第四話 「直訳」
文政七年、冬。
梧桐玄伯先生は、その夜も私の部屋に上がり込んでいた。
「次男坊。これは何だ」
行灯の明かりの下、先生は『解体新書』の写本を広げ、扇子の先で一つの言葉を叩いた。
十二指腸。
「指が十二本ある腸か。蘭人の腹には、そんな化け物が住んでおるのか」
「違います」
私は筆を置いた。
「オランダ語で twaalfvingerige darm といいます。twaalf は十二、vinger は指、darm は腸。指を十二本、横に並べたほどの長さの腸、という意味です。胃の腑のすぐ下に続いています」
「……それを、そのまま字にしただけか」
「そのままです」
玄伯先生は写本を眺め、それから、心底あきれたように鼻を鳴らした。
「なんと芸のない訳だ。わしなら、もう少し気の利いた名をつけるぞ」
「では先生なら、何と」
「それは……」
先生は扇子を開き、しばらく天井を睨んでいたが、やがてぱちりと閉じた。
「今日はこのくらいにしておいてやる」
まだ何も始まっていない。
荷揚げ場の一件以来、先生は三日にあげず私の家に来るようになった。教わりに来たのではない、確かめに来たのだ、と言いながら。母は最初こそ怯えていたが、今では先生の分の茶菓子まで用意している。
「ところで、次男坊」
「そろそろ名前で呼んでいただけませんかね。私は今村いお……」
「稽古通詞、西洋かぶれの通詞など、次男坊で十分だ」
帰り支度を始めながら、先生がふいに声を落とした。
「お前、唐通事の林家を知っておるか」
「――はい。名は存じております」
「当主の平右衛門殿が、ひと月ほど前から腹の痛みを訴えておる。わしが診ておるのだが」
先生は写本の、十二指腸の頁を指で押さえた。
「痛むのが、どうもこのあたりなのだ。腹が空くと痛み、粥をすすると和らぐ。漢方の見立てはついておる。だが」
玄伯先生は、少しだけ言い淀んだ。
「蘭方の医者が、この場所の病をどう見るのか。聞いておきたい」
私は玄伯先生の顔を見た。
蘭方に負けたままでは名が泣く、と言った人が。
「ヤンセン様に、伺ってまいります」
「勘違いするなよ!比べてやるだけだ」
翌日、私は玄伯先生に連れられて、林家の門をくぐった。
ヤンセン様に話を伝える前に、平右衛門様の様子をこの目で見ておけ、と先生に言われたのだ。
病のありさまを自分で見ていない者に、正しく訳せるものか、と。
岩下様が聞いたら顔をしかめそうな理屈だった。でも、私はそれが正しいと思った。
唐通事の家は、阿蘭陀通詞の家とは、どこか空気が違っていた。
玄関の衝立には唐土の山水が描かれ、廊下には墨の匂いが漂っている。
床の間に積まれた書物は、どれも漢籍だった。
その廊下の先に、娘が一人、立っていた。
歳は私より一つ二つ下だろうか。背筋をまっすぐに伸ばし、こちらを見る目には、隠そうともしない険があった。
「玄伯先生。そちらは」
「今村の次男坊だ。阿蘭陀通詞の」
娘の眉が、ぴくりと動いた。
「……蘭癖の、次男坊」
蘭癖。西洋かぶれを揶揄する言葉だ。面と向かって言われたのは、生まれて初めてだった。
「華と申します。林平右衛門の娘です」
華殿は、私にではなく玄伯先生に向かって頭を下げた。
「先生。父の体を、蘭方の者に診せるおつもりですか」
「診せはせん。話を聞くだけだ」
「同じことです」
華殿の視線が、私の手元に落ちた。先生から預かった『解体新書』の写本を、私は抱えていた。
「それは」
「『解体新書』です」
「存じております。拝見しても結構でしょうか?」
私が答える前に、華殿は写本を手に取っていた。
頁をめくる指が、速い。
私は息をのんだ。
解体新書は、すべて漢文で書かれている。
私は訳語の一つひとつの元のオランダ語を知っている。
けれど、漢文そのものを、こんな速さで読み下すことはできない。
やがて華殿は、写本を閉じた。
「ひどい漢文ですね」
「……ひどい、とは」
「字の並べ方が、唐土の書き方ではありません。返り点を打たなければ読めない、和人の漢文です。唐人が読めば、首をかしげるでしょう」
「わしらが書く処方の漢文も似たようなものよ」
玄伯先生が、横から口をはさんだ。
「しかし、それにしてもひどすぎます」
華殿は写本を私に突き返した。
「まず、言葉を勝手に作りすぎです。神経、軟骨、動脈。字を好き勝手に組み合わせて、さも昔からあった言葉のような顔をさせている。まこと、字に、失礼です」
言い返そうとして、言葉が出てこなかった。
漢文がぎこちないのは、本当だった。
稽古通詞の師匠も、同じことを言っていた。
杉田翁ら、訳者たちはオランダ語に苦しみ抜き、漢文を整える余裕まではなかったのだ、と。
「ただ」
華殿が、写本の一か所を指さした。
「これだけは、すぐに分かりました」
十二指腸。
「指十二本分の長さの腸、ということでしょう。違いますか」
私は、華殿の顔を見た。
「……その通りです」
「当たり前です。字にそう書いてあります」
華殿は、ふいと横を向いた。
私は写本を抱えたまま、その場に立ち尽くしていた。
芸のない訳だ、と玄伯先生は笑った。
けれど、オランダ語を一言も知らない、蘭方を嫌うこの人が、一目で意味を言い当てた。
