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『公女殿下、水に続き土の魔術もデコードする』

「……エレノアせんせい?」


 反応がないエレノアを、ルーナティアが心配そうに覗き込む。


「――はっ! ご、ごめんなさい!……ルーナティア様、いま何をしたんですか!?」


 我に返ったエレノアは、講師としてのプロトコルをかなぐり捨てて机に身を乗り出した。

 学校始まって以来の秀才と呼ばれた彼女の知的好奇心とパニックが、目の前の三歳の幼子へと突き動かされる。


 そんな家庭教師の気迫に臆することもなく、ルーナティアは夜空の星をとかし込んだような瞳をぱちくりとさせ、無邪気に微笑んだ。


「お水を、コップの下のほうから出るようにしてみました!――こぽこぽぉって!」


「こ、こぽこぽ……っ!?」


 エレノアは頭を抱えた。

 そんな可愛い擬音で誤魔化されてなるものか。


 空中から水を呼び出す既製品の魔法パッケージを、手元で強制的に書き換えたのだ。

 出力の位置座標をコップの底面に完全固定し、一滴の無駄すら起こさずに、表面張力の限界値で完璧に処理を停止させた。


 それを、この幼子は「下のほうから出るようにした」と事も無げにのたまったのだ。


(あ、圧倒的なシステムハック……! 教科書の詠唱をバイパスして、世界のルート権限を直接叩くような自作命令を紡ぎ出すなど、あり得ん……!)


 本棚の影で必死に気配を消しているマギウスの思考回路は、愛娘の規格外な才能に本日何度目かのオーバーフローを起こしていた。


「す、素晴らしいですわ、ルーナティア様! コップの下から湧き上がらせるなんて、とっても独創的ですわね!」


 エレノアは引きつった笑顔のまま、冷や汗のパケットを必死に拭った。


 これ以上、水の魔術を続けさせては魔術師としての自分の常識が完全にゲシュタルト崩壊する。

 そう本能が警告していた。


 エレノアは震える手で教科書をめくり、次のステップへとカリキュラムを強制進行させる。


「では、セオリー通り次は『土』の魔術のレクチャーに移りましょう。水に続いて危険度の低い、基礎中の基礎ですわ。土は水と違って形が残りますから、もし失敗して変な形になっても、何度でも捏ね直してやり直せるのが良いところなんですの」


 エレノアは木箱から拳大の粘土を取り出し、机の上に置いた。


「魔術学校の生徒たちも、最初はみんな顔を泥だらけにしながら、楽しそうに粘土細工を作りますのよ」


「ねんど、楽しそうですわね」


「ええ、そうですわ! まずは目の前にある手頃な粘土の塊を、魔力でほんの少しだけ動かしたり、形を変えたりするイメージを持つことから始めますの」


「はい、せんせい」


 ルーナティアは、新しく机に置かれた茶色い粘土の塊をじっと見つめた。



 そして、エレノアが展開した『初級土魔法』の術式マニフェストへと視線を移した瞬間――そのちいさな眉が、再びおっとりと潜められた。


 ルーナティアの超高速デコードが、先人の遺したおぞましい設計ミスを暴き出していく。


 ただ粘土の形をほんの少し変えるだけだというのに、微細な移動処理を何万回もループで回してゴリ押ししている。


 おまけに、変更前の古いゴミデータをお掃除する記述すら存在しない。

 これでは、魔法を使うたびに世界のメモリに古いゴミが残り続けて、どんどん全体の処理が重くなっていくのは当たり前だった。


「ルーナティア様、どうされましたか? やはり、土の術式は少し幾何学模様が複雑でしたかしら?」


 覗き込んできたエレノア先生に、ルーナティアはおっとりと小首を傾げ、小さな人差し指で教科書の特定の記述をぺち、と指し示した。


「せんせい。これ……形を変えたあとの、いらないお土をお掃除するお歌が、どこにもありませんの。これじゃあ、まじゅちゅを使うたびに、世界にゴミが溜まって、どんどんおもたくなっちゃう。こんなの、ダメ」


「……はえ? ごみ……?」


 エレノアの口から、またしてもシステムエラーのような声が漏れた。


 魔術師たちが「土の魔術を使い続けると、その土地の霊気が枯渇して一時的に魔術が発動しづらくなる」と言い慣わしていた、何百年もの間の世界の怪奇現象。


 それが、霊気の枯渇などという神秘的なものではなく、単に先人がゴミ掃除を忘れたせいで、世界のサーバーの処理能力が物理的に限界を迎えていただけという、あまりに無慈悲で残虐なデバッグ事実。


(ゴミ、掃除だと……!? 魔術の実行後に、世界に残留する術式因子の残滓を、その場で完全に消去してメモリを最適化するパッチを当てるというのか……!?)


 本棚の影で必死に気配を消しているマギウスの思考回路は、愛娘が事も無げにのたまった世界のメモリ最適化の構想に、完全な限界突破の激震を走らせていた。


 そんな大人の驚愕など露知らず。

 ルーナティアは小さな手を膝の上できちんと揃え、机の上の粘土をじっと見つめながら、おっとりと思考を巡らせる。


(ぐるぐるぐるぐる同じことをしなくても、はじめから作りたい形を決めてあげて、その後でお掃除すれば、小さい魔力でもっときれいに動かせそうですわね)


 おっとりと小首を傾げる公女殿下の頭脳。

 そこでは、全魔術師がそういう仕様だと盲信し、世界を汚し続けていた古い術式へのお掃除パッチが走り出していた。


 誰にも気づかれぬまま静かに、そしてクリーンに、世界の新しい基盤がビルドされようとしていた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 水魔術に続き、土魔術へと移ります。

 が、ここでもルーナティアのデコード!


 要は、土魔術を行使した後、位置移動をさせたにも関わらず、終了コードを入れていない状態、とでも言えばいいんですかね。

 なので、ずっと形成維持のために魔素が使われている、ということでしょう、たぶん。


 さて、土魔術のデコードとデバッグを行ったところで、次回は実際に土魔術を行使するシーンです。

 ……どんな魔術にしようか、悩んでます。


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