『公女殿下、自身のシステム初期化(誕生)と最初のデバッグを回想する』
「――自宅で蟄居するように」
お父様の冷徹な絶対権限が救護天幕に響き渡った、その瞬間。
「お、お父様――!?」
ルーナティアの動揺の叫びを最後に――『第1部:レクシア平野激戦編』のすべての処理スレッドは、完全に強制終了させられた。
無敵だった天才魔術師は、身内の圧倒的な親バカ権限によって、まさかの戦場強制排除という最悪のエラーを迎えたのだ。
――画面暗転。
◆
【スレッド分岐:十数年前のログの開示】
世界に、一本の真新しい産声が鳴り響いた。
「オギャア、オギャア、オギャア……!」
ライ=ヴァルク公爵家に、待望の長女が生まれ落ちた――まさに、新たな生命の誕生の瞬間である。
お父様――マギウス総合団長は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに顔を濡らしながら、産婆の手から生まれたばかりの我が子を、壊れ物を扱うようにそっとその逞しい両腕で抱き上げた。
「う、生まれた……! 私の、私と最愛の妻との間に――天使のような、完璧に美しい我が娘が生まれ落ちたぞぉぉぉぉぉッ!!! 世界よひれ伏せ! この子が私の世界のすべて――ライ=ヴァルクの至宝だぁぁぁぁぁッ!!!」
男の咆喚によって、産室に展開されていたはずの防音結界が一発で過負荷を起こして吹き飛ぶ。
だが、マギウスは結界の崩壊など一ミリも気に留めることなく、腕の中でピチピチと純粋な生命力を脈打たせる我が子を、ただただ愛おしそうに見つめた。
まだ何者にも定義されていない、世界で最も無垢な存在。
「名前は、魔術の深淵……ルーン、いや、それだけでは美しくないな」
男は愛おしげに、そのちいさな額を指先でそっとなぞる。
「……ルーナ、ティア。うん。ルーナティアだ。お前の名は、ルーナティアだ……!」
「あなた、少し落ち着いて頂戴。ルーナティアがあなたの声の大音量に驚いてフリーズしてしまっているわ」
ベッドの横で、美しいお母様――ソフィアが苦笑しながらお父様の無限ループ号泣を制止しようと言葉をかける。
ルーナティアにおける、ライ=ヴァルク公爵家の最初の歴史は――そんな最高にコミカルで愛おしいドタバタからスタートした、はずだった。
「――っ!?」
我が子を愛おしそうに顔を近づけ、その温もりを確かめていたお父様の表情が――その瞬間、一リコの猶予もなく強張った。
親バカの歓喜に染まっていたはずのその瞳に、かつて戦場でも見せたことのない、戦慄が走る。
「――やけに体温が高すぎないか!?」
お父様の腕の中にいる生まれたての赤ん坊。
その小さな肉体は、産湯の温もりなどでは決して説明のつかない――まるで内側から燃え盛る炉を押し付けられているかのような、異常な熱量を物理的に放ち始めていた。
「そんな、まさか……! 産医、今すぐこの子の魔力循環を計測しろ!!」
お父様の悲痛な怒号が産室に響き渡る。
お父様の不穏な呼びかけに応じるように、赤ん坊の小さな胸の奥から――世界の許容量を遥かに超えた、濃密で暴走寸前の高密度魔力が、目に見える光の歪みとなって空間へと噴出し始めていた。
「くっ、計測不能です……! 総団長閣下、これは……生まれながらにして体内の魔力出力が肉体の許容量を遥かに超越してしまっている『魔力過多症』です! このままでは、ご令嬢自身の膨大なエネルギーの負荷によって、小さな肉体の命脈が焼き切れてしまう――最悪の結末を迎える……ッ!」
産医の絶望的なエラーアラートに、産室の空気は一瞬にして凍り付いた。
世界のバグとも言うべき最悪のシステム過負荷。
宮廷魔術師団長として数々の戦況をリファクタリングしてきたはずのお父様ですら――我が子の命のカウントダウンを前にして顔面を蒼白に染め上げ、コマンド入力を忘れたかのように完全にフリーズしてしまう。
