『公女殿下、詰め所の人間関係をリファクタリングする』
第一騎士団の訓練場から、脳内が完全にハングアップしたディオナ師団長を、ハンナ先輩が引きずりながら移動すること数アインタム。
一行がようやく第八師団の詰め所のドアを開けた――まさにその瞬間だった。
『――ディオナァァァ!!! 聞こえているなディオナァァァ!!!』
デスクの上に設置された国定規格の大型通信機から、スピーカーが音割れするほどのガビガビとした大爆音が詰め所中に響き渡っていた。
その鼓膜を破壊せんばかりの爆音によって、気絶していたディオナの脳内システムが強制再起動を果たす。
「ヒィィィ!? は、はい閣下ッ!! 第八師団長ディオナ、ただいま戻りましたァッ!」
彼女は白目を剥きながらデスクへと滑り込み、設置型端末の受信ボタンを親指で叩きつけた。
『遅い!!! 我が愛娘の周囲に変な男の不審者が多数群がっているログが検知されたが、一体どういうことだ! 安全圏であるはずの第八師団で、なぜ初日からそんな環境バグが発生しているッ!!』
「か、閣下! 誤解です! 新人の現場試験として第一騎士団の模擬戦を……ッ!」
『問答無用! ディオナ、お前の首を今すぐ物理的にデリ――』
「――お父様、お仕事中に通信経路を無駄遣いして、大声を出すのはおやめください」
必死に弁明するディオナの背後から、ルーナティアがサイズの大きめなダボ袖をふわりと揺らしながら、お淑やかに声をかけた。
通信機の向こうの宮廷魔術師団長――マギウスは、最愛の娘の声を聞いた瞬間、ピタッ、と文字通り世界が静止したかのように静まり返った。
『お、おお……ルーン! 無事かルーンよ! 悪い男に噛まれてはおらんか!? 今すぐお父様が第一師団を動かして、あの訓練場の男どもを更地ごとデバッグしてや――』
「私は大丈夫です。ただ、バルクマン先輩の指示で現場のお仕事を少し見学させていただいただけですので」
「……ッ!?」
ルーナティアが物腰穏やかに、何気なく放ったその一言。
それを聞いた瞬間、横で腕を組んでいたハンナの脳内システムに、かつてないほどの警報音が鳴り響いた。
(待って……。公女サマをお高く止まってると勘違いして、大口叩くからって訓練場に強引に連れ出したの、完全にアタシじゃん……。男どもの前に放り込んで『女神様おかわり頼む』状態にさせたトリガー引いたの、アタシじゃん……!!)
だいたいハンナのせい。
その厳然たる事実にようやく気づいたハンナの顔から、一気に血の気が引いていく。
そしてそれは、訓練場に最初から同行し、胃を痛めながらもその暴走を止められなかった師団長――ディオナにとっても同じだった。
ハンナとディオナは、幽霊でも見たかのように互いに真っ青な顔を見合わせ、ガタガタと同期して震え出した。
((アタシたち……最初からあの場にいて、公女様の無双に脳を焼かれて静観しちゃってた共犯じゃん……! 閣下に訓練場ごと一括消去されるの、アタシたち二人ともじゃん……!!))
『……ほう。バルクマン、そしてディオナ……。よくも我がルーンを男どもの前に……』
通信機の向こうから漏れ聞こえてきたのは、地獄の底から響くような極冷の怨嗟ボイス。
現場の二人は生まれて初めて、国家最高峰の「物理的な処刑」の恐怖をリアルタイムで共有していた。
――ドォン!!!
そこへ、詰め所のドアが乱暴に開け放たれた。
飛び込んできたのは、マギウス直属の宮廷魔術師団の伝令の男だ。彼は顔を真っ青にし、過呼吸寸前で息を切らせながら絶叫した。
「は、第八師団ディオナ・グレンヴィル団長さま! および、ハンナ・バルクマン一級魔法士どの! ラ、ライ=ヴァルク総合団長閣下からの緊急の【物理伝令】です! 『一リコの遅延も許さん。急ぎ、直ちに、今すぐ団長室に来い!』とのことですッ!!」
「「二重呼び出しぃぃぃぃ!?!?!」」
通信機からのマギウスの音声と、伝令による呼び出しのダブルパワハラ同時並列処理。
そして逃げ場のない完全な連帯責任の重さに耐えきれず、ディオナとハンナ先輩は、揃って頭から煙を吹いて今度こそ完全にシステムシャットダウンしてしまったのである。
二人の肉体が、詰め所の床へ同時に崩れ落ちる。
――ドサァァァン!!!
