抱き合ってるの見かけた
めっちゃ親密でショックだ
てか、これBメロの人じゃね?
#チユ推し辞める #HIGH&ME
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そんな投稿が発端だった。
おれの顔まではっきりと写っていて、分かる人にはおれだと分かるだろう。
事務所からは、現在事実関係を確認中です。
という、あっさりした投稿だけがされていた。
その態度を誰かが、さらに叩き始めている。
チユからの発表はまだない。
階段を降りる音が聞こえ、秋穂と義母がリビングへ入ってくる。
「おにい、妹なのは分かった。でもさ、やっぱりこれはないよ」
泣いていたのか、秋穂は赤い目を擦りながらそう言ってくる。
「同担拒否だけど、そういうレベルじゃない!」
*
あとがき
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