神経も、動脈も、華殿には「字に失礼な」紛い物にしか見えなかった。
でも十二指腸だけは、まっすぐに届いた。
直訳は、芸がない。
でも、芸がないからこそ、言葉の違う人の間を、まっすぐ渡っていけるのかもしれない。
出島に戻り、私はヤンセン様に平右衛門様の様子を伝えた。
腹が空くと痛む。食べると和らぐ。痛むのは、胃の腑のすぐ下。
ヤンセン様は片言をやめはしなかったが、目は真剣だった。
オランダ語でいくつか問いを重ね、やがて短く言った。
「Een zweer. In de twaalfvingerige darm.」
十二指腸に、zweer がある。
zweer。肉が爛れて、えぐれたもの。
私はその言葉を知っていた。けれど、それに当てる日本の言葉が、すぐには浮かばなかった。
爛れ。
腫れ物。
どれも少しずつ違う。
ヤンセン様は続けた。強い酒と、辛いものを断つこと。
粥のような柔らかいものを、少しずつ、何度にも分けて。そして、よく休むこと。
私はそれを一語一語、帳面に書き留めた。
林家に戻り、平右衛門様の枕元で、玄伯先生と並んで座った。
襖の陰に、華殿が控えているのが分かった。
「蘭方の医者の見立てでは、十二指腸に……」
そこで、私は詰まった。zweer を、何と言えばいい。
「……肉が爛れて、えぐれたものが、できていると」
ぎこちない言い方だった。自分でも分かった。
襖の向こうから、小さなため息が聞こえた。
「潰瘍です」
華殿だった。襖を細く開け、こちらを見もせずに言う。
「今から2000年以上前の中国の古典『周礼』天官冢宰の記述の中に、同じ語があります。肉が潰れ、瘍となったもの。新しく字を作るまでもありません」
私は、はっとした。
『解体新書』の訳者たちは、訳し方を三つに分けた。
昔からある漢語を当てる「翻訳」。
意味から新しく言葉を作る「義訳」。
音をそのまま写す「直訳」。
十二指腸は、直訳。そして今、華殿が差し出したのは、翻訳だ。私の知らない、漢語の側からの。
「……十二指腸に、潰瘍がある、と」
言い直すと、平右衛門様が、かすかにうなずいた。
玄伯先生が、ゆっくりと腕を組んだ。
「わしの見立ても、胃の腑の気が滞り、熱を持って爛れておる、というものだ。食を慎み、粥をすすり、休む。……蘭方も、言うことは同じか」
「同じです」
「ふん。あの阿蘭陀の大木も、中身は空っぽというわけでもなさそうだな」
玄伯先生は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、その口元は、少しだけ緩んでいた。
蘭方と漢方の見立てが、一つの枕元で重なった。私が出島で見た、初めての光景だった。
帰りがけ、林家の門のところで、華殿に呼び止められた。
「蘭癖の次男坊」
「……今村伊織です」
「これ」
華殿が差し出したのは、私が枕元で走り書きした帳面の一枚だった。
「潰瘍の『瘍』の字。垂が違います」
見ると、確かに違っていた。急いで書いて、似た字と取り違えていたのだ。
その横に、きれいな手で、正しい字が書き添えてあった。
「わざわざ、直してくださったのですか」
「勘違いしないでください」
華殿は、きっと私をにらんだ。
「あなたのためではありません。字が可哀想だったからです」
そして、くるりと背を向け、屋敷の奥へ戻っていった。
門の外で待っていた玄伯先生が、扇子の陰で、くつくつと笑っていた。
「伊織坊。お前、えらい相手に目をつけられたな」
「目をつけられたのは、私の字です」
「同じことだ」
ふっ、と、思い出した。
「玄伯先生、今、私のことを何とおっしゃいましたか?」
「さすがにあの林家の嬢様に、西洋かぶれだ、蘭癖だ、次男坊だと言われて辟易するのが見えていたからな。わしくらいは、ちゃんと名前で呼んでやろう。――伊織坊」
「坊は、余計です。それに、西洋かぶれは先生のお言葉です」
「名を呼んでもらえるだけありがたく思え。あの嬢様は、しばらくは坊のことを『次男坊』と呼ぶぞ。気の強い嬢様だ。だが……学と筆は確かだ。惜しむらくは……おなごということだ」
玄伯先生に、認められた。
それなのに、胸の奥が、少しもすっきりしなかった。
女性は、通事には、なれない。
どれほど漢文を読めても、どれほど唐人と言葉で渡り合えても、あの人は表に立つことができない。
伊之輔兄上がいる以上、家督を継げない次男の私も、行き先の見えない壁の前に立っている。
けれど華殿の前の壁は、私のそれよりも、ずっと高く、ずっと厚い。
私は、直された一枚を、丁寧に帳面に挟み込んだ。
オランダ語の分かる私には、漢語の字の重さが分からない。
漢語の分かる華殿には、オランダ語の意味が分からない。
一人では、訳せない。
あの『解体新書』も、杉田翁、中川先生、桂川先生……表紙に名のある方々だけでも、何人もの手を経ている。
その当たり前のことを、私はこの冬、初めて知った。
林 華…当時16歳。唐通事・林家の長女で、兄に同じく唐通事の平馬がいる。漢籍に詳しく、漢文を書かせれば長崎一との声も。医学もある程度心得てはいるが、漢文に圧倒的な強さを持つ。もともと長崎の崇福次長崎の唐人屋敷に住む唐人とも対等に話すことのできる中国語の実力も持ち合わせている。




