『公女殿下、再浮上する竜騎士と特権アタッカーを同時並行(マルチタスク)で支援する』
最高級パラソルという絶対安全圏を自ら飛び出し、泥臭い硝煙と鉄の匂いが立ち込める戦場のど真ん中へと、一切の躊躇なくお淑やかに足を踏み出したルーナティア。
「パ、パラソルの外は危険領域ですっ!? お待ちください公女殿下ーーーッ!」
「公女様ーーーッ!? 戻って、危ないって!!」
背後から響く、胃を押さえたディオナの悲鳴と、完全にキャパシティを超えたハンナの悲痛な制止の絶叫。
だが、ルーナティアはその声すら耳に留めることなく、流れるような美しい動作で――左右の手から同時に別々の杖を引き抜いた。
右手には、父、マギウスから贈られた隕鉄の短杖。
左手には、自作した三形態変形デバイスの長杖。
異なる二本の杖を構えたルーナティアが、それらを虚空へと振るった瞬間――。
彼女の左右に、それぞれ規格の異なる、一リコの歪みもない精緻な『二重の魔法陣』が完全同期して瞬時に構築された。
「――オブジェクト名、魔剣士隊。実質耐久値の反動ログを検知。『持続回復』をマルチ上書き」
「……一般騎士団の『盾殻陣』の耐久摩耗に――『物理防御』を並列適用!」
右手のヴェスパーが紡ぐ魔法陣からは、自分のプラーナを消費して自滅しかけていた魔剣士隊へ向けて、クリーンな癒やしの光が絶え間なく流し込まれる。
それと完全に同時並行で、左手のトライ・ムーンフェイズが展開する魔法陣からは――ドラゴンの暴走蹂躙によってすり潰されていく一般騎士団の盾へ向けて、不可視の絶対力場『物理防御』が高速パッチとして上書きされていく。
右手で癒やし、左手で護る。
他の一級魔法士であれば、一つの定型魔法を唱えるだけで頭脳がハングアップする絶望の戦場で、ルーナティアは双杖から異なる術式を無詠唱3並列で出力し、壊滅しかけていた前線のインフラを瞬時にリファクタリングしていく。
彼女の演算領域は今、目の前の騎士たちを救うことだけに一〇〇%フル稼働していた。
だからこそ――はるか上空で、あの辺境伯の三男坊である新兵リチャードが、恐怖を根性でねじ伏せて愛竜を再起動させている熱いドラマが走っていることなど、彼女は文字通り一リコも気付いていなかった。
◆
【スレッド分岐:数アインタム前】
地上スレスレの危険領域。
上位竜が放つ圧倒的な龍圧(システム負荷)を至近距離で浴び、リチャードの相棒である飛竜『ギルフォード』は、恐怖で完全に翼をすくませていた。
手綱による騎乗制御は完全に強制切断。
主の命令を一切受け付けず、ただガチガチと震えて地表にへばりつく、完全な機能停止状態に陥っていた。
だが、ただの新人騎士であるはずのアーサーたちが、暴走するドラゴンの猛威を前に決死の防戦を繰り広げ、泥臭く時間を稼いでいる光景が、リチャードの弛んでいた脳内システムを激しく揺さぶった。
(……何やってんだ、俺は。辺境伯の三男坊だからって、ただの安全なピクニックだからって、心のどこかで甘えて、エラーを前にしてただすくんでるだけか……?)
