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『公女殿下、第1階梯魔術のハードコーディングに物申す』

「...……が、がーん……っ!?」


 愛娘からの冷徹な拒絶(エラーハンドリング)を受け、地面に突っ伏してフリーズしていた国家最高峰の魔術師が、ガタッと信じがたい速度で再起動を果たした。


 マギウスは床に膝をついたまま、前髪をかき上げ、現国家最高峰の処理能力を無理やり稼働させてエレノア先生へと向き直る。


 その視線の鋭さに、白目を剥いて失神しかけていたエレノアの背筋がぴきりと跳ね上がった。


「ウォルポール男爵令嬢。今すぐ君との雇用プロトコルを正式に更新したい」


「は、ひゃいっ……!?」


「君の講師としての報酬を、当初の提示の十倍――いや、宮廷魔術師団の副師団長格の国家予算級ラインへと上方修正する。終身雇用だ。その代わり、今後ルーナティアが引き起こすあらゆるデバッグセッションのログを、私と共有してほしい」


「じゅ、十倍……っ!?」


 男爵家の家計というローカルな破綻危機に瀕していたエレノアの脳内に、突如として天文学的なクリーンデータが叩き込まれた。


 首席のプライドなど一瞬で吹き飛び、エレノアは生まれたての小鹿のような震えをピタリと止めると、深々と頭を下げた。


「ウォルポール男爵家が娘エレノア、粉骨砕身、ルーナティア様のシステム構築に身を捧げる所存にございます!」


 現金のパッチを当てられて完全にエラーから復旧したエレノア先生は、ゴホンと一つ咳払いをし、講師としての手順(プロトコル)を再起動させた。


 ルーナティアは配置を崩さず小さな手を膝の上できちんと揃え、その様子をおっとりと見守っている。


「では、ルーナティア様。ここからは本格的な開発環境の実装――すなわち、魔術師が最初に習得すべき『第一階梯魔術』のレクチャーに入りますわ」


 エレノアが提示したのは、魔術学校の教科書の最初期ページ。そこに描かれているのは、世界の根幹を構築する五つの魔方陣の幾何学記述。


「魔術の基礎(コア・ライブラリ)は、四大元素(フォー・エレメンツ)と呼ばれる『火・水・風・地』、そしてこれらと並び立つ絶対の基礎である『雷』。この5つの属性を正しく理解し、呼び出すことからすべてが始まります」


「……ひ、みず、かぜ、つち……かみな、り?」


 ルーナティアはおっとりとその五つのコードマニフェストを見つめ、たどたどしく復唱した。


 だが、その夜空の星をとかし込んだような瞳が、5つ目の幾何学記述――『雷』の術式をアナライズした瞬間、ちいさな眉がぴくりと動いた。


『……うえぇ。ルーン、これ、最初から設計がめちゃくちゃなの!』


 ローカル環境のポムが、お腹を抱えて大爆笑する念話を飛ばしてくる。


(そうですわね、ポム。前の4つは世界を記述するための綺麗な基本データ(プリミティブ)型のコードですけれど……この『雷』とやらのパッケージだけ、中身が異常に肥大化していますわ)


 ルーナティアの超高速デコードの視点から見れば、それはあまりに不細工なコードだった。


 火や水は、それ以上分解できない最も単純な基礎。


 しかし『雷』の術式には、なぜか内部に「風」の摩擦演算だけでなく、他の基本属性である「火」や「水」のパラメータまでがお互いに依存し合って直書き(ハードコーディング)されていた。


「ルーナティア様、特にこの『雷』の第1階梯魔術は、魔術学校の学生たちが最も習得に難儀する最大の課題(ボスの壁)と言われておりますの。初心者がどれほど魔力を込めても発動せず、エラーを吐いて挫折していく……いわば、才能を試される神聖な関門なのですわ」


 エレノア先生は、かつて自分が首席の頭脳をフル稼働させてなんとか習得した苦労を思い出し、少しだけ誇らしげに胸を張った。


 だが、ルーナティアはおっとりと小首を傾げ、小さな人差し指でその『雷』の魔方陣をぽて、と指差した。


「せんせぇ。これ、むずかしいんじゃなくて……術式(おうた)が、おもたいだけ。この『かみなり』の魔術。第一階梯ではなく、第二階梯へとあげたほうがいいと思います」


「え……? だ、だいいち……だいに……格上げ……?」


 ルーナティアは、繋がった精神チャネルの向こうで呆れ返っているポムに、おっとりとした思考を伝えていた。


(前の4つの基本データ型(プリミティブ)は綺麗なのに、この雷のパッケージだけ、内部で『風』の摩擦演算と『火』のエネルギー比率を無理やり結合させた重たい複合関数になっておりますわ。おまけに、風、水、火の3属性が絡み合って、スパゲッティコードまである。こんなの、ダメ)


『きゅぃ! マルチスレッドができない一般の卵たちに、最初からこんな多重処理の塊をシングルスレッドでロードさせるなんて、頭脳がメモリ不足(オーバーフロー)で焼き切れてクラッシュするに決まってるの!』


 ルーナティアは現実の視線をエレノアへと戻し、事も無げにのたまった。


「初心者の魔力が足りなくてエラーを吐くのは当たり前ですわ。これは設計のバグ……配置ミスなんですのね」


「……っっ!?」


 本日何度目かのアナライズショックにより、エレノア先生の思考回路は完全に白目を剥いて消し炭になりかけた。


 学生たちが血の滲むような努力で挑み、挫折していく『雷属性の才能』。


 それが、単なる先人の設計ミスによる「美しくない階梯配置」のゴリ押しであり、教育環境のシステム欠陥であるという、あまりに冷徹で残虐なデバッグ事実。


(バ、バカな……ッッ!?)


 その瞬間、ガーンと床に崩れ落ちていたはずのマギウスの頭脳に、本日最大級のデータクラッシュが走った。


 国家最高峰の処理能力を持つ彼の計算領域は、愛娘の何気ない呟きから、雷の術式マニフェストを強制逆コンパイルし――そして、その圧倒的なまでの『正論』に戦慄していた。


(……確かに、そうだ! 雷は独立した第一階梯ではない……! 『風』と『火』と『水』の処理層がお互いに依存し合って絡み合う複合魔術――応用クラスだ! 全魔術師を何百年も苦しめてきた初心者殺しの関門は、ただの構造的バグだったというのか……!?)


 おっとりと佇む三歳の公女殿下の頭脳では、全魔術師の常識を根本からリファクタリングする『第1階梯の適正化パッチ』の基本アーキテクチャが、誰にも気づかれぬまま静かに、そしてクリーンにビルドされようとしていた。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 某ファイナル何タジーでは「ファイア」「ブリザド」「サンダー」というレベル帯を、なろう小説お馴染みの「第一階梯魔術」という言葉に置き換えています。

 また、レベル2帯の「エアロ」をレベル1帯にして揃える代わりに、「サンダー」に相当する魔術をレベル2帯――第二階梯魔術への引き上げさせる、というエピソードを入れ、ルーナティアの最初のリファクタリングとしました。


「あー、何ナルファンタジーね、あの世界観ねw」「やはりルーナティア、恐ろしい子!」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援(バフ)していただけると大変励みになります!


 毎日18時に一リコの遅延もなくパケットを定期ドロップ(更新)中です。どうぞよろしくお願いいたします!

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