『公女殿下、兄の設計図のバグをリファクタリングする。』
「ルーンか。悪いが、私にはその書物が必要なんだ。借りてもいいかい?」
大書庫の静寂を破るようにして、少しやつれた様子の兄――ワイズダムが入ってきた。
カティエール魔術学園の秀才と名高い十五歳の兄だが、今は目の下にうっすらと隈が浮き出ており、衣服も心なしか乱れている。
連日の引き籠もりによる過酷な試練が、彼の体力を極限まで削り取っているのは一目瞭然だった。
ルーナティアは、自分が抱えていた分厚い錬金術の構造を記した古い設計書を見上げ、それから兄へと視線を戻す。
彼女自身、五歳になった今日から始まったという試練の準備のために、大書庫で術式の根本を調べていたところだった。
「はい、お兄様。どうぞお使いになってくださいな」
ルーナティアは可愛らしく微笑むと、素真直ぐにその資料をワイズダムへと手渡した。
「すまない、助かるよ。どうしても『最終構築』の段階で魔力の拒絶反応が消えなくてね……。過去の先達の記録を洗うしかないんだ」
ワイズダムは切羽詰まった様子で資料を受け取ると、大書庫の机にそれを広げた。
彼の手元には、これまで幾度も書き直された形跡のある、公爵家秘伝の錬成術式がビッシリと書き込まれた羊皮紙がある。
それを背後から、ルーナティアは小首をかしげてじっと覗き込んだ。
(……あら? お兄様の術式自体はとても丁寧で綺麗ですわ。なのに反発が起きてしまうということは、書き方の腕ではなく、そもそも出力式の解釈そのものを間違えていますわね――)
ルーナティアの超天才的な頭脳は、瞬時にその原因を特定した。
伝統あるライ=ヴァルク家の秘伝術式に間違いはない。
しかし、それを受け取るワイズダムの認識が間違っていたのだ。
光闇魔術に基づく出力式において、光と闇の反発を恐れるあまり、互いを無理に引き離して別々に発動させようという歪んだ解釈を術式に組み込んでしまっている。
そのために全体の魔力バランスが崩れて魔力の無限循環に陥り、どうあがいても賢者の石が完成しない状態になっていた。
(私が直接教えるのは、お父様の『第一階梯縛り』にも抵触しかねませんし、お兄様のプライドも粉々になってしまいますわね。それなら――)
ルーナティアは、すぐ横で同じように羊皮紙をハラハラしながら見つめていた家庭教師へと、視線でそっと合図を送った。
そして、エレノアの耳元にだけ届くような小さな声で、そっと囁く。
「エレノアせんせい。お兄様の術式、とっても素敵ですわ。でも、無理に光と闇を分けようとしないで、この二つの高位魔術を『意図的に対消滅』させてみたら……余計な反発の歪みが消えて、一瞬で安定すると思いません?」
「え……?」
エレノアは目を見開いた。
ルーナティアが口にしたのは、一級魔術師である自分ですら一瞬では理解が追いつかないほどの、狂気とも言える美しい術式の再構築案だった。
(な、何を言っているのこの子は……。でも、待って、確かにその通りに脳内で組み立て直すと、絶対に交わらないはずの光と闇が互いを打ち消し合って、術式全体の歪みが完全に調和する……!?)
鳥肌が立つほどの衝撃。
目の前の五歳児は、兄から見せられた最高位の術式を一瞥しただけで、その根本的な欠陥を完全に見抜いてみせたのだ。
「エレノアせんせい、お兄様に教えてあげてくださいな」
ルーナティアに背中をぽんと押され、エレノアはゴクリと唾を飲み込んだ。
冷や汗を流しながらも、このままでは過労で倒れてしまいそうなお兄様を救うため、意を決してワイズダムの机へと歩み寄る。
「あの、ワイズダム様……。一級魔術師としての、私の浅薄な思いつきなのですが……」
「……何だい、エレノア先生」
怪訝そうに顔を上げるワイズダム。
エレノアは胃のあたりをギュッと押さえながら、ルーンから渡された答えをそのまま口にした。
「その……最終段階で光と闇の出力をそれぞれ引き離すのではなく、あえて同一の術式内に引き合わせ、意図的に『対消滅』させて安定を図ってみては、いかがでしょうか……?」
「――ッ!!」
ワイズダムの身体が、弾かれたように硬直した。
手元の羊皮紙を見つめ、エレノアの言葉を脳内で反芻する。
その瞳の奥で、魔術師としての高度な思考が驚異的な速度で巡り、やがて歓喜の光へと変わっていく。
「光と闇を、対消滅……! そうか、反発を抑え込むのではなく、互いをマナごと相殺させて歪み自体を無に帰すのか! なんという、単純で偉大な盲点……!」
ガタタンッと激しい音を立ててワイズダムが立ち上がった。
その顔からは先ほどまでのやつれが消え失せ、学園の天才としての輝きを取り戻している。
「素晴らしい……! 完璧な解決策だ! ありがとうエレノア先生、君のおかげで、ついに『賢者の石』が完成する!」
「あ、いえ、私はその――」
「急いで研究室に戻る! ルーン、本をありがとう!」
ワイズダムはエレノアの手を固く握りしめて最大級の感謝を伝えると、風のように大書庫から飛び出していった。
嵐の去った大書庫に、ポムのあきれ果てた精神回線が響く。
『あらあら。ルーンのお兄さま、ぜんぶエレノア先生のお手柄だと思い込んで行っちゃったわよ?』
ルーナティアは本を抱え直しながら、脳内で小さく肩をすくめた。
(それでいいのよ、ポム。わたくしが教えてしまっては、お兄様も気分がよくないでしょう?)
静まり返った大書庫に残されたのは、不敵に微笑む五歳の幼女と――。
「ち、違うんです……。見つけたのは私じゃなくて、そこの可愛らしい小さな悪魔なんです……」
良心の呵責と、身に余る天才の賛辞を受け止めてしまった重圧。
早くも胃がキリキリと痛み始めたエレノアは、その場にがっくりと膝を突くのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
さて、今までは四大元素魔術「フォー・エレメンツ」を出してきましたが、ここで光と闇の魔術の「ルミナスエクリプス」という魔術のジャンルを追加しました。
ちなみに、時間や空間に干渉するいわゆる時空魔術は「クロノディメンシス」と定義づけました。
他にも、魔術の形態はあるのかな?
必要となったら追加するかもしれません。
さて、一目で兄ワイズダムの設計図のバグを突くルーナティア。恐ろしい子!
次回は、そんなルーナティアが賢者の石作りに挑戦します!。
「はじめてのれんきんじゅつ」!
果たして成功するのでしょうか!?(しれ~)
「エレノア先生の胃がないなったw」「ほうほう、ここでルーナティアが失敗したら面白いな!」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援していただけると大変励みになります!
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