第11話 今の僕に言えることはそれだけです
ある日の午後。
学校を終えた僕はバイト先である高坂珈琲店にて接客中。奥のソファー席には桐谷さんが特製とろとろぷりんを食べながら幸せそうな顔をしている。
彼女は特製とろとろぷりんが相当気に入ったらしく、僕がバイトの時には必ず食べに来ているのだ。
座る席は決まって奥のソファー席であり、もはやその席は彼女の指定席といってもいいだろう。
大人しくぷりんを食べているのは良いのだが、仕事をしている姿をずっと見られているのはどうにもやりづらい。前に、家で待っていてくれたほうが助かると伝えたのだが、家に居ても暇だからと言って聞いてくれなかった。
とはいえ、折角来てもらっているので、仕事の合間を見てたまに桐谷さんに声を掛けたりもしている。
「家で勉強しなくていいんですか?」
「夜にちょこっとやってるし平気だよ。だから昼間はゆっくりしようかなって」
「なるほど」
なんとも余裕のある発言だ。まあ、この前みんなで勉強したときにもわかったが、彼女の学力は相当高いと感じた。そんなにがむしゃらに勉強しなくても充分なのかもしれない。
そんな会話をしていると、店のドアが開いた為、入口へと向かう。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「一人です。ってあれ?藤堂くん?」
「え?あれ…もしかして戸塚さんですか?」
店に入ってきたのは市立図書館で働いている戸塚麻衣さん。私服姿ということもあり、いつも後で束ねてる髪の毛を下ろしているのでわからなかった。
「全然わからなかったですよ」
「仕事の時は制服だもんね」
そんな会話を交わしながら席へと案内しようとすると、戸塚さんを見た店長がびっくりした様子で声をかける。
「おお。麻衣ちゃん」
「店長久しぶり~」
「半年ちょっとぶりか?」
「そうだねー。就職してから全然来れなくて」
後から店長に聞いたのだが、戸塚さんは学生時代によく来ていたらしく、かなり前からの常連さんらしい。
そんなやりとりを見ていた桐谷さんが席を立ち、こちらへと向かってきた。
「麻衣さんこんにちわ」
「あら、燈ちゃんこんにちわ」
「覚えていてくれたんですか?」
「もちろん。藤堂くんの可愛い彼女さんだからね」
「わー。嬉しいです~」
顔を真っ赤にする桐谷さん。
いやいや、そうじゃなくて…。否定するところなんですが…。
「いや…戸塚さん。違うん…」
「じゃあ燈ちゃんと一緒の席にしようかな」
「是非是非!」
僕の声を聞く間もなく席へと向かってしまう二人。相変わらず人の話を聞いてませんね…。
僕は諦めて水とおしぼりを席へと運ぶ。
「ご注文は如何致しましょうか」
「店長にいつものって言えばわかるかな」
「かしこまりました」
戸塚さんの注文を伝えようと、カウンターにいる店長の元へと向かうと、トレイを差し出された。
「もう用意してるよ」
「これがいつものやつですか?」
「ああ、いつものやつだ」
どうやら戸塚さんのお気に入りメニューは抹茶ラテとイチゴのタルトらしい。
なかなか良いチョイスだとは思うのだが、ふと1つの疑問が浮かんだ。今僕が運んでいるメニューは、ここに働き始めてからまだ1度も見たことがない。つまりメニューには載せていない商品ということになる。戸塚さん専用メニューというやつなのだろうか。しかしいくら専用メニューとは言っても、いつ来るかもわからない人の為にわざわざ用意するだろうか?
「あんなメニューあったんですね。裏メニューってやつですか?」
「まあ、そんなところだ」
「抹茶ラテはともかく、いちごタルトもいつも用意してるわけで?」
「まあ…そんなところだ」
素っ気ない返事。まるでこれ以上聞いてくれるなという感じだ。メニューに無いものを毎日用意してれば当然ロスが出るわけで…。
まあ、そこは店長にしかわからない特別な理由があるのだろうし、僕もそれ以上聞くつもりも無いので今日のところは終わりにしておこう。
いや、やはり今度ゆっくり聞き出すことにしよう。いつも僕をからかっている仕返しをしなければ。
バイト時間が終了した僕は着替えを済ませ、二人が座るテーブルでアイスコーヒーを飲んでから帰ることにした。
席に座る僕を待ってましたと言わんばかりに戸塚さんが口を開く。
「藤堂くんお疲れ様。ところでさ、二人は付き合ってどれくらいなの?」
また随分と唐突だな。こっちはまだガムシロとミルクすら入れてないというのに。
ふと視線を感じた僕はその方向を見る。その先にはこのテーブル席に座るもう1人の人物。彼女が何を思っているのかはわからないが、きっと僕がどう答えるのかが気になるといったところだろう。
「それなんですが、僕達は戸塚さんが考えているような関係ではありませんよ」
「え?そうなの?」
「ええ。戸塚さんが思っているような関係ではありません」
「ほんとに?」
「本当です」
僕がそう答えると、戸塚さんは不思議そうな顔で桐谷さんと僕を交互に見る。
桐谷さんはちらりと僕のほうを見たが、直ぐに下を向いてしまった。
「そうなんだ…でもとってもお似合いよ?それに周りから見たらそう見えるもの」
年齢が近い男女が二人で出掛けていれば周りからはそう見えてしまうものなのだろうか?
