『公女殿下、最高級ローブの隠された仕様をリファクタリングする』
「……へぇ」
ハンナは腕を組んだまま、形の良い眉をぴくりと跳ね上げた。
お高く止まった公爵令嬢がやってきたと思えば、全人員の職務ログを完璧にアナライズ済み。
その上、この形骸化した師団の本質を『最も非効率な場所』と正確に看破してみせたのだ。
運動は苦手と言いながらも、技術に関しては一歩も引かないその瑠璃色の瞳。
ハンナの唇が、獰猛な職人のそれへと吊り上がる。
「面白いじゃない。――じゃあ、その大口がハッタリか本物か、今すぐ試験してやるわ」
「……え?」
「ちょうどいい。これから第一騎士団の若手どもが訓練場で模擬戦闘をやるんだわ。新入り、あんたのその自慢の『最適化』ってやつで、現場を支援してみせな」
「ひ、ひえええっ!? ハ、ハンナ、待ちなさい! 模擬戦だなんて、もしルーナティア様に何かあったら……!」
ディオナ師団長が泡を食って止めようとするが、ハンナはすでにルーナティアの肩に不敵に手を回し、そのまま詰め所の外へと連れ出そうと歩き出していた。
「安心しなよディオ姉、かすり傷一つつけさせやしないって。……さあ行くわよ、公女サマ。現場の泥臭さを、たっぷり教えてあげるわ」
こうして、ルーナティア・ルーン・ライ=ヴァルクの魔術師団初日は、配属からわずか数分にして、荒れ狂う実戦の現場へと駆り出されることになったのである。
ハンナに肩を抱かれるようにして詰め所の扉を出ると、そのすぐ外で、完璧な姿勢で待機していた侍女がすっと綺麗に頭を下げた。
「ルーナティア様。首尾はいかがでしたか?」
きりりとした涼しげな目元に、仕立ての良い侍女服。
ライ=ヴァルク公爵家の傍系にあたる子爵家の令嬢であり、公女の杖術の師範代でもある――アンネローゼだった。
そしてその隣には、同じく侍女服に身を包んだ、ルーナティアと同じくらいの背丈の少女が佇んでいた。
「ルーン様、お疲れ様です! 詰め所の中、なんだかディオナ様の『胃が痛いログ』がここまで漏れ出してきていましたよ?」
くすくすと悪戯っぽく笑う彼女は、ルーナティアの過剰な魔力を主食として育った変身カーバンクルのポムである。
「アンネ、ポム。ええ、無事に環境構築は終わりました。ただ、これから急に、バルクマン先輩の指示で現場の動作テストに向かうことになりまして……」
ルーナティアがおっとりと言葉を返したその瞬間、スタスタと大股で廊下を歩いていたハンナが、不意に足を止めて背後を振り返った。その視線は、彼女の両脇を固める二人の侍女に向けられ、次いで顎が外れそうなほど見開かれる。
「……は? ちょっと待ちなさいよ。なんなの、その圧巻のバックエンド環境は」
ハンナの視線の先。
しっかり者のアンネローゼは、幼少期からの杖術の鍛錬によって引き締まった、極めて出るところが出たプロポーションを誇っている。
そして、主の規格外の魔力を贅沢に吸い尽くして育った神獣ポムに到っては、同じ年齢層の容姿でありながら、その胸元の出力はアンネローゼをも凌駕するダイナミックな大容量ストレージと化していた。
二人の圧倒的なプロポーションの狭間に挟まれた、身長153アルコで控えめな体型のルーナティア。
並び立つ二人の眩しい胸元を、深い瑠璃色の瞳でそっと、本当にそっとチラ見して、お淑やかに小さくため息をついた。
(……うう。二人とも、魔力の伝達効率が著しく悪そうな、無駄の多い肉体をしていらっしゃいますね。なぜ私の豊富な魔力リソースを食べて育ったポムが、あんな冗長な仕様にアップデートされてしまうのでしょう……。私のここのソースコードだけは、どうしても最適化が適用されません……)
ルーナティアが胸の不具合に静かに打ちひしがれていると、ハンナが怪訝そうな顔でそのローブを指差した。
「っていうか公女サマ。さっきから思ってたんだけど、あんたのそのローブ、なんかサイズが変じゃない? 全体的にダボついてるっていうか、袖も裾も妙に長くて動きにくそうなんだわ。運動苦手なら、もっとマシなジャストサイズを着なさいよ。それじゃ訓練からサボりたくもなるでしょ」
「ルーン様、またサボり癖を見抜かれているではありませんか。これに懲りたら明日はしっかり打ち込みを……」
すかさずアンネローゼからピシッと小言が飛ぶ。
「いいえ、バルクマン先輩、アンネ。これは私の身体に完璧に適合した、機能性を極限まで高めた特注品なのです」
ルーナティアはダボついた袖をふわりと揺らしながら、大真面目に、誇らしげに語り始めた。
「私が在学中、自身の錬金術サロンの皆様と共に開発した代物でして。賢者の石を生成する過程で生んだ余り物を溶かして、この特殊繊維に染み込ませてあるのです。防護機能も魔力同調率も世界最高峰のスペックを誇ります」
「……は? け、賢者の石の、余り物……!?」
後ろをトボトボついてきていたディオナ師団長が、本日何度目か分からない常識崩壊の悲鳴を上げそうになる。ハンナも「さらっと国家転覆レベルのブツをぶっ込んできたわね……!」と顔を引き攣らせた。
「ただ、おっしゃる通り、なぜか仕上がってみると全体的に少しだけダボついているような気がするのです。ですがこれもきっと、サロンの天才技術者たちが計算し尽くした、最新の流体力学的な『機能性(仕様)』なのだと思います。動きやすさも完璧ですから」
おっとり微笑むルーナティアの横で、アンネローゼがハァ、と美しいため息をついて肩をすくめた。
「ルーン様。大変申し上げにくいのですが、それは仕様ではなく、サロンの皆様の私欲と萌えの邪念です」
「……パッション、ですか?」
「はい。サロンの職人たちが開発中、『ちょっとダボッとしたローブを着るルーナティア様、マジ尊い……!』『この袖の余り具合こそが世界を救う黄金比!!』と狂喜乱舞しながら、ルーン様の動きを1リコも邪魔しない完璧な機能性を維持したまま、見た目だけを最高に愛らしくダボつかせるという、異次元の過剰ビルドを施していたのを私は記憶しております。私はジャストサイズを主張したのですが、数の暴力に押し切られました」
「えっ、そうだったのですか……?」
ルーナティアは自分のダボ袖を見つめ、初めて知った仕様バグに小首を傾げた。
「……何その、無駄に技術力の高い変態どもの集まりは」
「(いや、公女サマのファンクラブ狂信的すぎでしょ……。っていうか、機能性を完全に維持したまま萌えサイズ化するって、どんな神懸かった職人技よ……!)」
ハンナは心の中で怒涛のツッコミを入れながら、このおっとりした天才公女を取り巻く異常なバックエンド環境に、早くも頭を抱えたくなっていた。
「……はぁ。まあいいわ、その変態ローブの性能も含めて、実戦でどれだけ動けるか見せてもらうわよ。ほら、見えてきたわ」
ハンナが前方を指差す。廊下を抜けた先、開けた視界の向こうには、激しく擦れ合う金属鎧の音と白く舞う土煙――第一騎士団の広大な訓練場が広がっていた。




