第十二話 「署名」
文政11年、師走。私は23歳になっていた。
長崎奉行所の吟味の間は、真冬だというのに、火の気がなかった。
板敷きの冷たさが、膝から骨へと染みてくる。
私は、異人の座る場所と、お奉行の座る上段との、ちょうど真ん中に座らされていた。
通詞の席だ。
どちらの言葉も、ここを通らなければ、向こう側へは届かない。
上段の正面に、長崎奉行・本多佐渡守政収(※1)様が座っておられた。
五十がらみの、痩せた方だった。目は細く、表情というものが、ほとんどない。
怒っているのか、退屈しているのか、それすら読み取れない。
ただ、こちらが一言を発するたびに、その細い目が、ほんのわずかに動く。
聞いているのだ。一語残らず。
異人の側には、ヤンセン様が座っていた。
縄は打たれていない。けれど、両脇に役人が控えている。
その後ろに、商館長のメイラン様と、ヘトルのウェイデン様。
そして私の斜め後ろ、通詞たちの控えの席に、岩下様がいた。
背筋をまっすぐに伸ばし、石のように動かなかった。
「はじめよ」
本多様の声は、低く、乾いていた。
役人が、まず二つの品を、ヤンセン様の前に置いた。
一つは、油紙から出された、大きな地図の写し。
この国の海岸が、細い細い線で、どこまでも描き込まれている。
もう一つは、黒地に三つ葉葵の紋が染め抜かれた、一枚の羽織だった。
「この二品、何者から得たか、申せ」
私は、その言葉を、オランダ語に移した。
ヤンセン様は、しばらく地図を見つめていた。
それから、顔を上げ、まっすぐお奉行を見て、オランダ語で答えた。
私は、その言葉を聞き、一瞬、息が止まった。
けれど、訳した。
「私が、乞うたものでございます。この国を、この地理を知りたい一心で、私が無理にお願いいたしました。お渡しくださった方々に、罪はございません。罪は、すべて、乞うた私にございます」
一語も、足していない。一語も、削っていない。
本多様の細い目が、わずかに動いた。
「異人の情けは要らぬ」
短い一言だった。
「渡した者の名は、すでに江戸で明らかになっておる。そのほうが庇い立てしたところで、何も変わらぬ」
私はそれを訳した。
ヤンセン様は、目を閉じた。
それ以上、何も言わなかった。
次に、役人が、一束の書付を持ってきた。
ヤンセン様の部屋から押収されたものだという。
オランダ語で書かれた、何通もの手紙の控え。
江戸の学者たちとの、書物の取り交わしの記録。
その一枚が、お奉行の手から、役人を通して、私の前に置かれた。
「通詞。その末尾の名を、読んでみよ」
私は、その紙を見下ろした。
見慣れた、細い、几帳面な字だった。ヤンセン様の字。
そして、紙の一番下に、署名があった。
Johan Joachim Jansen
Joachim。
ヨアヒム。
私の手が、紙の端で、かすかに震えた。
4年前、夕陽の部屋で、「シップ」という音を聞いた。
オランダの船乗りなら「スヒップ」と言うはずの音を。
1年半前、妙殿の枕元で、手紙の最後の一行を見た。
Ich liebe dich(貴方を愛している)。
オランダ語ではない言葉を。
そして今、この紙の上に、オランダ人ならば決して書かない綴りが、ある。
オランダ人なら、Jochem と書く。
これは、別の国の綴りだ。
「読め」
お奉行の声がした。
私は、声に出した。
「……ヨハン・ヨアヒム・ヤンセン、と、ございます」
「ヨアヒム、とは」
お奉行は、間を置かずに問うた。
「阿蘭陀の名か」
部屋の空気が、凍りついた。
視界の端で、ウェイデン様が、わずかに身じろぎしたのが分かった。
この問いを、お奉行の耳に入れたのは、あの人だ。
私は、目の前の紙を見つめた。
嘘は、言えない。
通詞が奉行所で嘘を言えば、それだけで首が飛ぶ。
そして何より、足すな、削るなと、私は岩のような師匠から、5年間、教えられてきた。
けれど、本当のことを、そのまま言えば。
この方は、オランダの人ではない、と言えば。
ご公儀の禁を破って、名を偽り、この国に入った異人だ、ということになる。
地図の罪の上に、さらに重い罪が積まれる。
どうすればいい。
足さず、削らず、それでいて。
そのとき、頭の中に、一つの声がよみがえった。
ワタシ、オランダノ、ヤマノホウ、ウマレ。
4年前、私はそれを嘘だと思った。オランダに、山はない。オランダは干拓の国。水を掻き出した国。
『世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った』
人足の言葉が、耳に響く。