まあ、恋愛経験のない僕にはわからない何かがあるのだろう。
その後、しばらく話をしたあと、店を出た僕達は戸塚さんを駅まで送ってから帰ることにした。もう遅い時間の割りには、仕事帰りのサラリーマンやら学生等で駅前は賑わっている。
「燈ちゃんの家もこの近所なの?」
「あ、はい。すぐ近くです」
「そっか、じゃあもう遅い時間だから帰りは藤堂くんに送ってもらいなさい」
まあ、一緒に暮らしていることを知らない戸塚さんとしては当然の心配だろう。そこまで遅い時間ではないにしても既に周りは暗い。年頃の女の子を一人で歩かせるには少々危険だ。
「じゃあ、また二人で図書館に遊びにきてね」
「また行きますよ」
戸塚さんを送った後、駅からの帰り道でいつものようにお腹がすいたと騒ぐのだろうと思っていたのだが…今日はやけに大人しい桐谷さん。
「お腹空いてないですか?」
「うん」
「それは空いてないと受け取っていいんですか?」
「うん」
なんとも素っ気ない返事だ。バイト終わりで空腹の僕としては何処かで食事でもして帰りたい気分なのだが。
「気分でも悪いんですか?」
「そんなわけじゃないけど…」
「それならいいんですが、何か変ですよ?」
「何でもないもん」
その後家に着くまでの間、特に会話もなく、二人が歩く足音だけが響いていた。
帰宅後、入浴と着替えを済ませた僕はベッドに腰かけて読みかけの本を手に取った。
数ページ読み進めてみたのたが…全く内容が入ってこない。空腹のせいだろうか。
冷蔵庫の中には大したものが入っていなかったはずなので、何か適当に買ってくるとしよう。
こんなことなら帰りにコンビニでも寄ってくるんだったな。
自室のドアを開けるとリビングには同じく着替えを済ませた桐谷さんがソファーに座りながらテレビを見ていた。
「藤堂くん。お腹すいた」
「……」
さっきお腹が空いていないと言ったのは僕の気のせいだろうか。
「わかりました。ちょうどコンビニにでも行こうかと思っていましたので何か買って…」
「作ってくれなきゃやだ」
「……」
普段わがままを言わないのに今日は攻めてくるじゃないか桐谷さん。
この状況では家にあるもので何か作るしか無さそうだ。とりあえず冷蔵庫と冷凍庫を覗いてみると、卵と冷凍しておいたごはんが確認できたのでオムライスぐらいなら作れそうだ。
僕は素早く準備し、10分もかからずに二人分のオムライスを用意した。
まあ、材料さえ揃っていれば手間や時間のかかる料理ではないので、そんなものだろう。
「わー。美味しそう」
「ケチャップでは面白くありませんからね、デミグラスソースをかけてみました」
二人共空腹だったせいか黙々とオムライスを口に運んでいたのだが、僕は半分ほど食べ進めたあたりで食べる手を止めた。
「桐谷さん」
「ん?」
もぐもくと咀嚼しながら桐谷さんがこちらを向く。
やはり食べている時の彼女は、どこか小動物のような雰囲気を見せる。
「僕達はこうして一緒に暮らしています」
「…うん」
「今の僕に言えることはそれだけです」
「うん」
「なので…その…」
「違うの…少し寂しくなっちゃっただけなの。勘違いしている麻衣さんに、藤堂くんがあまりにも否定したから…」
「すいません…」
「ううん。私もわがまま言ってごめんなさい。でも藤堂くんの作ってくれたオムライスが食べられたからちょっと嬉しい」
桐谷さんはそう言いながら少し笑った。




