第1話 解説 老人ホームのスプリンクラーと「水道につなぐ型」
鳴海はなぜ、夜明け前の四時四十分に蛇口へ計器をつけたのか。理由は条文の中にあります。
行政書士の小川洋史です。物語の中で鳴海がしたことが、現実の消防法でも通るのかを解説します。物語はフィクションですが、条文は本物です。
◆1 建物ではなく、住む人で決まる
老人ホームにスプリンクラーが要るかどうかは、建物の広さより先に「誰が住んでいるか」で決まります。
要介護3以上の人を主として入居させている有料老人ホームには、原則として広さにかかわらずスプリンクラーが要ります。そうでないホームなら、第1話の施設くらいの広さでは要りません。三好の施設は、建物はそのままで、入居者が重くなったことで扱いが変わりました。
古い建物でも、老人ホームや旅館、飲食店のように大勢の人が出入りする建物は、今の基準に合わせなければなりません。基準が変わったときも、使い方が変わったときも同じです。
◆2 鳴海の解き方は通るのか
鳴海が選んだのは「特定施設水道連結型スプリンクラー設備」です。水道管にじかにつなぎ、水をためておく受水槽を置かない方式で、要介護の人が暮らす施設などのうち、床面積の合計がおおむね1,000㎡未満のものに使えます。水道の圧力だけで基準の性能が出せれば、ポンプも要りません。
基準の性能は、天井と壁の仕上げで変わります。
・仕上げが準不燃材料のとき:スプリンクラーヘッドを最大4個同時に開いて、それぞれの先で0.02メガパスカル以上・毎分15リットル以上
・準不燃材料でないとき:0.05メガパスカル以上・毎分30リットル以上
物置の合板の壁を石膏ボードに張り替えたのは、このためです。とても小さな物入れならヘッドは要りませんが、三畳の物置には要ります。
水道の圧力などの条件がそろえば、受水槽とポンプが要らなくなり、工事費は下がることが多いです。現実でも通る解き方です。
◆3 現実で気をつけること
鳴海の最後の言葉は「工事が終わるまで、まだ何も終わっていません」でした。現実でも、ここからが手続きです。
・水道局との協議:計算に使う水圧は、自分で測った数字ではなく、水道局が示す「いちばん下がるときの水圧」です。水道メーターを大きくすると、別に費用がかかることもあります
・ほかの道もある:居室を細かく区切り、内装や扉の条件も満たすと、スプリンクラー自体が要らなくなる場合があります。どちらが安いかは建物しだいです
・期限に間に合わないとき:工事の計画と日程を書面にして、消防署に相談します
・金額:三千万円も九百八十万円も物語上の数字で、実際の工事費の目安ではありません
最後に決めるのは消防署です。市町村の火災予防条例で、違う基準が定められていることもあります。命令書や指導の書面を受け取ったら、まず書いてある根拠の条文を確かめ、見積もりを取る前に消防署へ相談することをおすすめします。
次の話の舞台は、駅前の雑居ビルの焼鳥屋です。窓が五枚あるのに、消防は「窓がない」と言います。
この解説の根拠条文(2026年11月時点)
・有料老人ホームの区分:消防法施行令 別表第一(六)項ロ(1)・ハ(1)、消防法施行規則5条5項
・スプリンクラーが要る施設:施行令12条1項1号
・今の基準に合わせる建物:消防法17条の2の5第2項4号、17条の3第2項4号、施行令34条の4
・水道につなぐ型:施行令12条2項3号の2、施行規則13条の6第2項2号・第3項
・ヘッドが要らない小さな物入れ:施行規則13条3項9号の2
・区切ることで要らなくなる場合:施行規則12条の2
・工事の届けと検査:消防法17条の14、17条の3の2、施行規則31条の3
次は「第2話 窓のない階」です。
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