「――あなた、情けない声を出すのをやめて、ルーナティアを私の横へ寝かせて頂戴」
そのデッドロックを破ったのは――ベッドの上から響いた、気品に満ちた凛とした声だった。
お母様――ソフィアは、出産直後の激しい体力の消耗を微塵も感じさせない美しい動作で、自身の白木の杖を真っ直ぐに虚空へと掲げた。
「――地底の奥に眠りし秘宝、現世に息づく生きる宝石。
額の紅は禍を払い、瞳の輝きは奇跡を紡ぐ。
時の階を越えて集え。
黎明の光を纏い、いざ目覚めよ――カーバンクル」
ソフィアが気高くも美しい召喚の詠唱を紡ぎ、術式を駆動させた、その瞬間。
産室の床に輝く平面の魔法陣などは、一切出現しなかった。
代わりに、ソフィアの杖の先端から放たれた超高純度な魔力の流体演算術式が、何もない空間の空気を激しく掻き乱し――そこに、一寸の狂いもない美しい規則的な波紋、すなわち『交互に列を成す魔力の渦』を発生させたのだ。
左右交互に規則正しく並ぶ、幾何学的な魔力の渦の列。
それらの流体演算の波紋が、空間の位相を歪めながら幾重にも、幾重にも複雑に折り重なっていく。
やがて、重なり合った魔力の境界線が完全に同期し、空間のその座標に――異界へと直通する巨大で重厚な『魔力の扉』をクリーンにコンパイルしてみせた。
「きゅ〜!」
元気に鳴くその小さく愛らしい毛玉を、ソフィアは消耗した体力を振り絞って愛おしげに見つめ、的確な指示を与えた。
「――あの子の過剰な魔力を食べて、救済をお願い」
指示を了解したカーバンクルは、ベッドの上に寝かされた赤ん坊のルーンの元へタタタッと駆け寄ると――彼女の小さな身体から溢れ出ていた、周囲を焼き尽くさんばかりの暴走魔力を、その小さな口で「もぐもぐ」と、まるで極上のディナーを味わうかのように美味しそうに食べ始めたのだ。
「きゅ〜、もぐもぐ、もぐもぐ……!」
神獣が過剰な魔力データを一時記憶領域として瞬時に処理していく。
その瞬間、赤ん坊のルーンを覆っていたあの恐ろしい異常発熱が急速に収まり――彼女の魔力特性は、1リコの遅延もなく完璧な安全値へと書き換えられていった。
「す、凄い……! ご令嬢の魔力過多が、完全にコントロールされていく……!」
産医の驚愕の声が響くなか、お父様は「あああ、よかったぁぁぁ!」と再び大号泣しながら、ルーンとカーバンクルをまとめて力強く抱きしめた。
この「生まれた瞬間の過負荷の危機」と、それを救ってくれた最初のデバッグ。
これこそが、お父様が彼女を過保護に護るようになったルーツであり――そして彼女自身が生まれながらにして魔力を「制御すべき明確なコード」として冷静に知覚するようになった、すべての時間軸の始まりであった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
昔、最初に考えていた物語では、13話の後に「灼熱の鱗」を討伐するためにアーサー、リチャード、レオンハルト、ルーン(ルーナティア)が旅をする、というものでした。
が、あまりにルーンが可愛くなってしまった自分は、それよりも前の物語、幼少期から第1話に至るまでを書いてみたい、と考えたのです。
最初は、スピンオフ作品という形を考えていたのですが、あまりにも本編側も、ルーン主体で物語が進み、他のキャラが脇役化していくので、「もういいや、ルーンを主人公にした物語にしちゃえ!」と開き直ってマージしました。
それが、本作の、最初の部分なのでした。
「いきなり幼少期にまで遡ってて、びっくりしたわ」「スピンオフを本編にしたくなる、あるあr……ねーよw」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援していただけると大変励みになります!
毎日18時に一リコの遅延もなくパケットを定期ドロップ(更新)中です。どうぞよろしくお願いいたします!




