第27話 被害者の物語
予言は、ひと月で、的中した。
王都の新聞の、社交欄。前のときと同じ場所に、今度は、短い記事が、載った。
『ヴィンター侯爵家のクラウス様と、サリンジャー伯爵家のご令嬢の婚約は、双方合意の上、解消された。理由は、公表されていない』
理由は、公表されていない。
アルヴェインさまの言った通りの、一行だった。
そして、その下の、醜聞欄。こちらは、品のない筆致で、雄弁だった。
『——さて、紳士録の皆さまは、もうご存じだろう。サリンジャー家の法務官が、婚約解消の数日前、教会の記録院と駅逓所を訪れていたことを。お堅いことで有名な同家が、何を「確認」したのかは、知る人ぞ知る。当欄が言えるのは、ひとつだけ。日付というものは、紳士の勲章にも、首枷にもなる、ということだ』
さらに、ひと月後。
ヴィオラさんの手紙が、その後を、教えてくれた。
『社交界は、思ったより、早かったです。
ヴィンター侯爵家が、クラウス卿の「南部領地の視察」を発表しました。期限は、書いてありません。社交界の言葉で、これは「無期限の追放」という意味だそうです。父である侯爵は、噂の出所を訴えると息巻いていたそうですが、法務官に「訴えれば、駅逓の記録が、法廷で朗読されます」と言われて、黙ったとか。
哀れなのは、誰も、彼を、庇わなかったことです。
あれほど、彼の「被害者の物語」に同情していた人たちが、です。夜会で彼に同情の言葉をかけた、その同じ口で、いまは、日付の話をしています。
番人さまの仰った通りでした。
「彼の物語は、彼が組み立てたのと同じ場所で、ほどけていく」。
ヴィオラ』
手紙を、畳んだ。
胸の中を、覗き込んでみた。喜びが、あるかと思った。十七年分の意趣返しの、甘い味が。
なかった。
あったのは、もっと静かな、別のものだった。安堵に、似ていた。世界の帳尻が、正しい場所で、合った。それを見届けた者の、深い、息のようなもの。
「浮かない顔だな」
アルヴェインさまが、書庫の向かいの席から、言った。
「ざまあみろ、と、思えるかと、思ったんです。あの玄関で『僕は何も聞かされていなかった』と言った人ですから。……でも、思えませんでした。私、薄情なんでしょうか」
「逆だ」
彼は、ペンを、置いた。
「ざまあみろ、というのは、相手が、まだ自分の心の中に住んでいる者の言葉だ。君の中に、彼は、もう、住んでいない。審査の日の、君の父親と、同じだ。……君は、彼らを憎むことより、先にやることがあって、それを、やった。空いた場所には、別のものが、住んでいる」
「別のもの」
「テオの写字の上達。ハンナの新作の菓子。ヴィオラどのの手紙。母君の、次の便り。——君の心の間取りは、健全だ。私が、保証する」
心の間取り、という言葉に、笑ってしまった。
「アルヴェインさまの間取りには、何が住んでいるんですか」
軽い気持ちで、訊いた。
彼は、すぐには、答えなかった。ペンを持ち直して、帳面に、目を落として。それから、書きながら、なんでもないことのように、言った。
「三百年、空き部屋だらけだった。……最近、一階の、日当たりのいい部屋が、埋まった」
ペンの音だけが、続いた。
私は、写本の続きに、戻った。戻ったけれど、同じ行を、三回、写し損ねた。
日当たりのいい部屋。
それ以上は、訊かなかった。訊いたら、この静かな書庫の、何かが、変わってしまう気がして。——変わってしまえばいいのに、と思う自分も、いて。私の心の間取りも、いつのまにか、ずいぶん、書き換わっていた。
◇
夕食の席で、ハンナさんが、新聞の醜聞欄を、三回、読み返していた。
「『日付というものは、紳士の勲章にも、首枷にもなる』——うまいこと言うじゃないですか、この記者」
「ハンナさん、楽しそうです」
「楽しいですよ! あたしはエステルさまと違って、俗な人間ですからね。ざまあみろって、お腹の底から思ってます。ええ、思ってますとも。あの玄関口の台詞、聞いてたら、あたしなら、おたまが飛んでましたね」
モリスさんが、帳面から顔も上げずに、言った。
「記録によりますとな、ハンナどののおたまは、過去三十年で、二度、飛んでおります」
「あれは飛んだんじゃなくて、滑ったんです」
「——そのように、訂正して、書き留めて、おきましょう」
食堂に、笑いが、満ちた。
窓の外、四つの灯りの向こうに、星が、降るようだった。
王都の社交界が、どんな噂で沸いていようと。この食卓の、この笑い声より、確かなものを、私は、ほかに知らない。
お読みいただきありがとうございます。
被害者の物語は、ほどけました。
静かな決着が、一件、つきました。
ですが、エステルの心には「ざまあみろ」は、住んでいませんでした。
「一階の、日当たりのいい部屋が、埋まった」——。
次回、第28話「エス、まで」。
母からの、二通目の手紙です。
ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。
過去三十年で二度(滑った)おたまに、☆ひとつ、お力添えを。




