『公女殿下、戦場全域のハングアップ(機能停止)を観測する』
「ギャオォォォォォォォォォンッ!!!」
世界の出現表を完全に無視して降臨した、最悪のエラーデータ。
上位竜が放ったその咆哮は、レクシア平野の全域を物理的に破壊するような、圧倒的な龍圧(システム負荷)そのものだった。
「ひっ、バグだ……! こんな高位の魔物、今回の演習ログに設定されてないぞッ!」
「う、詠唱が……! コードの読み込み(ウェイト)が間に合わな――」
真っ先に機能停止したのは、名ばかりの魔法士たちだった。
彼らが格好をつけて後付けした無駄に長い口上(冗長なヘッダ情報)を唱え終えるより前に、ドラゴンの巨体が幾何学的な神速で接近する。
パニックのまま、キーワードのみで即時発動する定型魔法をばら撒くものの――あらかじめ羊皮紙に固定された威力の『烈火の球』など、上位竜の強固な物理・魔術の複合装甲の前には「無効」として虚しく弾き返されるだけだった。
上空の対空警戒を担当していた竜騎士団もまた、一瞬で機能停止へと追い込まれた。
先ほどまであくびを漏らしていたリチャードも、今はただ顔を強張らせることしかできない。
相棒である飛竜たちが、上位竜の放つ圧倒的な龍圧(システム負荷)に呑まれて完全に正気を失ったのだ。
制御を失い、命令を一切受け付けなくなった巨躯は、悲鳴を上げながら次々と平野へと墜落していく。
「第六から第八騎士団がせっかく設営してくれた前線基地が、トカゲの羽ばたき一発でデリートされていくぞ……!」
「くそっ、対空網が全滅した! 前衛、プラーナを錬成しろ! 最大出力で迎え撃つんだ!」
魔術師団(後方支援)が完全に消失した光景を目にし、戦線を引き受けるべく魔剣士団の団長が怒号を上げる。
だが――世界の仕様を超えた古の災厄は、その決死の抵抗すらあざ笑った。
「おおおおおッ! 『命脈錬成』ッ!!」
魔剣士たちが自らのプラーナ(生命力)を過剰に消費し、その輝きをブレードへと収束させていく。
しかし次のスコネッド(秒)、ドラゴンが翼を羽ばたかせ、さらなる高密度の龍圧を周囲に展開した。
その瞬間、魔剣士たちが必死にブレードへホールドしていたプラーナの制御が激しく乱され――一リコの猶予もなく空間へと霧散してしまった。
「がはっ……!? プ、プラーナの固定が維持できない……!」
「うあぁぁッ! 錬成の反動(自傷ダメージログ)だけが……体に……ッ!」
武器の魔力被膜に失敗し、ただただ自らの生命力を過剰消費したという、最悪の反動だけが魔剣士たちの肉体を直撃する。
彼らはドラゴンの爪牙に触れられるより前に――口から血を吐いて、次々と草原に膝を突いていった。
魔法士団、竜騎士団、魔剣士団――すべての特殊兵種がドミノ倒しのように機能停止していく絶望の戦場。
残された複数の一般騎士団が、重い鉄の盾を並べて『盾殻陣』を構築するものの――支援が完全に途絶えた生身の能力値だけでは、上位竜の物理突撃(物理クラッシュ)を耐えきれるはずもなかった。
鉄の防壁の耐久値がミリ単位で削られ、現場に悲鳴が響き渡る。
そんな、完全な戦線崩壊寸前の最前線。
だが、この最悪の魔力残滓(デブリ環境)をものともせず、ドラゴンの足元へと音もなく疾る『2つの影』があった。
生命力に依存しない、ジュウベエとレオンハルトの師弟である。
「行くぞレオン。――教えの極意をここで示せ」
「――!はい、師匠!」
二人の手が、同時に腰元へと添えられる。
伝統的な直剣を力任せに振るう王国の剣術とは、根本から型が異なる独自の構え。
ドラゴンが二人を「排除すべきゴミ(エラーデータ)」と認識し、巨大な爪をマッハの速度で振り下ろした、その瞬間。
「――『断待』」
空間がキィンと鳴った。
それは、魔力を一切介さない、極限まで無駄を削ぎ落とした純粋な抜刀術。
三日月のように美しく湾曲した異形の刃『刀』が鞘から解き放たれた瞬間――銀色の閃光が、ドラゴンの巨腕を真っ向から迎え撃つ。
ギィィィィィィィンッ!!!
