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第41話 奇跡の値段

 ヴィオラさんが、記録庁の第三書庫に、エステルとアルヴェインさまを呼んだのは、その、三日後だった。


 机の上に、大きな紙が、広げられていた。何本もの線で、升目に区切られ、細かな数字が、びっしりと、書き込まれている。


「徹夜を、三日、しました」


 ヴィオラさんは、眼鏡を、直した。目の下に、隈があった。けれど、その目は、燃えていた。


「エステルさま。番人さま。……見つけました。というより、揃いました。全部、四十七件、揃ったんです」


「四十七件」


「献星の、数です」


 彼女は、紙の、左の列を、指した。


「これが、教会が公にしている、聖女の『大奇跡』の記録です。歴代の聖女が起こした、大きな奇跡。日照りの村に雨を降らせた。流行り病を、一晩で鎮めた。枯れた井戸に、水を戻した。……三百年分。教会が、誇らしげに、石碑にまで刻んでいる、奇跡の、日付」


 指が、右の列に、移った。


「こっちが、モリスさんの帳面と、記録庁の死亡・失踪の綴りから、拾った、献星が消えた日付です。四十七人が、静修院で、消えた、その日」


 ヴィオラさんは、二つの列を、線で、結んだ。


「重なるんです。全部」


 誰も、しばらく、口を、開かなかった。


「大奇跡の、あった日。その、前後、数日のうちに——必ず、一人、献星が、消えている。四十七件、全部です。偶然では、絶対に、ありません。私、確率も、計算しました。こんなこと、偶然で起きる目は、……ええと、天の星を、当てずっぽうで言い当てるより、ずっと、低いです」


 エステルは、紙に、顔を、近づけた。


 左に、奇跡。右に、消滅。同じ、日付。


 四十七、並んでいた。


「塔での、あの計測も」ヴィオラさんは、続けた。早口が、さらに、速くなる。「エステルさまが、聖女さまの祈祷の時刻と、石の減光の時刻を、計られた、あの記録。祈祷が始まった、九時十一分二十秒。石が翳り始めた、その、四秒後。祈祷が終わった、九時十四分五十一秒。石の減光が止まった、その、四秒後。……あれは、小さな祈祷の、小さな一回でした。あれと、同じことが、三百年、四十七回、もっと大きな規模で、起きていたんです」


 アルヴェインさまが、紙の端を、押さえた。彼の指は、動かなかった。


「これで、はっきりした」


 彼は、静かに、言った。


「聖女の奇跡は、無から生まれてはいない。燃料が、いる。その燃料が——同じ血の娘の、『存在』だ」


 エステルは、顔を、上げた。


「存在……」


「人は、覚えられて、初めて、この世に確かに在る。名を呼ばれ、顔を見られ、いたと、思い出される。その『覚えられている』という力——存在の、承認を。聖女は、同じ血の娘から、吸い上げる。吸い上げられた娘は、忘れられていく。誰の記憶からも、名が、顔が、消えていく。そうして絞り出された承認が、奇跡になって、聖女の頭上で、輝く」


 彼は、四十七の日付を、見渡した。


「一つの奇跡の裏で、一人の娘が、消える。奇跡の光の、明るさのぶんだけ、娘が、暗くなる。……これが、奇跡の値段だ」


 エステルは、右手首の、腕輪を、握った。


 ——あなたの奇跡の値段を、知っています。


 塔で、初めて妹に、そう言い放った日のことを、思い出した。あのときは、まだ、直感だった。妹の輝きが、自分の犠牲の上に、あるという、確信だけが、あった。証拠は、なかった。


 今は。


 今は、この紙が、ある。四十七件の、日付が、ある。


「値段が」


 エステルは、言った。声が、少し、震えた。


「請求書に、なりました。……四十七人分の」


「ええ」ヴィオラさんが、頷いた。「四十七人分の、請求書です。三百年、誰にも、渡されなかった」



   ◇



 その紙を、丁寧に、巻き取りながら、アルヴェインさまが、言った。


「だが、エステル。……分かっているな。これを、審問に出すということは」


「はい」


「聖女の奇跡そのものが、偽りだと、証すことになる。一人の大司教の失脚では、済まない。三百年、この国が信じてきた、聖女という制度の、根が腐っていると、王国じゅうに、突きつける」


 彼は、巻いた紙を、革の筒に、収めた。


「教会は、総力で、潰しに来る。この紙を。そして、この紙を持つ、私たちを」


 エステルは、革の筒を、見た。


 細い、革の筒。中に、四十七の名前と、四十七の日付。


 それが、三百年の嘘を、崩す。同時に、三百年の嘘を守ってきた者たちを、こちらへ、全力で、振り向かせる。


「守り、ましょう」


 エステルは、言った。


「この筒を。何が、あっても」

お読みいただきありがとうございます。


ヴィオラさんが、三日徹夜して、四十七件を突き合わせました。

聖女の大奇跡の日付と、献星が消えた日付が、すべて重なる。

奇跡の燃料は、同じ血の娘の「存在」でした。

第13話の「奇跡の値段を、知っています」が、請求書になりました。


けれど、この紙を出せば、教会は、総力で潰しに来ます。


次回、第42話「燃える書庫」。

その夜、記録庁の第三書庫から、火の手が上がります。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

四秒の誤差の中に隠されていた真実に、☆ひとつ、お力添えを。


蒼空ルーシェ

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