リチャードの目が、甘えの履歴を完全にデリートし、鋭く据わる。
彼はガチガチと震えるギルフォードの首筋を、グッと力強く抱きしめた。
「おい、いつまで怯えてやがるギルフォード! 俺たちは王国の空を守る、誇り高き竜騎士団だろッ! あのトカゲに、この空の本当の制御権がどっちにあるか、教えてやるんだよ……! 立ち上がれ、再起動だッ!!!」
リチャードの魂の咆哮が恐怖を力ずくでねじ伏せ、相棒のコアへと叩き込まれた。
その瞬間、ギルフォードの瞳に強固な信頼の光がパッと返り咲く。
「ギャオォォォォォンッ!!」
ギルフォードが爆音の咆哮を上げ、その強靭な翼で平野の草を爆風へと変える。
完全に再起動したギルフォードの推進力を乗せ、リチャードは手綱を限界まで引き絞ると――地上へと意識を奪われている上位竜の死角めがけて、強烈な向かい風を切り裂きながら猛烈な垂直離陸を敢行した。
ドラゴンの真上――例外領域の超高高度を確保するために、一気に大空の頂点へと駆け上がっていく。
高速で飛ぶギルフォードの背で、リチャードは下を見下ろし、使命感と恐怖心との狭間で戦っていた。
真下には、騎士たちを相手に暴れている上位竜の姿が小さく見えている。
◇
【スレッド同期:現在】
大空の頂点、ドラゴンの死角の座標を確保したリチャードは、愛槍を強く握り締め、眼下でのたうち回る上位竜を真っ直ぐに見据えた。
急速に迫る上位竜のあまりの巨躯とプレッシャーに、リチャードの背中に冷たい汗が噴き出す。
本能的な恐怖までは削除できない。
「やっべ、思ったより高え。失敗したら俺、死ぬかもな」
怖気づく心を奮い立たせ、長槍を構えると――愛竜の背から飛び降りる。
決死の急降下突撃――!
リチャードの死に物狂いの覚悟に呼応するように、愛槍からパチチチッ!と、純粋な自力の覚醒コードによる猛烈な雷光が爆発的に噴出した。
一方、地上で前線の回復に手一杯だったルーナティアは、上空から死に物狂いで落ちてくる彼の座標を未だ捕捉していない。
だが――彼女の持つ杖のコアから、ライ・ヴァルク様の、短くも絶対的な脳内念話が割り込んだ。
『――ルーン。5スコネッド後に岩弾。座標と角度はこちらで演算しておく』
(――! 了解しました、ライ・ヴァルク様!)
信頼するメンターから脳内に直接滑り込んできた、寸分の狂いもない精密な照準データ。
ルーナティアは1リコの遅延もなく、左右の前線支援魔法陣をパッと霧散させると――空いた全処理スレッドを、初級魔法である岩弾の超高速並列生成へと強制駆動させた。
本来なら石礫程度を出力する初級魔術に過ぎない。
だが、彼女の規格外の演算領域は、数百発分のバレットデータを一リコで同時生成し、巨大な一つの岩塊へと強制結合して撃ち出したのだ。
お淑やかに、しかし神速のマルチ駆動で杖を前方へと突き出す。
(――起動、仕様外最大出力。『岩弾』ッ!!)
無詠唱。
次のスコネッド、ドラゴンの直下の地面から――描画エラーを起こしたかのような巨大な岩石のオブジェクトが、超高速で垂直に射出された。
ドゴォォォォォンッ!!!
レクシア平野に凄まじい衝撃音が響き渡る。
ルーナティアの放った巨大な岩石は、回避行動を取ろうとした上位竜の顎を正確無比にカチ上げ、その巨躯の首を、強制的に真上へと向かせた。
「グ、ギャァ!?」
完全に首を上へとはね上げられ、無防備な急所を天へと晒してしまった上位竜。
そこへ――生身で虚空を落ちながら、槍に自力の雷光を纏わせたリチャードの急降下突撃が、幾何学的な神速で肉薄する。
「これで……終わりだぁぁぁぁぁッ!!!」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
ルーナティアの持つ杖、一番最初に考えた時は《賢者の杖》でした。
そこから、意思を持つ杖として、《ライ・ヴァルク》となりました。
この時点では、まだルーナティアとライ・ヴァルクの関係って、はっきりしていなかった気がします。
ちなみに元ネタとなったのは、「ソード・ワールド」のリザンが持つ、エルドースでしたね。
当時『喋る杖!?かっけぇ!』ってなって、盛り込んだのですよ。
そこから、ルーナティアの祖先という設定が盛り込まれました。
《トライ・ムーンフェイズ》と《ヴェスパー》の2本の杖の設定ができたのは、この物語を書き始める本当に直前ですね。
《トライ・ムーンフェイズ》の変形機構も、魔道具的な要素よりも、普通に仕込み杖みたいな感覚でしたし。
ライ・ヴァルクの演算でロックバレットで上位竜の顎をカチ上げて、そこに竜騎士の迫ります。
果たして、上位竜を斃すことはできるのか!?
次回をお楽しみに!
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