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『公女殿下、訓練場の時差(ラグ)だらけな支援魔法をリファクタリングする』

 激しく擦れ合う金属鎧の音と、容赦なく舞い上がる土煙。

 第八師団の詰め所から連れ出されてきたルーナティアがその熱気の中に足を踏み入れた瞬間、若手騎士たちの視線が一斉に突き刺さった。


「おいおい、ハンナ! 今日は妙に美女連れじゃねえか。……って、なんだその小さくてダボダボの公女様は?」


「あんなお淑やかそうなお嬢ちゃんが俺たちの支援担当(フロント)かよ。足を引っ張るんじゃねえぞ」


 並び立つ二人の眩しい胸元に目を奪われつつも、その中央に挟まれた、身長153アルコと小柄なルーナティアを見て、騎士たちは小馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。


 だが、その輪から少し離れた場所で、一人の青年騎士が静かに佇んでいる。

 アーサー。十年前、国を死霊王(リッチ)に侵食され、この国へと亡命してきた隣国の王子だ。その高貴な素性を知る者は、王国でも極一部の上層部に限られている。


 そして彼は、亡命直後の幼少期から、ルーナティアの規格外な魔術技術(リファクタリング)を間近で見続けてきた、数少ない理解者の一人でもあった。


(……やれやれ。あいつら、何も知らずに随分と大口を叩くじゃないか)


 アーサーは同僚の騎士たちがルーナティアを舐めきっているのを横目で見ながら、口元を隠して深くほくそ笑んでいた。


(まあいいさ。あの方の“本質”を知ったあと、お前たちがどんな手のひら返しをするか、今から見ものだね)

 そんな彼の視線に気づき、ルーナティアが深い瑠璃色の瞳を瞬かせる。


「あら、アーサー。あなたもこの模擬戦に参加するのですか?」


「ああ、そのつもりだ。……ルーン、できれば手加減してくれると助かるんだが?」


 アーサーが苦笑交じりに肩をすくめると、周囲の騎士たちは「おい、アーサー。お前あの公女様と知り合いなのか!?」と驚き、訓練場にさざ波のようなざわめきが広がった。


「おいおい、お喋りはそこまでだ。新入り、あいつらの前衛5人に、身体強化の支援魔法『フィジカルブースト』をかけてみろ」


 ハンナ・バルクマン先輩が腕を組み、豊満な胸元を強調するように顎で騎士たちを指す。


「通常、一人あたりステータス1割増しの強化ができる。……まあ、運動が苦手そうな公女サマの魔力量なら、二人か三人にかければ息が切れるだろうけどね」


「……わかりました。では、まずは皆様の仕様を拝見させていただきます」


 ルーナティアは、標的まで残り50ラートほどの位置で構える騎士たちを観察した。

 生の魔術式を頭の中で優雅に展開し、対象のステータスを可視化する現状分析(ログ解析)を即座に開始する。


(――『フィジカル・アナライズ』)


 ルーナティアの網膜に、騎士たちの筋肉量や魔力伝達効率といった構造データが、青いシステムログとなって次々と浮かび上がっていく。


 「なるほど、このスペックなら……」とお淑やかに分析を深めようとした、その時だった。

 彼女の視野の端に、どうしても致命的なエラーデータとして映り込んでしまうものがあった。


 隣に立つハンナ先輩。一歩後ろに控えるアンネローゼ。そして、自身の魔力を吸ってすくすくと育ったポム。

 『フィジカル・アナライズ』の無慈悲な自動測定システムは、主の意図に反して彼女たちの『胸部の質量・容積ログ』まで精密に数値化し、その脳内へと容赦なく出力(レンダリング)してしまった。


 視界に並ぶのは、バカみたいな大容量ストレージを示す、文字通りの規格外エラー数値。


 ルーナティアは物腰穏やかでお淑やかな微笑みをぴくりとも崩さないまま、その深い瑠璃色の瞳の奥に、かつてないほど冷徹で黒い知性の光を宿した。


(……バルクマン先輩も, アンネも、ポムも。この領域だけ、著しくリソースを無駄遣いしていますね。システムとして非常に美しくありません。……すっと手をかざして、ここのボリュームだけ10分の1にする減退魔術(デバフ)を、今すぐ強制パッチとして適用して差し上げたいです……)


「ひ、ひえっ!? ルーン様!? 今、私の胸にものすごい物理的な殺気が飛んできませんでしたか!?」


「ルーン様、目がマジです……。なぜお淑やかに微笑みながら私たちの胸元を凝視しているのですか……」


 本能的な不具合を察知した二人が、ガタガタと胸元を押さえて震え出した。


「おいおい、何をごちゃごちゃ言って――」


 ハンナが呆れたように言いかけた、その瞬間だった。


 ルーナティアは、サロンの面々が萌えパッションでダボつかせた最高級ローブの袖から、すっと一本の美しい短杖(ワンド)を取り出した。ミスリルと、賢者の石の生成過程で生じた未知の合金で編まれた、彼女の自作ガジェット(デバイス)。


「――『トライ・ムーンフェイズ』。……処理帯域の拡張、長杖(スタッフ)形態へ移行(シフト)」


 お淑やかな呟きと同時に、短杖がカチリと硬質な音を立てて神速で伸長する。それは莫大なマルチタスク処理を支える、強固な長杖へと姿を変形(コンパイル)させていた。


 ルーナティアは胸の破壊衝動(デバフ)をぐっと堪え、騎士たちの配列リストへと思考を切り替える。

 周囲から見れば、彼女はただ一瞬、お淑やかに佇んで長杖をかざした――完全な無詠唱にしか見えない。

 しかし、そのバックエンド(体内)では、『無詠唱3並列』という未知の多重処理(マルチスレッド)が、1リコの遅延(レイテンシ)もなく神速で完全同期されていた。


 脳の【思考】スレッドにより、物理防御(プロテクション)と魔法(マジック・)防御(プロテクション)の術式をフルスクラッチで構築。

 唇のわずかな振動による【口頭】インターフェースを介し、持続回復(リジェネーション)のソースコードを瞬時に出力。

 さらには、手にした長杖を優雅に振るう。その【魔法陣】杖(デバイス)が宙空に美しく光の文様を描き出し、肉眼では捉えきれない超高速でコンパイル回路を展開。行動加速(アクセラレーション)のデータを物理層へと直接注入(インジェクション)――。


(マルチスレッド結合――リファクタリング、完了)


 ドォン!!! と、訓練場に不可視の魔力の衝撃波が吹き荒れた。

 派手なエフェクトなど一切ない。しかし、対象となったアーサーを含む五人の騎士たちの肉体が、肉眼でハッキリと分かるほど強烈な「密度の高い魔力の力場」に包まれる。


「なっ――ッ!?」


 ハンナの目が、これ以上ないほどに見開かれた。


「え……? 嘘、応答(レイテンシ)の遅延が……ない……!? っていうか何これ、一発で何重のマルチスレッドを走らせてんのよ!?」

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