『辺境伯の三男坊、公女と聖女によってサーバイブする』
世界の仕様を完全に無視して暴れ狂った上位竜が、紅蓮の血の痕を撒き散らしながら、レクシア平野の彼方へと離退していく。
古の災厄が青天の彼方へと消え去り、龍圧の解除された平野には、ただ静かな風が吹き抜け――そして、戦場には「再び弛緩した空気」がゆっくりと生じ始めていた。
そんな、完全な戦後処理のログが走り始めた最前線を、一頭の軍馬が軽快なステップで駆け抜けていく。
第一騎士団の新人騎士、アーサーの逞しい両腕に収まり、完璧な『お姫様抱っこ』の体勢のまま運ばれているルーナティアは、腕の中でもいつも通りおっとりとした笑みを崩さずにいた。
「まずは、第八魔術師団の天幕に向かうぞ」
馬を操るアーサーが、彼女をさきほどまで鎮座していた絶対安全圏――あの最高級パラソルへと引き返そうとした、その直後。
ルーナティアはお淑やかに首を横に振った。
「アーサー、このまま救護班の天幕まで行ってくださいまし」
「ああ、アイツか。――わかった、少しスピードを上げる。しっかり捕まってろよ!」
アーサーは即座に意図を了解すると、愛馬の脇腹を強く蹴った。
――カカッ、カカッ、カカッ!
さらにスピードの上がった軍馬が、損壊した前線基地を幾何学的な最短直線で爆走し、瀕死のリチャードが担ぎ込まれた救護天幕の正面へと滑り込む。
ルーナティアはアーサーの腕からしなやかに着地すると、ダボ袖を揺らして天幕の中へと足を踏み入れた。
天幕の中では、すでに息を呑むような『奇跡』が紡がれていた。
「――大いなる慈悲の光よ、失われゆく命の理をここに繋ぎ止めん……!」
リチャードの胸元に手をかざし、高純度な神聖魔術の術式を全開で駆動させていたのは――救護班のトップであり、ルーナティアの幼馴染の一人でもある聖女、ホーリリアだった。
超高高度からの生身ダイブによる落下ダメージの過負荷。
リチャードの生命力はミリ単位の瀕死状態に陥っており、いつ接続が強制終了してもおかしくない。
ホーリリアは自らの演算リソースを極限まで消費し、その消失していくプラーナのパケットを力ずくで維持していた。
天幕の遮蔽を払い、ルーナティアが入ってきた、その瞬間。
中にいたホーリリアは、鋭くその瞳を輝かせた。
二人の間には、長年の付き合いによって構築された――一切の遅延がない暗黙の相互認証が確立されていた。
「ルーン、申し訳ないけれど、彼の鎧を剥すのを手伝って欲しいの。すっかり歪んで肉に食い込んでしまって、脱がせられないのよ。私は生命維持で精一杯なの」
「――了解いたしましたわ、ホーリー」
ルーナティアは左手の長杖を一度引き、右手の一振――隕鉄の短杖のみを静かに構えた。
無詠唱3並列の演算領域が瞬時に駆動し、リチャードの肉体データを完全に保護指定した上で、外殻の歪んだ鉄のラインだけを照準固定する。
(――指向性極小、熱量最大。『火種』)
短杖の先端から、針の先ほどに凝縮された超高密度の熱線が照射された。
――ヂヂヂヂヂ……ッ。
ルーナティアの極限の精密演算によって制御されたその熱量は――リチャードの肌を1リコたりとも焦がすことなく、肉に食い込んでいた鉄の鎧の接合部だけを、流れるような手際で一瞬にして真っ赤に融解し、焼き切っていった。
物理的なロックを解除され、パカッと左右に剥がれ落ちる鉄の鎧。
「助かったわ、ルーン! これで深層へのアクセスが通るわ、一気にパッチを当てる(治癒する)わよ!『傷癒魔術』と『持続回復』の重ね掛けをお願い!」
「ええ、ホーリー。完全復旧いたしますわ」
ルーナティアは空いた左手で長杖をさらに構え――天幕の狭い描画領域に合わせ、それを一リコの遅延もなく短杖形態へと瞬時に変形させた。
双杖となった二振りのデバイスから、異なる二つの魔法陣を完全同時並行で展開する。
右手のヴェスパーから放たれた『傷癒魔術』。
そして左手のトライ・ムーンフェイズから放たれた『持続回復』。
二つの重ね掛けパッチが一気にリチャードの全身へと最大出力で浸透していく。
凄まじい速度で生命力が緑色の安全値へと書き換えられ、包帯を巻かれたリチャードの口から――「か、はっ……」と正常な呼吸のログが吹き出された。
こうして、すべての緊急エラー処理が正常終了され、戦場が完全にひと段落した、そのタイミング。
平野全域の被害状況とドラゴンの残留魔力の解析を終えた、第一騎士団のベテラン斥候たちが、真っ青な顔で本陣へと駆け込んできた。
そこで明かされた事実が――戦線復帰を果たした実戦職たち全員の魂を、激しく震え上がらせることになる。
