第8話 巡礼の行列
巡礼の行列は、昼前に、麓の村に着いた。
白い馬車が、六台。護衛の騎士が、十二騎。聖歌隊の子供たちと、香炉を捧げた司祭たち。鄙びたルメール村の広場が、白と金で、埋まった。
テオと一緒に、塔の窓から、それを見ていた。
「……すごい、人」
「ええ」
「あの真ん中の、白いひとが、星のひとの、妹……?」
広場の中央で、村人たちに手を振る、小さな白い姿。距離があっても、分かった。あの立ち姿。あの、首の傾げ方。社交界で「天使のよう」と評された、計算され尽くした、無垢。
「ええ。私の、妹です」
テオは、しばらく黙って、見ていた。それから、ぽつりと言った。
「ぼく、あのひと、きらい」
「まあ。会ってもいないのに」
「だって、星のひとの声が、さっきから、ずっと、冷たい」
子供は、恐ろしい。私は、テオの頭を、ぽんぽんと撫でて、窓から離れた。
◇
午後、先触れの司祭が、坂を登ってきた。
応対したのは、アルヴェインさまだった。私は、扉の内側で、聞いていた。
「聖女様におかれては、明朝、当塔を御訪問あそばされる。ついては、塔の者は門前に整列し——」
「断る」
「……は?」
「整列は、しない。ここは教会領ではない。王家の特許状を持つ、王立の観測所だ。訪問は、受ける。客として」
司祭の、絶句する気配がした。
「そ、それでは、せめて、献星どのを門前へ。聖女様が、お声をかけやすいように」
「献星どの、ではない」
アルヴェインさまの声が、一段、低くなった。
「エステル・メルローゼ嬢だ。当塔の、記録係であり、私の、客人だ。呼び方を、間違えるな。——次に間違えたら、その間違いも、記録する」
司祭は、ももも、と口ごもりながら、坂を下りていった。
扉が閉まってから、私は、こらえきれずに、少しだけ、笑ってしまった。
「アルヴェインさま。司祭さまを、いじめては、いけません」
「いじめていない。事実と、規則と、予告を言った」
「その予告が、いちばん、怖いんです」
「そうか」
彼は、心底分からない、という顔をした。その顔が、また、おかしかった。
笑ってから、気づいた。明日、妹が来るというのに、私は、笑っている。この塔の敷居の内側は、それくらい、確かな場所になっていた。
◇
翌朝。
白い馬車が、一台だけ、坂を登ってきた。村に五台を残して、聖女と、侍女と、護衛二騎だけの、身軽な訪問。——「気取らない聖女さま」の演出だと、すぐに分かった。
馬車から、ロゼリアが、降りた。
三月ぶりに見る妹は、輝いていた。白い祭服。金の髪には、星をかたどった髪飾り。村では、あれを見た子供たちが、歓声を上げたのだろう。
ロゼリアは、塔を見上げ、それから、扉の前の私を見つけて——ぱあっと、顔を、輝かせた。
「お姉さま!」
駆け寄ってくる。両手を広げて。香水の匂い。手紙と、同じ匂い。
「ああ、お姉さま、お会いしたかった! お元気そうで、よかった……! わたくし、心配で心配で、毎晩、お祈りして」
「ようこそ、ロゼリア。遠いところを」
「あら」
妹は、抱擁の腕を解いて、私の顔を、覗き込んだ。小首を、傾げて。
「お姉さま、なんだか——お変わりになった?」
「そうですか?」
「ええ。だって、ほら」
ロゼリアは、にこ、と笑った。
「以前のお姉さまなら、わたくしが抱きついたら、おどおどして、目を伏せていらしたのに。今は、まっすぐ、わたくしを見ていらっしゃるんですもの。あらあら、辺境の空気が、お合いになったのね?」
甘い声の、奥の奥に、ほんのひとさじ、別のものが、混ざった。
値踏み。
妹は、私を、測り直している。三月前、屋敷の玄関で「おかげ」と言い放った相手が、思った場所に、いなかったから。
「ご紹介します。当塔の番人、アルヴェインさまです」
「まあ、あなたが」
ロゼリアは、扉の前のアルヴェインさまに、完璧な角度で、頭を下げた。
「聖女ロゼリアでございます。姉が、お世話に、なっております」
「記録の通りに」
「……記録?」
「世話の内容は、すべて記録している。閲覧したければ、正式な手続きを」
ロゼリアの微笑みが、ほんの一瞬——本当に、一瞬だけ、固まった。
この人には、演出が、効かない。たぶん、生まれて初めて出会う種類の相手に、妹は、笑顔のまま、まばたきを、二回した。
「……ふふ。面白い方。お姉さま、わたくし、この塔が、気に入りましてよ」
ロゼリアは、私の腕に、自分の腕を、するりと絡めた。
「三日ほど、滞在させていただくわ。姉妹の、積もるお話も、ありますもの。ねえ——お姉さま?」
三日。
この、笑顔のままの妹と、三日。
腕に絡んだ妹の指が、私の腕輪に、こつ、と当たった。偶然のように。偶然では、ありえない正確さで。
お読みいただきありがとうございます。
聖女さまの、ご到着です。
「お変わりになった?」——妹は、姉を、測り直しています。
そして、その指は、腕輪の場所を、正確に知っていました。
次回、第9話「隣の席」。
塔の夕食に、聖女さまが加わります。
席順を巡る、静かな攻防です。
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