けれど、1年半前、私は知った。
ヤンセン様の言葉は、オランダ人が Hoogduits と呼ぶ言葉だった。
高地の言葉。山の方の言葉。あの方は、一言も嘘をついていなかった。
私は、きっ、と顔を上げた。
「申し上げます」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
「この綴りは、阿蘭陀の人々が『高地の言葉』と呼ぶ地方の綴りでございます。阿蘭陀の海辺の言葉とは、綴りがいくらか異なります。山の方の言葉、とでも申しましょうか」
一語も、偽っていない。
オランダの人々は、確かにドイツの言葉を、高地の言葉と呼ぶ。
山の方の言葉、という言い方も、間違いではない。
ただ、それがオランダの外の国だということを、私は、言わなかった。
言わなかったのは、削ったことになるのか。
分からなかった。
お奉行の細い目が、私の顔の上で、止まった。
「今の言葉」
低い声だった。
「もう一度、申せ」
背中を、冷たい汗が流れた。
私は、同じ言葉を、一字一句違えずに、繰り返した。
高地の言葉。山の方の言葉。綴りがいくらか異なる。
お奉行は、何も言わなかった。
長い、長い沈黙だった。
そのとき、ウェイデン様が、オランダ語で声を上げた。
「その通詞は、正しく訳しておりません。その綴りは、オランダの言葉ではない。ドイツの言葉です。この医者は、オランダ人ではない」
部屋じゅうの目が、私に集まった。
お奉行が、言った。
「通詞。ヘトルは、何と申した」
私は、ウェイデン様を見た。
あの人の目には、やはり何の色もなかった。勝ち誇るでもなく、憎むでもなく。
ただ、決まりを守る者の目だった。
私は、お奉行に向き直った。
そして、訳した。
「ヘトル殿は、こう申しております。その通詞は、正しく訳していない。その綴りは、オランダの言葉ではなく、ドイツの言葉である。この医者は、オランダ人ではない、と」
一語も、足さなかった。
一語も、削らなかった。
師を告発する言葉を、私は、私の口で、そのまま、お奉行に届けた。
手が震えていた。けれど、声は、震えなかった。
足すな。削るな。それが、通詞だ。
本多様は、しばらく私を見ていた。
それから、ヤンセン様に向かって、問うた。
「そのほう、何と申し開きする」
私がそれを訳すと、ヤンセン様は、ゆっくりと口を開いた。
「私は、高地の生まれでございます。けれど、阿蘭陀の国王陛下にお仕えする軍医として、この国へ遣わされました。私は、阿蘭陀の臣でございます」
私が訳し終えると、その後ろで、商館長のメイラン様が、オランダ語で静かに言い添えた。
「この者は、オランダ王国の軍医であり、我が商館が正式に雇い入れた者です。その身分は、商館長である私が保証いたします」
私は、それも訳した。
本多様は、目を閉じた。
しばらくして、目を開けたとき、その声は、少しも変わっていなかった。
「名の綴りの儀は、江戸に伺いを立てる。本日の吟味は、品々の出所についてのみとする」
それだけだった。
認めたのでも、退けたのでもない。ただ、脇へ置いた。
本多様は、最後に、もう一度だけ私を見た。
「通詞。そのほう、名は」
「……今村伊織と申します」
「今村」
本多様は、私の名を、一度だけ口の中で転がした。
「そのほうの訳、聞いた」
それが、褒め言葉なのか、咎めなのか。私には、分からなかった。
吟味の最後に、本多様は、通詞たちの控えの席のほうへ、目を向けた。
「異人と江戸の者との文のやり取り、出島にて改めるは、大通詞の務めのはず。その改めを怠ったは、誰か」
私は、振り向きかけた。
その前に、斜め後ろで、衣擦れの音がした。
「私でございます」
岩下様だった。
岩下様は、膝を進め、板敷きに両手をついた。
「出島の文は、すべて大通詞たる私が改めております。異人の文に不審のあるを見落とし、江戸の方々への取り次ぎを許したは、すべて私の咎にございます。下の通詞どもは、私の命に従ったまで。何の咎もございません」
違う。
岩下様は、何もしていない。地図の荷が届いたことさえ、知らなかったはずだ。
「岩下様!」
思わず、声が出た。
岩下様は、私を見なかった。
前を向いたまま、低く言った。
「今村。通詞は、訳すだけだ」
5年前、荷揚げ場の夜に聞いた言葉だった。
けれど今、その言葉は、まるで違う意味で、私の胸に突き刺さった。
黙っていろ。口を挟むな。お前は、ここで何も言うな。
私は、唇を噛んだ。
何も、言えなかった。
その夜、岩下様は、ご自宅での謹慎を命じられた。
