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第47話 塔からの手紙

 塔からの荷は、審問の、前日に、届いた。


 馬車で十日の道を、早馬の便で、追いかけてきたのだろう。ヴィオラさんが、記録庁の伝手を使って、手配してくれたものだった。


 小さな木箱の中に、手紙が、三通と、油紙の包みが、一つ。


 私は、宿の卓に、それを、並べた。塔の、匂いがした。乾いた紙と、星菓子の、匂いが。


 一通目は、モリスさんの、几帳面な字だった。


『お嬢様


 塔は、変わりなく、ございます。灯りも、五つ、毎晩、点っておりますぞ。


 審問の帳面のことで、一つ、書き留めておきたいことが、ございます。四十七名の記録、すべて、写しを二部、取りました。一部は、お手元のものと。もう一部は、この塔に。——万が一、王都の紙が、燃えても、消えても、塔の紙が、残ります。記録と申しますのは、お嬢様。一箇所にあると、脆い。二箇所、三箇所に写して、初めて、燃えなくなるのでございます。


 どうか、堂々と、読み上げてくださいませ。四十七の、お名前を。あの方々は、三百年、誰にも、読まれるのを、待っておられました。


 ——書き留めて、おきましょう。本日、お嬢様、王都にて、ご健勝。


  モリス』


 私は、その一行を、指で、なぞった。本日、健勝。私が、いる、という記録。この人は、遠く離れても、私を、帳面に、書いてくれている。



   ◇



 二通目は、ハンナさんだった。


 庶民の、少し崩れた字で、けれど、一字ずつ、力を込めて、書かれていた。


『エステルさま


 旅の星菓子は、足りていますか。硬いのを、たくさん、持たせたはずですけど、あなた、根を詰めると、食べるのを、忘れる人だから。冷めないうちに、じゃなくて、硬くならないうちに、どうぞ。


 あたし、一つだけ、お願いがあって、筆を執りました。


 審問で、うちの娘の名前を、呼んでもらえませんか。


 アンネ、といいます。アンネリーゼ。三十年前の、献星でした。星菓子が、好きな子でした。星のかたちに焼くと、いちばん先に、手を伸ばす子で。


 あの子は、静かに、消えました。誰にも、惜しまれず。教会の紙には、たしか「献星、消失。制度、正常」の、一行きり。あたしは、あの一行が、ずっと、許せなかった。


 だから、お願いします。あの、大きな部屋で、あの子の名を、呼んでください。アンネは、いた、って。星菓子が、好きな、優しい子が、確かに、いた、って。……あたしの代わりに。


  ハンナ』


 私は、しばらく、その手紙を、胸に、当てていた。


 アンネリーゼ。星菓子の好きだった、女の子。


 名簿の、四十七のうちの、一人。番号ではなく、名前で、好物で、母のいる、一人。


 ハンナさんは、三十年、この名を、抱えてきた。娘を、間に合わせられなかった、その痛みを、星菓子を焼く手に、込めて。塔で、私に、いちばん先に、名前で、呼びかけてくれた、あの人が。「お嬢様」ではなく「エステルさま」と、最初から、呼んでくれた、あの人が。


 私は、その意味を、今、やっと、分かった気がした。ハンナさんは、名前で呼ばれないことの、痛みを、誰よりも、知っていたのだ。忘れられた、娘の、母として。


「呼びます」


 誰もいない部屋で、私は、声に出して、答えた。


「必ず、呼びます。ハンナさん」



   ◇



 三通目は、封の代わりに、押し花で、留められていた。


 テオの手紙だった。ひらがなばかりの、大きな字。ところどころ、逆さまの字が、混じっていた。


『ほしのひとへ


 げんき、ですか。ぼくは、げんき。まいばん、ぜんぶの、あかりを、つけてます。ごつだよ。ぜんぶで、いつつ。


 おうとは、とおいから。おまもり、いれときます。


 まえに、いったでしょ。とおくに、いくときも、かしてあげるって。だから、かします。かえってきたら、かえしてね。ぜったい、だよ。ぜったい、かえってきて。


 あのね。ぼく、しんぱいじゃ、ない。だって、ほしのひとは、なまえを、おぼえる、めいじんだから。ぼくのなまえも、いつか、みつけてくれるって、しんじてるから。


 だから、いっぱい、なまえを、よんできて。


  てお』


 油紙の包みを、開けた。


 木彫りの、小さな星が、掌に、落ちた。角の、丸くなった、あの、お守り。塔で、却下の通知を待つ夜、テオが、貸してくれたもの。


 私は、それを、握りしめた。


 小さな星は、テオの掌の、温もりを、覚えているように、思えた。木の、優しい、重さだった。


「……とても、よく、効きます。前も、今度も」


 窓の外に、王都の、夜が、来ていた。


 目を、閉じると、遠い北の、塔の窓が、見える気がした。五つの、灯り。モリスさんの北窓。ハンナさんの東窓。テオの東南窓。私の南窓。それから、テオが、私のぶんまで、点けてくれている、灯り。


 私は、一人では、なかった。


 明日、あの大きな部屋に、立つのは、私の声だ。けれど、その声には、三百四十八枚の「エ」と、四十七の名前と、塔の五つの灯りと、テオの、木の星が、乗っている。


 明日は、審問。


 その、前夜。

お読みいただきありがとうございます。


塔から、三通の手紙が、届きました。

モリスさんは、写しを二部。ハンナさんは、娘アンネの名を託し。

テオは、木彫りの星のお守りを、貸してくれました。「かえってきたら、かえしてね。ぜったいだよ」。


次回、第48話「審問前夜」。

数字でしか、語れない人の、精一杯の言葉が、あります。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

テオの木彫りの星に、☆ひとつ、お力添えを。


蒼空ルーシェ

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