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第26話 ずらされた日付

「では、確認する。クラウス・ヴィンターの主張は、こうだ」


 書庫の長机に、新しい紙が、広げられた。アルヴェインさまが、線を引いていく。


「『婚約解消は、呪いの査問の五日前に、決めて、届け出ていた。理由は、家風の不一致。呪いのことは、後から知った。むしろ騙されていた被害者だ』——これが、彼の物語。解消届の日付が、唯一の、柱だ」


「その柱が、書き換えられている」


「ああ。だから、こちらのやることは、単純だ。書き換えられなかった記録で、本当の五日間を、組み立て直す」


 アルヴェインさまは、目を閉じた。


 そして、諳んじ始めた。


「査問の五日前。王都では、ハルトマン公爵家の、春の舞踏会があった。社交記録に、クラウス・ヴィンターの出席が残っているはずだ。婚約解消を届け出たその足で、舞踏会に出る男はいない。しかも、その夜、彼は——君と、踊っている」


「……え?」


「君の入塔時の聞き取りだ。『最後に夜会で踊った相手』として、君が、申告した。日付も、君は、正確に言った。査問の、五日前の夜だと」


 忘れていたわけではない。ただ、あの聞き取りの何気ない一項目まで、この人が、こうして武器に変えるとは、思っていなかった。


「解消を『届け出た日』の夜に、解消したはずの婚約者と、人前で踊る。——彼の日付が本当なら、彼の行動は、狂人のものだ。彼の日付が嘘なら、すべて、辻褄が合う」


「社交記録のほかには」


「駅逓だ。ヴィンター家から教会への解消届は、使者が運ぶ。王都の駅逓所には、早馬の利用記録が残る。差出人、日時、宛先。——ヴィオラどのに、照会してもらう。それから、教会側の、受理簿の原本。写しではなく、原本だ。受理印の控えは、二重につけられている。届のほうの日付を書き換えても、受理簿のほうまでは、手が回らないことが多い」


 モリスさんが、すでに、照会状の下書きを、始めていた。


「テオ。出番ですぞ」


「はい!」


「この照会状の写しを、三部。練習の成果を、見せてくだされ」


 テオは、この頃、モリスさんから、書記の手ほどきを受けていた。舌を、ちょっと出しながら、一字一字、慎重に写していく。読み上げ係見習いは、いつのまにか、写字生見習いに、なっていた。



   ◇



 照会の結果は、二十日ほどで、揃った。


 ヴィオラさんからの報告は、簡潔だった。


『全部、ありました。


 一。ハルトマン家の舞踏会の出席簿。クラウス卿、出席。「メルローゼ家令嬢と一曲」の記載あり(ハルトマン家の夜会記録は、誰と誰が踊ったかまで書く趣味で有名なんです。今回ばかりは、その趣味に感謝です)。


 二。駅逓の利用記録。ヴィンター家から教会への早馬は、査問の翌朝、一件のみ。「五日前」には、一件も、ありません。


 三。教会の受理簿の原本。受理日は、査問の翌日。届の上の日付と、受理簿の日付が、食い違っています。


 以上、三点。日付の改竄は、紙の上で、立証できます。


 それで、ですね。ここからが、ご相談です。


 この三点、私の権限では「記録の不整合」として、上に報告するだけになります。そうすると、教会案件なので、途中で、握りつぶされる可能性が、高いです。


 ですが、もうひとつ、道があります。


 サリンジャー伯爵家——クラウス卿の、新しい婚約者のお家は、王都でも有名な、堅実なお家です。ご当主は、書類と契約に、とても、うるさい方です。婚姻契約の前に、相手方の「重要な事実」を確認する権利が、家にはあります。


 つまり、この三点の写しが、サリンジャー家の法務官の机に、正規の手続きで届けば——あとは、あちらが、勝手に、調べます。握りつぶせる人は、いません。婚姻契約は、家と家の、私的な契約ですから。


 いかがしましょう。


 ヴィオラ』


 読み終えて、私は、ゆっくり、息を吐いた。


「……サリンジャー家に、お届けします。それが、いちばん、正しい順番だと思います。罰ではなく、確認として。あの家には、確認する権利があって、私たちには、記録がある。それだけのことを、それだけのこととして、します」


「同意する。——ついでに、一つ、予言をしておこう」


 アルヴェインさまが、言った。


「サリンジャー家が事実を知ったとき、彼らは騒がない。堅実な家は、騒がずに、引く。婚約は、静かに、解消される。理由は公表されない。だが、社交界というのは、『理由の公表されない解消』の理由を、嗅ぎ当てる名人の集まりだ。……クラウス・ヴィンターの物語は、彼が組み立てたのと同じ場所で——夜会の噂話の中で、ほどけていく」


「お詳しいんですね、社交界」


「三百年も記録を読めば、嫌でも詳しくなる。人間の集団の振る舞いは、三百年、ほとんど変わらん。……変わらなさすぎて、たまに、眩暈がする」


 その言い方が、おかしくて、書庫に、小さな笑いが起きた。


 テオの写した照会状の控えが、新しい帳面に、綴じられた。表紙には、モリスさんの手で、こう、書かれていた。


『ずらされた日付の件 ——世界に、返すべき日付、一件』


お読みいただきありがとうございます。


書き換えられなかった記録、三点。

夜会の出席簿。駅逓の早馬。受理簿の原本。

紙の包囲網が、完成しました。


届け先は、罰する人ではなく——確認する権利のある人へ。


次回、第27話「被害者の物語」。

予言どおりに、なるでしょうか。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

テオの、初めての照会状の写しに、☆ひとつ、お力添えを。


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