門の前には、番人が立っていた。
私は、兄上の口利きで、裏口からほんのわずかの間だけ、岩下様に会うことを許された。
岩下様は、灯りもつけずに、暗い座敷に座っていた。
「なぜですか」
私は、膝をつくなり言った。
「岩下様は、何もしておられない。地図のことも、知らなかったはずです。なぜ、ご自分の咎だと」
岩下様は、しばらく黙っていた。それから、静かに言った。
「5年前、ブロンホフ様が去られる日のことを、覚えておるか」
「……水門の前で。岩下様に、オランダ語ではない言葉で、何かを」
「英語だ。メリケンの民や、エゲレスの民の言葉だ」
岩下様は、暗闇の中で、ゆっくりと言った。
「Please,protect that doctor」
私には、分からない言葉だった。
「あの医者を、守ってやってくれ。そう言われた」
私は、息をのんだ。
「ブロンホフ様は、知っておられた。あの医者が、阿蘭陀の者ではないことを。それでも、あの方を連れてきた者を信じて、この国に残していかれた。そして、わしに託された」
岩下様は、膝の上で、両手を握った。
「わしは、5年間、知っておった。お前より、ずっと前からな」
「岩下様は、それを、ずっと一人で」
「通詞は、訳すだけだ。だが、聞いてしまったものは、聞かなかったことにはできん」
岩下様は、初めて、私のほうを見た。
「今日のお前の訳、聞いておった」
私は、身を固くした。
「高地の言葉。山の方の言葉」
岩下様の口元が、暗闇の中で、ほんの少しだけ、動いた気がした。
「足しもせず、削りもせず、それでいて、あの方を守った。……わしには、思いつかなんだ訳だ」
「ですが、私は、言わなかったことが」
「言わなかったことと、削ったことは、違う」
岩下様は、きっぱりと言った。
「そして、ヘトルの言葉も、お前はそのまま訳した。師を告発する言葉を、一語も削らずにな。あれができる通詞は、そうはおらん」
私は、何も言えなかった。
目の奥が、熱かった。
「帰れ、今村。もうすぐ番人が来る」
岩下様は、また前を向いた。
「わしのことは、気にするな。一つだけ、覚えておけ」
「はい」
「お前の訳は、今日、確かに人を守った。だが、次も守れるとは限らん。言葉は、いつも刃だ。それを忘れるな」
家に戻ると、兄上が、行灯の下で待っていた。
膝の前に、古びた紙の束が置かれていた。
「伊織。こいば見ろ」
「これは」
「蔵ん奥にあった。おいたちのご先祖の、今村源右衛門様の書付たい」
今村源右衛門。(※2)
130年あまり前、この家の通詞だった人。
兄上は、黄ばんだ紙の一枚を、私の前に広げた。
「源右衛門様は、出島の医者の助手をしとった。ケンペル(※3)という名の医者たい」
兄上の指が、紙の上の、かすれた字を指した。
「こん書付によるとな、そんケンペルちゅう医者も、阿蘭陀ん生まれではなかったげな」
私は、顔を上げた。
「高地ん国ん、生まれやった、げな」
兄上は、静かに言った。
「源右衛門様は、それば知っとって、そん医者に日本の言葉ば教え、日本んことば教えた。そん医者は、わがん国に帰ってから、日本んことば書き残した。死んだ後に、それが本になって、百年あまり経って、志筑忠雄ちゅう通詞が訳して、『鎖国論』と名づけた」
私は、紙の上の字を、じっと見つめた。
ブロンホフ様が、水門の前で、列の端の私を見て、ほほえんだ理由。
今村か、と。
あの方は、知っておられたのだ。この家が、かつて何をしたのかを。
「伊織」
兄上が、私の肩に、大きな手を置いた。
「今村の家は、二度目なんとよ」
灯りの中で、兄上の目が、少しだけ濡れていた。
「高地ん国ん医者ば、こん家が支えるとは、二度目なんや」
「わいは、悪かことは、しとらん。自信ば持て」
兄上がぐしゃぐしゃに撫でた頭の下で、私は久しぶりに、声をあげて泣いた。
長崎弁
おい=自分のこと
わい=相手のこと。youの頭文字から来た都市伝説がある。
※1 1786年~? シーボルト事件の際の長崎奉行であった人物。
※2 1671年~1736年。実在のオランダ通詞。若いころ出島でエンゲルベルト・ケンペルの助手となり語学に磨きをかけると共に薬学・医学・博物学を習得。通詞に採用されてのち、抜群の語学力と学識を生かし、新井白石や徳川吉宗の洋学を陰で支えた。
※3 1651年~1716年。エンゲルベルト・ケンペル。オランダ人と偽って長崎の出島で活躍した、ドイツ人学者。実在の学者。彼の書いた『日本誌』を翻訳した志筑忠雄が「鎖国」という言葉を考案している。当時の将軍・徳川綱吉にも謁見している。




