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『公女殿下、五歳になり公爵家の試練とエンカウントする』

 三歳でのデバッグ劇から、二年の歳月が流れた。


 ルーナティアは五歳になり、その小さな身体つきに合わせて仕立てられた公女ドレスを揺らしながら、ライ=ヴァルク公爵家の大書庫を歩いていた。


 この二年の間、彼女の周囲は水面下で、しかし確実に激変していた。


 あの初日に失神した家庭教師のエレノアは、今やルーナティアの「最初の理解者」として、毎日目を輝かせながら授業を行っている。


 父マギウスがアカシックレコードへ提出した『魔法の仕様変更』の提案書も、国家の極秘プロジェクトとして水面下で審査が進んでいるところだ。


 そんな中、ルーナティア自身はお父様からひとつの厳格なセキュリティポリシーを課されていた。


『ルーン、お前の才能は世界を揺るがす。だが、その小さな身体はまだ膨大なマナの出力に耐えられない。十歳になるまでは、第一階梯魔術のみの行使しか許さん』


 愛娘の身を案じた、絶対の縛り。

 だが、ルーナティアの脳内は、その命令の文言を瞬時にハッキングしていた。


(お父様は『行使』がダメと言っただけ。つまり、魔術を実際に組み上げて発動しなければセーフ。頭の中での研究や、数式のシミュレーションなら例外扱いですわ!)


 実行環境に負荷をかけない、ローカル環境での思考実験なら何の問題もない。


 ルーナティアはお父様の言いつけを完璧に守りつつ、その裏で屁理屈という名のシステムバグを突きながら、頭の中で高位魔術や錬金術の構造をどんどんきれいな形へと書き換えていた。


「ル、ルーナティア様……本当にこの棚の魔術書を読み進めてしまって大丈夫なのですか? マギウス様からは、第一階梯のみと厳命されているはずでは……」


 背後から、踏み台を抱えたエレノアがひやひやとした様子で声をかけてくる。

 その手にあるのは、一級魔術師でも閲覧に許可がいるような、高位魔術の構造の設計図や、古代の錬金術論の原本だった。


「大丈夫ですわ、エレノアせんせい。お父様との約束は厳守しています。私は指一本、第一階梯を超える魔術を外に出していませんもの。ただ、本のなかの構成文を読んで、私の頭のなかで組み立てのシミュレーションをしているだけですわ」


「あ、頭のなかでシミュレーション……?」


 ルーナティアが並べる理路整然とした言葉に、エレノアは頭を悩ませる。


 やっていることは明らかに「五歳児の領域」を遥かに超越した禁忌の解析なのだが、実際に魔力が出力されていない以上、確かに命令違反にはならない。


(でも、ルーナティア様の頭の中、一体どうなっているの!? 書かれている高位術式の欠陥や矛盾を、読むだけで次々と見つけていくなんて……!)


