『公女殿下、無敵のバーサーカーで戦場をリファクタリングする』
(マルチスレッド結合――リファクタリング、完了)
ドォン!!!
訓練場に不可視の魔力の衝撃波が吹き荒れた。
派手なエフェクトなど一切ない。しかし、対象となったアーサーを含む五人の騎士たちの肉体が、肉眼でハッキリと分かるほど強烈な「密度の高い魔力の力場」に包まれる。
「なっ――ッ!?」
ハンナの目が、これ以上ないほどに見開かれた。
「え……? 嘘、応答の遅延が……ない……!? っていうか何これ、一発で何重のマルチスレッドを走らせてんのよ!?」
通常なら一人ずつ順番にかかるはずの支援が、五人同時に、完全に一瞬で、一リコの遅延もなく均等に発動した。
物理防御、魔法防御、持続回復、そして行動加速――世間一般の魔法使いなら二十回連続で詠唱しなければ不可能な『四段重ねの多重構築』が、たった一瞬で最前線へと同時展開されたのだ。
アーサーは内心の満足を隠し、表向きは一人の新人騎士としての分を弁えた、凛とした声を張り上げた。硬直する同僚たちの思考回路を叩き起こす、鋭い呼びかけ。
支援を注入された騎士たちが、自身の両手を見つめて驚愕の声を漏らす。
「な、なんだこれは……!? 体が軽いなんてもんじゃないぞ……! 思考の速度に肉体が完全に追いついてくる!」
「魔力の上げ値が……普段の『フィジカルブースト』の十倍以上はあるぞ!? 傷を負っても勝手に治っていくし、鉄壁の防護壁が体を覆っているのがわかる!」
応答遅延は完全な零。そして、誰も見たことがない四段重ねの規格外補正。
常識のオーバーフローを起こした騎士たちがパニックに陥る中、アーサーだけはその超圧倒的なスペックを誰よりも早く乗りこなしてみせた。
(――やはり、ルーンの構築は美しすぎる。……なら、立ち止まっている時間は一リコだってないな)
「――動けるやつは私に続け! 機会は今しかないぞ!」
「ッ!? お、おう!」
彼の最適化された先導に弾かれたように、前衛の騎士たちが一斉に地を蹴る。
次の瞬間、十倍以上の超加速環境を得た肉体によって、訓練場の空気が爆発した。
ヘイストの多重同期によって加速した彼らの突撃は、対戦相手の目には文字通り『残像』にしか見えなかった。
「なっ、速す――」
対向陣営の魔法使いが泡を食って定型魔法のキーワードを唱えようとするが、その数スコネッドにも満たない詠唱ウェイトの隙に、アーサーたちの剣がすでに肉薄している。
慌てて放たれた大味な攻撃魔法の炎も、ルーナティアが完全同期させた鉄壁の『魔法防御』の力場に触れた瞬間、パチン、とシャボン玉のように跡形もなく霧散してしまった。
傷を負うことすら許されない無敵の要塞。あるいは、思考の速度で戦場を駆け抜ける神速のバーサーカー。
――ドガァン!!!
激しい衝撃音が訓練場に轟いた時には、すでに模擬戦の勝敗は決していた。
前衛五人の一糸乱れぬ超高速の波状攻撃により、相手陣営は反撃のコードを一行すら組むことを許されず、文字通り一瞬で、完璧に消し去られてしまったのだ。
砂煙がゆっくりと引いていく訓練場に、息を呑むような静寂が広がる。
対戦相手たちは何が起きたのかすら分からず地面にへたり込み、ルーナティアの支援を受けた騎士たちもまた、自身の成し遂げた数スコネッドの瞬殺劇に、呆然と立ち尽くしていた。
「……は、物理に、魔法防御、リジェネ……ヘイストの、四段重ね……? 詠唱もなしに、五人同時に……これ、アカシックレコードの『魔法』じゃない……。生の『魔術』を、その場でマルチタスク処理したの……!?」
ハンナは開いた口が塞がらず、顎が外れそうな顔でルーナティアを見つめていた。さっきまで現場の足を引っ張るなと舐めきっていた不遜な態度など、跡形もなく最適化されて消え去っている。
「はい。既存のシステムは無駄な待機時間が多すぎましたので、少しだけコードを綺麗に(リファクタリング)させていただきました」
ルーナティアは一切息を切らすことなく、いつも通りのおっとりとした品のある所作で、アーティファクトのローブの裾を整えた。
ただ、激しく動き回る騎士たちの残像を目で追いかけたせいで、精神的にはいささか疲れてしまったらしい。
「……あの、私、じっと立って魔術を組み立てるのは得意なのですが。やっぱり、運動は少し見ただけで疲れてしまいますね」
そう言って、彼女は困ったように小さく小首を傾げた。
「ルーン様、ただ見ていただけなのに疲れたとおっしゃるのですか。やはり明日は杖術の打ち込みを二倍にしますからね」
すかさずアンネローゼから呆れたような小言が飛び、隣では大容量ストレージ(胸)を揺らしたポムが「ルーン様、お見事でした!」と拍手を送っていた。
その背後では、第八師団長であるディオナが、完全に魂の抜けた顔で訓練場の芝生に崩れ落ちていた。
「新人が……初日に騎士団の常識と魔術理論を同時にデバッグした……。これ、閣下にどう報告すればいいの……私の首が、物理的に消去されちゃう……」
こうして、ルーナティア・ルーン・ライ=ヴァルクの魔術師団初日の『現場試験』は、国家の前提システムを根底からひっくり返すという、とんでもない大惨事を以て幕を閉じたのである。




