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第30話 覚えてもらいに、行きます

 王宮からの正式な召喚状は、三日後に、届いた。


『特許状再審 第七号

 審理期日、来春、雪解けの月の十五日。場所、王宮法務院、大審理室。

 出頭を求める者。星灰の塔、番人。ならびに、塔の保護下にある献星、エステル・メルローゼ』


 献星、という言葉の横に、私の名前が、並んでいた。


 皮肉なものだと、思った。私を「付属物」と呼んだ人たちの手続きの上で、私の名前は、こうして、また一つ、公式の記録に、刻まれていく。消そうとすればするほど、私の名前は、紙の上に、増えていく。


「春までは、三月ある」


 広間の机に、地図と暦を広げて、アルヴェインさまが、言った。


「準備の時間としては、十分だ。特許状の正本は、ある。三百年分の塔の活動記録も、ある。問題は——」


「問題は?」


「審理で、何を、守るかだ」


 彼は、私を、見た。


「特許状の再審、という形を取っているが、本当の争点は、紙の効力ではない。『献星とは、何か』だ。教会は、言うだろう。献星は、制度の付属物だと。聖女の輝きの、燃料だと。三百年、そうだったと。——こちらは、それに、否、と言いに行く。三百年分の、否を」


 モリスさんが、静かに、立ち上がった。そして、書庫の奥から、あの帳面たちを——同じ装丁の、何十冊を、一冊ずつ、机に運び始めた。


「リディアさま。マルゴットさま。エルゼさま。テレジアさま……」


 一冊、置くごとに、名前を、呼んだ。


「皆さま、ここに、おられます。お好きだった花も。歌の癖も。最後の言葉も。——教会の記録では『献星、消失。制度は正常に機能』の一行で終わる方々の、一行で終わらぬ証が、ここに」


「審理の場に、この方たちを、連れていくのですね」


「ああ。三百年、誰にも読まれなかった記録を、王国で一番大きな声の出る場所で、読み上げる。……君の戦いは、もう、君一人の戦いではない。最初から、そうだったように」


 ハンナさんが、エプロンの端を、目に当てた。それから、いつもの倍の声で、言った。


「決まりですね! なら、あたしは、旅のお菓子を焼かないと。王都までは、馬車で十日ですからね。日持ちのする星菓子を、考案します。娘の好物を、王都中に、自慢してやるんです」



   ◇



 その夜、私は、最上階の、灯りの部屋に、登った。


 北の窓に、モリスさんの灯り。東に、ハンナさんの。西に、テオの。南に、私の。四つの炎が、それぞれの窓辺で、静かに、揺れていた。


 階段に、足音がした。テオだった。寝間着のまま、何かを、後ろ手に、隠している。


「テオ。眠れませんか」


「……あのね。星のひと。ぼく、きめたことが、ある」


 テオは、後ろ手のものを、出した。


 真鍮の、小さなランプだった。古いものを、磨き直したらしい。継ぎ目に、新しい蝋燭が、立っていた。


「ぼくの、よびな、テオでしょ。かりの、なまえ。……ほんとの、なまえは、まだ、みつからない。でも、ぼく、まってるだけ、やめることにした」


 テオは、五つ目の台座——ずっと空いていた、東南の窓辺の台座に、ランプを、置いた。


「これ、かあさまの、ランプ。アルヴェインさまに、もらった。かあさまが、いたときの。……ぼく、これに、火、つける。かあさまのぶんと、ぼくの、ほんとのなまえのぶん。ふたつぶんの、ひとつ」


「テオ……」


「だってね。星のひとが、おしえてくれた。きろくは、みらいの、きおくだって。なら、ひかりも、おなじでしょ。いま、つけとけば——みらいの、ぼくのなまえが、かえってきたとき、まっくらじゃ、ない」


 私は、何も言えずに、ただ、頷いた。


 テオが、火種を、移した。


 五つ目の灯りが、点った。


 その夜、麓のルメール村から塔を見上げた人は、五つの灯りを、数えたはずだ。三百年で、一番、多い数を。



   ◇



 出立の朝は、よく、晴れた。


 雪解けには、まだ早い。けれど、王都までの十日を考えれば、もう、発たねばならなかった。馬車には、特許状の正本と、何十冊の帳面と、ハンナさんの考案した堅焼きの星菓子が、積まれた。


 見送りは、いらない、と言ったのに、全員が、門の外まで、出てきた。


「お留守は、任せてくだされ。記録は、一日も、休みませぬ」


「お弁当、馬車の左の籠です! 右のは、ヴィオラさんへのお土産ですからね、間違えないように!」


「星のひと。……はやく、かえってきてね。ぼく、まいばん、ぜんぶの灯り、つけとくから」


 一人ひとりと、抱き合った。


 馬車に乗り込む前に、私は、振り返って、塔を、見上げた。


 初めて来た夜は、三つだった灯り。今は、五つ。


 私は、この景色を、覚えている。何があっても、覚えている。最後の石が消える日が来ても、きっと、これだけは——この光の数だけは、私の中の、霧より深いところに、残る。母の「エス」が、霧より深いところに、あるように。


「行こうか」


 隣で、アルヴェインさまが、言った。


「はい」


 馬車が、動き出した。坂道を、下っていく。


「エステル」


「はい」


「王都に着いたら、最初に、確認しておきたいことがある。……君は、あの街に、忘れられに、行くのではない。それは、分かっているな」


 私は、笑った。


 この人は、たぶん、私の答えを、知っていて、訊いている。私に、声に出して、言わせるために。記録に、残すために。


 だから、はっきりと、言った。


「はい。——忘れられに、行くのではありません。覚えてもらいに、行くんです」


 馬車の窓から、最後にもう一度、塔が見えた。


 冬の朝の光の中で、五つの灯りは、まだ、点っていた。



 ——消えた星の光は、それでも、届いています。


 王都までも、届かせに、行きましょう。


お読みいただきありがとうございます。


第1部「星灰の塔編」、全30話、これにて完結です。


「忘れられに、行くのではありません。覚えてもらいに、行くんです」

五つ目の灯りは、テオが、点けました。

「いま、つけとけば、みらいの、ぼくのなまえが、かえってきたとき、まっくらじゃ、ない」


第2部「王都審問編」では——

大司教ガリウスとの、正面からの対決。

三百年分の帳面の、読み上げ。

母との「初めまして」。

そして、妹ロゼリアとの、再会が、待っています。


腕輪の石は、残り、四つ。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

五つになった、塔の灯りに、☆ひとつ、お力添えを。


第2部で、お会いしましょう。


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