 エレノアは内心で冷や汗を流しながらも、その圧倒的な知的好奇心に引っ張られるように、ついついルーナティアの解析の手引きをしてしまうのだった。


 ◇


 そんなある日のこと。


 最高峰の魔術研究機関である『カティエール魔術学園』から、十歳年上の兄――十五歳になったワイズダムがライ=ヴァルク公爵邸へと戻ってきた。


 久々の再会になるはずだったが、ワイズダムは帰るなり、ろくに挨拶もそこそこに公爵家敷地内の私設研究室へと籠もりきりになってしまった。


 食事すら部屋に運ばせ、外界との接触を完全に絶っている。


「兄さまは、何を作っているのでしょう?」


 大書庫の窓から兄の研究室の塔を見上げ、ルーナティアが不思議そうに呟いた。


 傍らに控えるエレノアは、その問いに僅かに表情を曇らせ、周囲を気にするように声を潜める。


「……もしや、ライ=ヴァルク家にまつわる噂の、アレでしょうか?」


「アレ、とは?」


「裏の魔術社会で密かに囁かれている噂です。ライ=ヴァルク公爵家の直系は、成人の証として、常人には不可能な『何か』を創り出さねばならないと……」


「その通りだ、エレノア先生」


 重厚な足音と共に、大書庫の扉が開いた。


 現れたのは、公爵家当主マギウス。

 その威厳に満ちた佇まいに、エレノアは慌てて最敬礼の姿勢を取る。


 マギウスはルーナティアの頭を優しく撫でると、研究室の塔を見据えて静かに語り出した。


「ワイズダムが籠もっているのは、成人の最終条件に挑んでいるからだ。ライ=ヴァルク家の直系は、十五歳を迎えるまでに、錬金術の究極たる『賢者の石』を自らの手で練成せねばならん。それが我が一族に代々伝わる、成人の試練だ」


「やはり噂は本当なのですね……!」


 エレノアは一級魔術師として、そのあまりに常軌を逸したハードルの高さに驚愕した。


 世界の魔術師が一生をかけても到達できない伝説の霊薬。

 それを、わずか十五歳で練成しろという。

 この公爵家の「血筋の異常さ」を改めて見せつけられた心地だった。


 すると、マギウスは鋭い視線をエレノアへと向けた。

 その瞳に宿る絶対的な威圧感に、大書庫の空気が一瞬で氷結する。


「エレノア先生。これは本来、我が一族の最重要機密だ。外に漏れ出ている話とはいえ、むやみに口外しないで欲しい。もしこの事実が他国や教会に露見すれば、国家間の均衡が崩れかねん。……お前を信頼しての言葉だ、良いな?」


「は、はいっ……! 我が名誉に懸けて、決して他言いたしません……!」


 背中に冷たい汗を流しながら、エレノアは必死に頭を下げた。


 公爵家当主からの直々の釘刺し。

 その言葉の重みに、一級魔術師としての誇りが引き締まる。


 マギウスはエレノアから視線を外すと、再び愛娘へと視線を落とした。


「そしてルーン。お前にも五歳になった今日から、この試練へ向けた資格と準備の刻限が始まる。十五歳になった時、お前がどのような賢者の石を創り出すか、私は楽しみにしているぞ」


「はい、お父様」


 ルーナティアは可愛らしく微笑み、素直に頷いた。


 だが、その脳内のローカル環境では、お父様の言葉を契機として、早くも恐るべき思考実験の青写真が描かれ始めていた。


(この家にだけある試練、というのなら、きっと家の中に、それをクリアするためのヒントがあるはず。この大書庫を探せば、きっと構成図が見つかるでしょうね)


 十歳までは第一階梯魔術のみ、という厳格な出力制限は課されている。


 けれど、頭の中で術式の構造を読み解き、さらにきれいな形へ最適化することは誰にも止められない。


(お兄様がどう術式を組み上げて発動させるのかを見学しつつ、まずはその『賢者の石』とやらの設計書のバグ探しから始めましょうか)


 五歳の幼女は、お父様とひやひやしている家庭教師の横で、世界をリファクタリングするための知的な笑みを、その瞳の奥に不敵に宿すのだった。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 ライ=ヴァルク家公爵家に課せられた試練があまりにも過酷な件について。

 これは、第3話以降に出てくる先祖のライ・ヴァルクにもまつわる話で、「ライ・ヴァルクを杖に宿らせるには、どういう方法がいいだろう?」という思案の結果です。

 もっとも、それでもあまりにもトンデモ設定すぎるとは思いますが、ここからさらにトンデモになっていきます。

 が、いいじゃないですか、「なろう小説」なんですもの!(開き直り)


 そんなわけで、兄ワイズダムの横でルーナティアが……おっと、ネタバレ禁止!(ゲフンゲフン)


 「いや、なろう小説でも5歳で賢者の石を作らせる作品はさすがにw」「まぁ、なろう小説なら何でもありだよな!」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援(バフ)していただけると大変励みになります!


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