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『公女殿下、視覚データをそのままレンダリングする』

 ルーナティアは、ぽて、と小さな可愛らしい右手を、机の上の粘土の塊へと静かにかざした。


 そして、その澄んだ瞳をまっすぐに動かし、自分のすぐ隣で首を傾げている白くて丸い幻獣――ポムの姿をじっと見つめる。


 ちいさな唇が開かれ、おっとりと、けれど一寸の歪みもない精緻な響きで、彼女がゼロから組み上げた未知のお歌が紡ぎ出された。


「――わたくしがいま、見ているかたちのデータを、そのままここにいれますわね。そしたら、いらないお土をお掃除しちゃいますの」


 それは、視覚同期によって対象の姿をキャプチャし、目の前の粘土というオブジェクトへ直接形状データをインジェクションする、世界の理を書き換えた独自の魔術コード。


 一般の土魔術のような、泥の飛び散りも、砂埃も、不快な摩擦音も、一切ない。


 ルーナティアが小さなお手をそっと引いた、その瞬間のことだった。


 拳大の粘土の塊が、音もなく、本当に一瞬でピタッとその形を変えたのだ。

 そこに出現したのは、一リコの狂いもなく、ふかふかとした毛並みの質感までそっくりそのまま再現された、一寸の歪みもないポムの精密なミニチュア彫刻。


 普通の魔術師がやるような、泥をバシャバシャと飛び散らせながら、何万回も粘土をこね回す不細工なゴリ押しなど、そこには欠片も存在しなかった。


『きゅ、きゅぃっ……!? これポムなの!? 毛なみまでポムがもう1匹いるみたいにリアルなの!』


 肩の上のポムが、お腹の底から驚いたように目をごろりと丸め、楽しそうに精神回線を揺らす。


 そして――。


 粘土の形が完璧に固定された1スコネッド後、さらに奇妙な現象が起きた。

 本来なら魔法を使ったあとに空気中にモヤモヤと残るはずの、あの嫌な魔力の残滓が、まるで青空が広がるように、すうっとクリーンに消え去ってしまったのだ。


 世界の理を汚し続けていた古いゴミが、跡形もなく、綺麗さっぱりとお掃除された瞬間だった。


「……………………は」


 エレノア先生は、手にした教科書を床に落とすことすら忘れ、化石のように硬直していた。


 机の周囲に身構えていたメイドたちも、布巾を握りしめたまま、一歩も動けずに目を丸くしている。


 今、この幼い公女殿下がやってのけたのは、ただの可愛い粘土細工などというレベルの現象では断じてなかった。


 自分の見ている景色(デジタルキャップチャ)をリアルタイムでカタチへと変換し、お仕着せの魔法をその場でハックして物理世界へ直に叩き込む――世界の理そのものを書き換えた、未知の命令言語。


(視覚データの直接注入だと……っ!? おまけに、術式の実行後に、世界に残留する術式の残滓をその場で完全に消去してみせただと……っ!?)


 少し離れた本棚の影で、今度こそ脳内サーバーごと消し炭になりかけているマギウスは、あまりの衝撃にガタガタと震えていた。


 魔術師たちが、土の魔術を使い続けると土地の霊気が枯渇して一時的に魔術が発動しづらくなる、と言い慣わしていた何百年もの間の世界の不条理。


 それが、霊気の枯渇などという神秘的なものではなく、単に先人がゴミ掃除(メモリデストラクト)を忘れたせいで、世界の処理能力が物理的な限界を迎えていただけという、あまりに無慈悲で残虐なデバッグ事実。


 国家最高峰の頭脳を持つからこそ、娘がもたらした世界の適正化パッチの恐ろしさが理解できてしまう。


 本棚を必死に掴んで耐えていたマギウスの思考回路に、本日最大級のデータクラッシュが走り、ついにその頑丈な木製の棚がミリミリと悲鳴を上げ始めるのだった。


 そんな大人の驚愕など露知らず。

 ルーナティアは小さな手を膝の上できちんと揃え、可愛いポムの彫刻をみつめて微笑んだ。


「エレノアせんせい。……ポムの形に、してみましたの。お掃除パッチも、ちゃんときれいにいきましたわ」


 ルーナティアのデコードとデバッグは、雷、水、そして土に留まらなかった。


 続く授業、風の魔術では――。


「せんせい、風のかたちを固めるだけで、よけいな力使ってる。――ここ、いらない」


「こんなに短い術式に!?」


 火の魔術では――。


「あちこちに火がつかないように、って考えてるけど、ここだけに火をつけるってしたほうが楽ちん」


「これもぉ!?」


 エレノアは両手で頭を抱え、絶望に身を震わせた。

 ルーナティアに指摘されるたび、自分が人生を捧げて暗記してきた神聖な魔術の公式が、ただの要領の悪いゴミコードの羅列にしか見えなくなっていく。


 数年に一人の才女と称えられた自身のプライドが、内側からバキバキと崩壊していく心地だった。


 エレノア先生の思考回路は、突如として襲いかかった大量のクリーンな正論に耐えきれず、完全に白目を剥いて、今度こそシステムシャットダウンを果たすのだった。


 おっとりと佇む三歳の公女殿下の頭脳。


 そこでは、全魔術師がそういう仕様だと盲信し、世界を汚し、非効率に魔力をドブに捨て続けていた古い術式へのデバッグが一瞬で完了していた。

 誰にも気づかれぬまま静かに、そしてクリーンに、世界の新しい基盤がすべての属性でビルドされようとしていた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 土魔術をどう行使するシーンにするか?というのを考えたのですが、本文のとおり、視覚情報をそのまま魔術式にレンダリングさせるという方法にしてみました。

 この「視覚情報を魔術式へと反映させる」術式コード、後で何度か出すことになりそうだなぁ、と予感してたりします。


 このまま風魔術や火魔術も書くと、読むほうも飽きるかと思い、ここでいったん魔術の練習は終わりです。

 さて、ルーナティアのチートじみた魔術の才能を目の当たりにしたエレノア先生や父マギウス、あるいは母ソフィアは、どのような反応をするのか、それは次回に書いていきます。


「思ったけど、それ土魔術関係なくね?」「視覚情報を術式に組み込めるの、無双すぎね?」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援(バフ)していただけると大変励みになります!


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