盛大な衝撃音が鳴り響いたその直後、扉を蹴破らんという勢いで、外に控えていたアンネローゼとポムが詰め所内へと飛び込んできた。
「ルーン様! なにやらもの凄い音がしましたが、如何なさいましたか!?」
「ディオナ様の心の悲鳴が聞こえたのです!」
あまりの勢いに、ルーナティアは困惑した顔で振り返った。
「グレンヴィル団長とバルクマン先輩が突然倒れてしまわれまして。如何しましょう、お父様に呼び出されているようですのに……」
本気で先輩二人を心配そうに見つめながら、ルーナティアは特注ローブのダボ袖をふわりと整え、いつも通りのお淑やかな所作で小さく困惑のため息をついた。
「お父様ったら、本当に……。お仕事はお忙しくないのでしょうか」
ルーナティアは、完全に気絶した先輩二人を余所に、お淑やかに小首を傾げてため息をつくのだった。
ハングアップした先輩二人を余所に、お淑やかに小首を傾げるルーナティア。
その脳内では、杖に宿るご先祖様が、
『はっはっは! 実に愉快なデバッグだ。……おいルーン、早くその二人を起こしてマギウスのところへ連れていってやれ。今のお前の父親の怒りログは、見ていて本当に飽きんぞ』
楽しそうにそんな爆笑の念話を響かせていた。
(もう! ライ・ヴァルク様ったらおもしろがって!)
ルーナティアは脳内でぷりぷりと怒りつつも、これ以上お父様の親バカ中枢システムを暴走させるわけにもいかないと、すっと背後の侍女たちへと視線を送った。
「アンネ、ポム。お父様をお待たせするわけにはいきません。そのお二人を、直ちに強制再起動して差し上げてください」
「御意にございます」
『はーい、かしこまりましたー!』
主の命令を検知したアンネローゼとポムが、床に転がっている先輩二人の胸ぐらを掴み、一切の手加減なしでガタガタと激しく揺さぶり始める。
「えっ、あ、あの、ふ、二人とも、て、手加減をっ……」
ルーナティアがお淑やかな顔を引き攣らせて止めるのも束の間、侍女たちの物理的な強制パッチ――往復ビンタと激しい揺さぶりによって、どうにか先輩二人の意識は再起動を果たしたのだった。
こうして、初日の現場試験を異次元の無双で終えたルーナティアは、未だに泡を吹いてフラフラしている上司と先輩を伴い、次なる本丸――王国最高権力者である父親の待つ「総合団長室」へと、呼び出されることになるのである。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ちょうどここを書いているときに、Xでは「メイドが長いスカートの裾を持ち上げるのは、威嚇のポーズだ」という話題が流れてきて、急いで第5話に盛り込みました。
ルーナティアの魔術も、昔は「そうはならんやろw」と思っていたりもしましたが、いくつも「なろう小説」に触れていくうちに「これぐらいの盛り具合は、普通普通w」と考えるようになりました。
主人公のルーナティアは、もともと「ルーン」という名前でした。
が、「貴族の名前としては、合わないのでは?」と考え、それっぽい「ルーナティア」へと変え、またもともとの名だった「ルーン」はミドルネームへと落とし込んだ、という経緯があります。
さて、ルーナティアの父、マギウスの親バカに巻き込まれた、ディオナとハンナの明日はどっちでしょう!?
「続きが気になる!」「父親の親バカっぷりがウケる!」と思ってくださった方は、
ぜひ【ブックマーク(お気に入り登録)】や【評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援していただけると大変励みになります!
毎日18時にパケットをドロップ(更新)していきます。どうぞよろしくお願いいたします!




