『公女殿下、無双した後の大騒ぎをリファクタリングする』
『――ふむ。四つの魔術を並列で起動させながら、それでいて応答遅延は完全な零。さすがは私の子孫だな』
ルーナティアの脳内に、直接響く声。
だが、彼女はそれに驚くことなく、いつも通りおっとりと脳内同期を返した。
(いかがでしたでしょうか? 多重強化はカティエール学園の模擬戦以来でしたが、ライ・ヴァルク様から見て、おかしな不具合はありませんでしたか?)
ライ・ヴァルク。
それは、ルーナティアの遥か祖先であり、フェルクシア王国の建国の英雄の一人の名。
その精神は現在、賢者の石に宿り、ルーナティアの長杖に嵌め込まれていた。
『ああ、完璧なリファクタリングだ。……ちなみに、この訓練場の一連のやり取り、お前の父のマギウスにも丸見えだからな』
(えっ、お父様にまで!?)
『ああ。あの第八魔術師団の団長――ディオナと言ったか。呼び出す。絶対に呼び出す、と怨嗟のように呟いておる。うるさくて敵わん』
賢者の石を介して、父親の狂気じみた親バカ警告をリアルタイムで傍受しているご先祖様のぼやきに、ルーナティアが脳内で小さく困惑した――まさにその時だった。
「……なぁ、今のって、夢じゃねえよな?」
「五人同時……いや、物理防御に魔法防御、持続回復と行動加速が完全同期してただろ。一リコの遅延もなかったぞ……!」
数スコネッドの静寂ののち、訓練場の若手騎士たちの脳内システムが一斉にオーバーフローを起こした。互いの顔を見合わせた次の瞬間、彼らは百八十度手のひらを返し、目の輝きを異常な仕様に変えて、ルーナティアの元へとゾロゾロ押し寄せた。
「女神様! さっきはダボダボの公女様なんて言って本当にすんませんでした!」
「俺たちの仕様を完璧に見抜いてやがった! お願いです女神様、あの四段重ねのマルチバフ、もう一回おかわり頼みます!!」
「――そこまでにしてください、不審者オブジェクトの皆様」
ルーナティアの元へ詰め寄ろうとした男たちの前に、すっと完璧な所作で割り込んだのは、侍女のアンネローゼだった。彼女はキレのある動きで愛用の杖を構え、絶対零度を思わせる涼しげな目元で騎士たちをぴしゃりと睨みつける。
「これ以上ルーン様に近づくことは、ライ=ヴァルク公爵家への不敬とみなします。……それに、マギウス閣下にこの光景を検知されたら、皆様の存在自体が物理的に消去されますよ?」
「近づかないでください! ルーン様の豊富な魔力リソースは、私だけのものです!」
そう叫んだポムは、両手で特注メイド服のスカートの裾を力強く掴み上げると、ガバッと深く腰を落とす「メイドの威嚇ポーズ」を敢行した。それはお淑やかな挨拶などではなく、不審者を今すぐハッキングせんとする野生のシステムの構えであった。
アンネローゼの無言の圧力に加え、実際すでに遠隔でお父様がブチ切れているという事実。そして神獣のあまりに前衛的な威嚇に、若手騎士たちは「ひえっ」と息を呑んでたじろいだ。
そんな男たちの騒ぎから一歩引いたところで、一人の青年騎士が静かに歩み寄ってきた。
アーサーだ。
周囲の男たちを徹底的に排除していたアンネローゼだったが、アーサーに対してだけは、すっと道を開けた。彼がただの新人騎士ではなく、十年前に国を亡命してきた隣国の王子であり、ルーナティアの昔馴染みであることを知っているからだ。
「やれやれ。同僚たちがみっともなくてすまないね、ルーン」
アーサーは苦笑交じりに肩をすくめ、ルーナティアだけに向かって声をかけた。
「あら、アーサー。いいえ、現場の皆様の熱意がよく分かりました。それより、随分とこちらの騎士の動きに馴染んでいるようで安心いたしました」
「おかげさまでね。……それにしても、相変わらず綺麗な構築だった。私の体を走る魔力経路が、一リコ単位で完璧に最適化されていくのが分かったよ」
「あいつらの凝り固まった常識を、初日から綺麗にリファクタリングしてくれて清々しい気分だ。……ありがとう、ルーン」
「どういたしまして、アーサー」
短い密談を終え、アーサーが気品ある所作で一歩退くと、ルーナティアは特注ローブのダボ袖をふわりと整え、未だに呆然と立ち尽くしているハンナ先輩の方へと静かに向き直った。
「……あの、バルクマン先輩。現場の試験(模擬戦の支援)は、これで完了ということでよろしいでしょうか?」
「――あ?」
ルーナティアのおっとりとした品のある声に、ハンナはようやく自身の脳内システムを再起動(フリーズから復帰)させた。
開いた口が塞がらないまま、目の前の小柄な公女様と、地面に転がっている第一騎士団の若手たちを何度も見比べる。
「あ、あんた……本当に何者よ。これじゃ試験どころか、こっちの常識が完全にデバッグ(全否定)されてるじゃない……」
ハンナは乱暴に頭を掻きむしり、降伏を認めるように深くため息をついた。
さっきまで「楽をしようと吹き溜まりに来た」と舐めきっていた態度など、もはや一リコだって残っていない。
「とにかく、ここに居座ってたら騎士団の他の連中まで脳を焼かれて押し寄せてくるわ。……それにほら、ディオ姉が完全に気絶してるし、一度第八師団の詰め所に戻るわよ!」
ハンナが指差した先では、ディオナ師団長が虚空を見つめてカタカタと震えていた。
魔術師としての優れた知性が災いし、先ほどルーナティアが披露した『無詠唱3並列の四段重ねマルチバフ』という異次元の術式構成を、脳内でまともにログ解析しようとしてしまったのだ。
世界の前提を根底から書き換える神業の前に、彼女のメンタルは致命的なオーバーロードを起こし、再起動すら不可能なレベルでフリーズしていた。
「はい、バルクマン先輩。じっと立って魔術を構築するのには慣れているのですが、やっぱりこの土煙は……いささかお肌の乾燥が気になりますね」
「……あんた、あれだけの神業ぶっ放しといて、気にしてるのそこなの!?」
ハンナの怒涛のツッコミが訓練場に響き渡る。
こうして、ルーナティアたちの鉄壁のセキュリティにガードされながら、一行は頭から煙を吹いてフリーズしたままのディオ姉を引きずり、第一歩を踏み出したばかりの第八師団の詰め所へと帰還したのである。
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