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『公女殿下、初めての魔術レッスンでバグを仕様(ハック)に変える』

「エ、エラー……いえ、そんなはずはありませんわ……!」


 エレノア先生の思考回路は、完全に処理限界を迎えていた。

 学校始まって以来の秀才と呼ばれた彼女のプライドが、目の前の三歳児が放ったおっとりとした指摘――何百年もの間、最適と盲信されてきた術式の『無駄な多重ループ』を前に、激しく火花を散らしている。


 まさか。

 あり得ない。


 だが、一度その視点を得てしまえば最後。

 目の前の教科書に刻まれた魔方陣の幾何学記述は、確かに全く同じ処理を三度も無駄に回している「美しくない冗長コード」にしか見えなくなっていた。


「そんな……他のパッケージ……いえ、他の術式マニフェストはどうなっていますの……!?」


 すっかり取り憑かれたように、エレノアは狂ったような速度で教科書のページをめくり始めた。

 すでに『講師としての威厳』というプロトコルは忘却の彼方。


 一人の魔術師としての純粋な探究心に突き動かされ、初級の魔術コードを片っ端から逆コンパイルし始める。

 その隣から、ルーナティアは夜空の星をとかし込んだような瞳をぱちくりとさせ、おっとりとその様子を覗き込んだ。


 エレノアが青い顔で展開した『初級着火魔法』の、さらに詳細なパラメータ設定。その特定の位置コードラインを、ルーナティアは小さな指先で再び、ぽんと指し示す。


「せんせぇ。これ……ひ(火)をだすシステムなのに、お水の設定が残ってる。……うー、むだ。ここも、おそうじ。」


「ひ、火の術式に……水の設定(デッドコード)……っ!?」


 エレノアは息を呑み、紙面を凝視した。


 確かに、火を灯すだけのシンプルなアウトプットであるはずだというのに、術式の末端には、なぜか水属性の魔力を定義する奇妙な記述が紛れ込んでいる。

 それはまるで、何世代も前の先人が、別の魔法の記述をコピペして消し忘れたかのような、完全な負の遺産(ゴミコード)だった。


(な、何百年もの歴史が……私たちが神聖視し、必死に習得してきた『魔法』の常識が、すべて肥大化したスパゲッティソースのクソコードだったというの……!?)


 世界そのものがバグだらけのレガシーシステムであるという残虐な事実に、エレノアは血の気を引かせ、脳内サーバーごと消し炭のようになりかける。


 だが、おっとりと佇む公女殿下のデバッグは、そこでは終わらなかった。


 ルーナティアは手元の術式をじっと見つめ、おっとりと小首を傾げて、名案を思いついたように顔を輝かせる。


「あ、でもここ……このお水の設定、お水の量を増やせば、お湯を出せるまじゅちゅに変えられる?」


「……は、はい?」


 エレノアの口から、間の抜けたシステムエラーのような声が漏れた。


 水魔法ではなく、火の魔法。

 その火の魔法の中にバグとして混入していた「水の設定」という不要な環境変数(引数)。


 ルーナティアはそれを『お掃除』するだけでなく、その不要な引数のパラメータを少し書き換えて魔力比率を調整すれば、火と水が混ざり合い――『湯』を出力する新しい魔術(クラス)へと流用(ハック)できると、事も無げにのたまったのだ。


(デ、デバッグだけではなく……既存バグの仕様変更による、新規魔術のコードストリーム生成だと……ッッ!?)


 その瞬間、本棚の影で息を潜めていたマギウスの頭脳に、完全なオーバーフローの激震が走った。


 もはや、宮廷魔術師団長としての隠蔽魔術を維持する魔力リソースなど、彼のメモリには一リコすら残されていなかった。


「ルゥゥゥゥーーーーンッッ!! 我が天才の愛娘よーーー!!」


 ドガァン!


 音を立てて本棚の影から飛び出してきたのは、現国家最高峰の宮廷魔術師団長。

 マギウスは凄まじい物理速度で距離を詰めると、机を飛び越える勢いでルーナティアをぎゅーーっと力任せに抱きしめた。


「む、むぎゅ……っ」


 突然の抱擁を受け、ルーナティアのちいさな身体が可愛らしく潰れる。


 背後で控えていた老侍女が「まあ」と呆れたように息を吐き、突然目の前にポップした国家の最高権力者を前に、エレノア先生は白目を剥いて完全にシャットダウンしかけていた。


 ルーナティアは、抱きついたまま「はぁはぁ」と興奮のパケットを垂れ流している父親を、冷ややかな瞳で見つめる。


 配置を崩さず小さな手を膝の上できちんと揃えたまま、お淑やかに、けれど容赦のない強制終了命令を告げた。


「お父さま、痛いです! しかも、お勉強のじゃまです!」


「が、がーん……っ!?」


 娘からの冷徹な拒絶を受け、国家最高峰の魔術師は、まるで雷に打たれたようにその場に崩れ落ちるのだった。


『……なんていうか。ルーンのお父さま、頭は良さそうなのに、ルーンのことになるとおバカになるのね』


『本当。困ったお父さまですこと』


 頬に右手を当て、おっとりと小首を傾げるルーナティア。

 その公女殿下の頭脳では、契約幻獣とのそんな、ちょっと冷ややかで可愛いシンクロ念話が、一リコの遅延もなく静かにログを刻んでいるのだった。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。


 ルーナティアからの指摘を受けて、ついつい研究者としての脳になってしまうエレノア先生と、またもやあっさりと術式をデバッグしてしまうルーナティア、そして親バカっぷりが凄い父マギウスのやり取りです。


 それにしても、どうして火の魔術の術式の中に、水の術式コードが紛れ込んでいるんですかね?

 全くもって謎です(お前が始めた物語だろうが!)


 さて、次回からは、今度は実際にルーナティアが魔術を使う場面です。

 あっさりとデコードをしてしまう彼女は、いったいどんな魔術でエレノア先生やマギウスを驚かせるのでしょうか?


 「エレノア先生もやはり求道者なんだな」「娘に拒絶される父、涙なしでは見られない」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援(バフ)していただけると大変励みになります!


 毎日18時に一リコの遅延もなくパケットを定期ドロップ(更新)中です。どうぞよろしくお願いいたします!

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