「間違いない……! この灼熱のエネルギー特性、そして周囲に深刻な魔力枯渇を引き起こした固有の妨害波動……! 間違いない、あれはハイウィンド辺境伯領ネスゴラン、あの竜の巣の最奥に生息が確認されているのみで――これまで外に出てきたという記録が一度たりとも存在しない、生ける伝説の厄災――『灼熱の鱗』だ……!!」
その恐るべき個体名が平野に響き渡った、その瞬間。
救護天幕の周囲にいた兵たちの間に、凄まじい驚愕の残響が走った。
「あ、あの『灼熱の鱗』ですって……!? ちょっと、何かのバグじゃないの!?」
救護天幕へ追いつき、自身の胃を抑えていたディオナが、絶望のログを出力する。
「おいおいおい……マジかよ」
ハンナが、ベッドで安らかに寝息を立てているリチャードへと、信じられないものを見るような視線を向けた。
「あの『灼熱の鱗』の目を、生身の急降下突撃だけで完璧にブチ抜いたってこと……? あの、いつも弛んであくびしてた新兵の三男坊が……?」
戦場全域の評価が、凄まじい勢いで上書きされていく。
「辺境伯の弛んだ三男坊」という頼りない変数だったリチャードは、この瞬間をもって、伝説の厄災の右目を破壊して王国を救った「本物の英雄の竜騎士」として、騎士団全体の歴史へと永久に刻まれることとなった。
だが――ルーナティアの『フィジカル・アナライズ』の眼だけは、レクシア平野の空間に僅かに残る、奇妙な『不正アクセスの痕跡』を捉えていた。
(なぜ『灼熱の鱗』のようなレジェンド級の不具合が、この安全な演習場にピンポイントで出現したのか……。あらかじめ世界の仕様を意図的に書き換えた、何者かの悪意ある構築を感じますわね……)
ルーナティアがその世界の歪みを静かにプロファイリングしていた、その瞬間だった。
――ドォォォォォォォォンッ!!!!!
救護天幕の頑丈な防音結界を力ずくで物理ハッキングし、爆音と共に天幕の入り口が文字通り吹き飛んだ。
あまりの衝撃波に、周囲にいた魔法士たちのシステムが恐怖で一斉にフリーズする。
「なんだその包帯の山は! 私の可愛いルーナティアを怪我させたやつはどこのどいつだーっ!!」
「おまけに『第一騎士団の新人にお姫様抱っこされて強制スクロールされた』というパケットまで届いているぞ! 今すぐレクシア平野の全オブジェクト――全騎士、全魔法士をまとめて処刑してくれるわぁぁぁ!!!」
「「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーッッ!!!」」
同じ演習場内にいたからこそ――一リコの遅延もなく本日最大最悪の、親バカ大暴走を正面から浴びてしまった二人の先輩。
自身の胃を完全に破壊されたディオナと、脳が焼き切れたハンナ先輩が白目を剥いて泡を吹く中。
怒り狂うマギウス総合団長は、ただ一人おっとりと紅茶を口に運んでいた最愛の娘の前へと――大真面目な、そして恐ろしく冷徹な『父親』の顔で突き進んだ。
そして、レクシア平野全域の空気を凍り付かせるような、絶対的な軍令を宣告した。
「ルーン、いや、ルーナティア・ルーン・ライ=ヴァルク初級魔術士。本日をもって第八魔術師団を解任。自宅で蟄居するように!」
「お、お父様――!?」
一リコの遅延もなく、ルーナティアの口からこれまでに出力されたことのない、最大級の驚愕(動揺ログ)が吹き出された。
完璧だったはずの彼女の演算領域が、お父様という最悪のセキュリティによって完全に強制終了させられる。
こうして、世界の不具合を退けたはずの天才魔術師は――身内の圧倒的な親バカ権限によって、まさかの戦場強制排除という最悪のエラーを迎えるのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
さて、なろう小説お馴染みの「聖女」様のご登場です!
もともと、本作の主人公の「ルーン」と対になる形の「ホーリー」という、何のひねりもない安直な名前で作ったキャラクターです。
「ルーナティア」と同じように、ここに掲載するにあたり、「ホーリリア」と、原型を留めつつも貴族っぽい名前へと改変しました。
元が元だけに、安直なのは否定しません。
ルーンもホーリーも、昔は絵を描いてデザインしましたが、既に紛失してまっているのが残念です。
おまけに、もう絵も描かなくなって久しいので、今から再度描くのはかなり難しそうですね。
「ルーンにホーリーwいかにも子供が考えそうな名前だw」「作者、絵も描いたんか!」と思ってくださった方は、ぜひページ最下部の【ブックマーク(お気に入り登録)】や【ポイント評価(☆☆☆☆☆)】をぽちっと押して、これからの連載を応援していただけると大変励みになります!
毎日18時に一リコの遅延もなくパケットを定期ドロップ(更新)中です。どうぞよろしくお願いいたします!