平野に炸裂する凄まじい金属音。
誰もが、二人の肉体が消し飛ぶと確信した。
だが、驚くべきことに、ドラゴンの放つ圧倒的な衝撃(物理クラッシュ)は、二人の絶妙な刃の角度と合気によって――1リコの遅延もなく、斜め後方の地面へと完全に関数変換(受け流し)されていたのだ。
――ここからが、『断待』の本領。
この技は、受け流し(防御)の衝撃と反動をそのまま回転エネルギーへと変換し、一リコの減速もなく、下段からの鋭い斬撃をドラゴンの硬質な脚部へと叩き込む――。
プラーナによる魔力被膜を一切持たない、剥き出しの鉄の刃。
本来なら、ドラゴンの強固な物理・魔術の複合装甲の前に火花を散らして折れるだけの代物。
――キンッ。
「グ、ギャァァァッ!??」
レクシア平野に、上位竜の明確な「悲鳴」が響き渡った。
魔力残滓を吸収して無効化するドラゴンの装甲システムを――エネルギーに一切依存しない純粋な物理の『刃の軌道』と『切れ味』が、完全にすり抜けて(バイパスして)その肉を深く切り裂いたのだ。
一太刀の例外破断。血を流してわずかに体勢を崩す上位竜。
――だが、思いもよらぬ一撃にドラゴンはより凶暴化し、その顎を、爪を、巨大な尾を振り回して周囲を蹂躙していく。
反撃に出ようと試みていたアーサーたち騎士団も、自身の身を守ることだけで手いっぱいとなっていた。
いかに優れた特効武器(刀)とはいえ、生身の二人がその圧倒的な総耐久値を削りきる前に、自らの限界が枯渇するのは目に見えていた。
残された複数の一般騎士団が並べる『盾殻陣』も――支援が途絶えた生身の能力値だけでは、ドラゴンの猛烈な蹂躙(物理クラッシュ)にミリ単位ですり潰され、戦線崩壊は時間の問題だった。
この一連のドミノ倒し的なシステムダウン(全滅劇)を、最高級パラソルの下で、ルーナティアは『フィジカル・アナライズ』の眼で静かに観測していた。
ボロボロに傷つき、口から血を吐いて倒れていく騎士たちの惨状。
お淑やかな彼女の瞳の奥に――理不尽な世界の不具合を許さない魔術師としての、静かな怒りと確固たる決意の光が宿る。
ルーナティアは、極上の『マーキス・マーカス』が注がれたカップを、ソーサーへとそっと戻した。
立ち上がり、レースのついたダボ袖のローブを優雅に翻すと、最高級パラソルという絶対安全圏の外へ向けて、お淑やかに一歩を踏み出した。
「お嬢様! 危険です! お戻りください!」
一リコの遅延もなく、絶対の防壁であるアンネローゼの必死の制止が響く。だが、ルーナティアの足取りは止まらない。
「あら。私達の国の騎士団が壊滅しかけているのです。これをリファクタリング(最適化)せずして、どうしますか」
「ですが!」
なおも食い下がろうとするアンネローゼを、ルーナティアは振り返り、にっこりと聖母のようにおっとりと微笑みかけた。
「アンネは、紅茶を淹れて待っていてくださいな。ほんの数アインタム(数分)ほどで片付けてきますから」
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
中学生のときに考えた物語は、この部分(正確には、前のページでリチャードが欠伸をしていた部分)が物語のスタート地点でした。
そして、主人公はルーナティアではなかったのですが、長年の設定変更で盛りに盛って、こうして形を変えて皆さんの目に届くものになりました。
よくよく考えると、その当時はアンネローゼもポムもいなかったし、それどころかフィオナやハンナに至っては、ここに書く段階で急きょ作ったキャラクターです。
「長年温めてきた」という割に、脳内で思い描いているのと、実際に明文化するのとでは全く違うのだな、と痛感してます。
さて、ドラゴンに対してルーナティアが前線へと向かいます。
果たしてこの戦場を、どうリファクタリングするのか。
「長年温めてきたという割に、行き当たりばったりすぎる」「公女様の魔術、楽しみだ」と思ってくださった方は、
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