第12話 あの瞳は反則ですよ…
テストの結果が出た日の放課後。
全員が無事に赤点を回避出来たということで、皆でコーヒーでも飲もうということになり、高坂珈琲店に集まっている。特に今回のテストで一番の不安だった嘉孝が無事に合格点となったことは皆にとって一番の喜びであった。
テストまでの間、バイトが無い日は殆ど僕の家に集まってやっていた勉強も、最初のうちは遊び半分という気持ちで軽く始めたものの、テストが近づくにつれてみんなが熱心になっていたのはなかなか面白いものだった。
テスト2日前からは僕をはじめ、桐谷さん、古川さんの二人も加わり、3人がつきっきりで嘉孝に勉強を教えるというとんでもないスパルタ教育だった。僕だったらあんなスパルタ教育をされたら間違いなく逃げ出していただろう。
「それにしても最後の嘉孝の追い込みは凄かったですね」
「ほんと、ちょっと見直したわ」
普段滅多に褒めない橋本さんも今回はさすがに嘉孝の努力を認めているようだ。
「お?なんだ希、俺に惚れ…ぐあ…」
橋本さんの右フックが嘉孝の脇腹にクリーンヒット
「い、いつもより痛いです希さん…」
「知らないわよ!」
涙目になりながら声を絞り出す嘉孝と、もう一撃入れそうな勢いの橋本さん。これ以上ダメージを与えられたら嘉孝は間違いなくノックアウトだろう。
そんなやりとりの横で、桐谷さんと古川さんはにこにこしながらとろとろプリンを食べている。出会って最初の頃は嘉孝と橋本さんの言い合いに困った表情で慌てていた二人だが、最近はもうすっかり慣れたようで、二人が言い合いを始めても「またいつものやつだねー」なんて言って二人で笑っている。
ちなみに二人が食べているとろとろプリンはテストを頑張ったご褒美に。と、店長が皆に奢ってくれたものだ。「総司のバイト代から引いておくから気にすんなー」なんて言っていたが、毎回のように友達が飲み食いしたものを僕の給料から引かれていたのではたまったもんじゃない。どれだけタダ働きをさせるつもりなのか。まあ、そんなこと言っても実際に引かれたことは一度もないので、僕もあまり気にしているわけではない。
古川さんと橋本さんはこのあと予定があり、あまりゆっくりとしていられないとのことだったので、少し早めの解散となった。店を出た後、僕と桐谷さんは電車組を駅まで送り、駅から家までの帰り道を歩いている。
「ようやく終わりましたね」
「やっと終わったね」
テストの結果が出るまでは二人とも口には出さなかったが、家にいてもどことなく落ち着かなかったような気がする。僕がそう感じていたのだから、桐谷さんも同じような雰囲気を感じていたのだろう。
「なんだか嬉しそうですね」
「藤堂くんは嬉しくないの?」
「テストが終わってホッとはしましたが…」
「ふーん?私は嬉しいんだけどなー」
何がそんなに嬉しいのかはわからないが、僕にはわからない彼女なりの理由があるのだろう。
夕食を終えた後、風呂からあがってリビングでアイスコーヒーを飲みながらソファで本を読んでいると、部屋からひょっこりと桐谷さんが顔を出した。
「そっち行ってもいい?」
「別に構いませんが読書してますよ?」
「うん。大丈夫」
部屋から出た桐谷さんは僕が座っているソファにちょこんと腰掛けた。一応二人掛けという名目のソファではあるが、実際二人で座ると少し窮屈だ。
ソファに限られたことではないが、○人用として世に出回っている大抵のものは少々小さめに作られているような気がする。一人の基準とはいったいどのように決めているのだろうか。
「また君はこんな狭い所に」
「ここがいーんだもん」
「じゃあ僕は向こうの床に…」
「藤堂くんもここでいーの」
立ち上がろうとしたのだが袖を強く引っ張られた。
どうやら今日の桐谷さんは甘えん坊キャラのようだ。
そういえばこうしてゆっくり桐谷さんと一緒に過ごすのは久しぶりな気がする。テスト前は殆ど毎日のようにいつものメンバーで集まっていたし、夕食が終わった後は二人とも自室に籠ってとにかく勉強していた。
「私も何か飲もうかな」
「冷蔵庫に麦茶がありますよ」
「麦茶さっき飲んだもん」
「アイスコーヒーならガラスポットに…」
「藤堂くんが作ったカフェオレがいい」
「…」
基本的にいつも甘えてくるキャラではあるが、今日はいつにも増して甘えてくる。
「何かありましたか?」
「んー。何かあったわけではないんだけどね」
「それならいいのですが」
「なんていうか、ずっとおあずけされている犬の気持ちがわかったっていう感じ…かな?」
なんだかよく分からないがとりあえず桐谷さんは犬の気持ちがわかったようだ。とりあえず…これ以上は深く突っ込まないでおこう。
読んでいた本が一段落したので本を閉じると、桐谷さんもちょうどカフェオレを飲み終えていた。
「そろそろ寝ましょうか」
「あ、もうこんな時間なんだ」
リビングにある時計を確認すると既に日付が変わっている。テスト期間中であればまだまだ起きていてもおかしくない時間だが、今日はそこまで無理して起きている理由はない。
寝る準備を終えた僕は自室に戻り、携帯のアラームをセットし終えると、倒れ込むようにベッドへと横になった。
「ちゃんとアラーム設定した?」
「ええ、きちんと設定しま…」
声がする方に顔を向けると、色素の薄い瞳で真っ直ぐとこちらを見つめる桐谷さん。
「何をしているんですか君は…」
「ここで寝ようかなって」
「そんなの…駄目に決まってるでしょう」
「むー」
その後、布団に潜り込んで抵抗を続ける桐谷さんであったが、布団を剥がされて自分の部屋に強制送還されたのであった。
ようやく自分の部屋に戻り、横になったのだが、
「あの瞳は反則ですよ…」
破壊力抜群の色素の薄い瞳にやられた僕は、なかなか眠りにつくことが出来なかったのだった。




