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第7話 妹からの手紙

 手紙は、巡礼の先触れと一緒に、届いた。


 白い封筒。教会の、星と百合の封蝋。香水の匂いが、封を切る前から、した。


『お姉さまへ


 お久しぶりです。ロゼリアです。

 お元気でいらっしゃいますか。わたくしは、聖女の御役目を賜り、毎日、目の回るような忙しさです。それでも、お姉さまのことを思わない日は、一日も、ありません。


 来月、巡礼で、北の地方へ参ります。星灰の塔にも、立ち寄らせていただきたいの。教会の皆さまは、献星さまのご様子を確認するのも聖女の務めです、と仰います。でも、わたくしは、ただ、お姉さまに、お会いしたいだけ。


 お会いできるのを、楽しみにしています。お姉さま——まだ、覚えていられる、うちに。


 あなたの妹、ロゼリア』


 読み終えて、私は、手紙を、机に置いた。


 指先が、冷たくなっていた。


 優しい手紙だった。どこにも、棘のない。けれど、最後の一行だけが、蜜の壺の底の、針だった。


 まだ、覚えていられるうちに。


 それは「お姉さまが皆に忘れられてしまう前に」とも読める。そして——「わたくしが、お姉さまを忘れてしまう前に」とも。家門の輪は、五つ目。父と、妹の輪。妹は、私の残り時間を、知っていて、こう書いている。



   ◇



「拝見しても」


 夕方、書庫で、アルヴェインさまが言った。私は、手紙を渡した。


 彼は、二度、読んだ。一度目は、普通の速さで。二度目は、ひどく、ゆっくりと。


「……三箇所、嘘がある」


「え?」


「一つ」


 彼は、手紙の二行目を、指した。


「『お姉さまのことを思わない日は、一日もありません』。——四十一日前、王都の教会から、この塔に届いた公文書がある。献星の移送通知だ。その書類の、家族による確認の欄」


 彼は、書庫の抽斗から、一枚の写しを、正確に抜き出した。


「妹君の署名の横に、教会の書記の注記がある。『聖女候補は多忙につき、対象者の氏名の確認を省略された』。——氏名の確認を、省略した。君の名前を、読み飛ばして、署名したということだ。思わない日が一日もない人間の、することではない」


 声が、出なかった。


「二つ。『教会の皆さまは、ご様子の確認も聖女の務めと仰います』。——教会法に、聖女が献星を訪問する定めはない。むしろ、接触を避けるよう定めた条文がある。これは、彼女が自分で望んだ訪問を、教会のせいにした文だ」


「三つ目は……」


「三つ目」


 アルヴェインさまは、手紙を、机に置いた。


「『ただ、お姉さまに、お会いしたいだけ』」


 彼は、そこで、私を見た。


「これが嘘である根拠は、書類にはない。ないが——一つ目と二つ目の嘘を書く手が、三つ目だけ、本当を書くとは、私には、思えない」


 窓の外で、日が、暮れていく。


 私は、自分が、震えていることに、気づいた。怖いのではなかった。哀しいのとも、少し、違った。


 十六年間、一緒に育った妹。可愛いと、思っていた。守らなければと、思っていた。私が忘れられていくのは呪いのせいで、妹のせいではないと——そう思おうと、してきた。


 その「そう思おうとする心」が、今、書類の前で、音を立てて、軋んでいた。


「エステル」


「……はい」


「会いたくなければ、会わせない。塔には、その権利がある。献星の保護は、番人の権限だ。聖女だろうと、王だろうと、この敷居の内側には、私の許しなく、入れない」


 力強い言葉だった。そのまま、頷いてしまいたかった。


 でも。


「いいえ。……会います」


 私は、顔を上げた。


「会って、確かめたいんです。手紙の向こうじゃなくて、目を見て。妹が、何を知っていて、何を、したのか。それを知らないまま、石が消えていくのは——もう、嫌なんです」


 アルヴェインさまは、長く、私を見ていた。


 それから、頷いた。


「分かった。なら、条件が一つある」


「条件……?」


「同席する。最初から、最後まで。一秒も、欠かさず」


 彼は、当然のことのように、続けた。


「君と妹君の会話を、全部、覚えておく者が、要る。言った、言わないの嘘は、彼女の得意技のようだからな。——この塔で君が交わす言葉は、一言も、消えさせない」


 ふ、と、肩の力が、抜けた。


 この人の「覚えている」は、剣よりも、盾よりも、頼もしい。


「はい。お願いします」



   ◇



 その夜、私は、月のない空を、窓から見上げた。


 星だけが、降るようだった。


 王都にいた頃の私なら、今夜、眠れなかっただろう。一人で、毛布の中で、震えていただろう。


 今は、違った。


 階下からは、ハンナさんが、巡礼のお客に出すお茶菓子の算段をする声。モリスさんが、新しい帳面の頁を切る音。隣の部屋からは、テオの寝息。


 そして、塔のどこかで、あの人が、起きている。たぶん、何かを、数えながら。


 窓辺の燭台に、火を、ともした。


 この窓の灯りも、麓から見えるだろうか。あの夜、私が、暗い山道の果てに見つけた、三つの灯りのように——今は、四つ目が、ここに、ある。


 来るなら、来てください。ロゼリア。


 私は、もう、一人で震えていた、あの家の私では、ありません。



 ——消えた星の光は、それでも、届いています。


 名前を、呼ぶ人がいる限り。


お読みいただきありがとうございます。


第1章「星の消えた朝」、これにて、お開きです。


妹からの手紙には、三つの嘘がありました。

それを、書類と記憶で、正確に数えた人がいました。

エステルは、逃げずに、会うことを選びました。


次回、第8話「巡礼の行列」。

第2章「聖女さまの巡礼」、始まります。

白い祭服が、塔の坂道を、登ってきます。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

四つ目になった、窓辺の灯りに、☆ひとつ、お力添えを。


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