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第25話 七日後の通知

 通知は、きっかり七日後に、届いた。


 広間に、全員が集まった。封を切る役は、私だった。指が、少し、震えた。テオが、横から、私の袖を、ぎゅっと握って、一緒に、覗き込んだ。


『記録抹消願 第一一四号


 審査の結果、以下の通り決定する。


 一。本件抹消願を、却下する。

 一。理由。要件たる家族全員の同意につき、ユリアーナ・メルローゼ夫人の署名拒否の意思が、明確に認められたため。また、申立人エステル・メルローゼの実在性および意思能力につき、疑義の余地なく確認されたため。

 一。なお、本決定により、申立人の戸籍、相続権、その他一切の記録上の地位は、従前の通り、維持される』


「……却下」


 読み上げた声が、揺れた。


「却下、です。私、消されません。記録の上に、いられます……!」


 一瞬の静寂のあと、広間が、爆発した。


 ハンナさんが、私を抱きしめて、ぐるぐる回った。テオが、椅子の上で、跳ねた。モリスさんが、眼鏡を曇らせながら、決定文の写しを、それはそれは丁寧に、台帳に綴じた。


「——書き留めて、おきましょうな。本日は、赤い、インクで」


 アルヴェインさまは、騒ぎの輪の、少し外で、腕を組んで、立っていた。けれど、その口元が、ほんのわずかに、緩んでいるのを、私は、見逃さなかった。


「アルヴェインさま。勝ちました」


「ああ」


「あなたの書面と、モリスさんの写しと、ヴィオラさんの報告と、母の空欄の、勝ちです」


「違うな」


 彼は、首を、振った。


「十七年、君が、君として生きてきたことの、勝ちだ。我々は、それを、紙に並べ直しただけだ。……存在しなかったものは、どんな名文でも、守れない。君が、いたから、守れた」


 その夜の夕食は、塔の歴史に残る、ごちそうだったと思う。


 ハンナさんの星菓子は、焼き型が追いつかなくて、途中から、月のかたちや、よく分からないかたちのものまで、出てきた。テオは「これは、くも。これは、うま」と、ひとつひとつ、命名して、食べた。


 宴の終わりに、私は、テオに、借りていた木彫りの星を、返した。


「おまもり、ありがとうございました。とても、よく、効きました」


「……つぎ、王都とか、とおくに行くときも、かしてあげる」


 テオは、少しだけ得意げに、星を、受け取った。



   ◇



 祝いの余韻の中、数日後、ヴィオラさんから、手紙が来た。


『エステルさま


 却下決定、おめでとうございます。書庫で、こっそり、祝杯(お茶)を上げました。


 ところで、本題です。少々、妙なものを、見つけてしまいました。


 審査の後始末で、メルローゼ案件の関係書類を、整理していたときのことです。クラウス・ヴィンター卿の、婚約解消届の写しが、紛れていました。例の「被害者の物語」の、大元の書類です。


 日付が、おかしいのです。


 解消届の提出日は、呪いの査問の「五日前」になっています。卿の主張通りなら、これで筋が通ります。「呪いを知らされる前から、別の理由で解消を進めていた」と。


 でも、私、紙の専門家なんです。


 受理印の上の、提出日の数字。「五日前」の「五」の字のインクだけ、ほんのわずかに、色が、新しいんです。それに、もとの数字の、消し跡があります。透かすと、見えます。もとの数字は、おそらく——査問の「翌日」です。


 つまり、卿は、解消届の日付を、書き換えています。「逃げた」を「先に決めていた」に、変えるために。


 これ、放っておいて、いいんでしょうか。私の一存では動けないので、まず、お知らせします。


 ヴィオラ・カッセル


 追伸 塔のシチューが、恋しいです』


 手紙を読み終えて、私は、アルヴェインさまと、顔を見合わせた。


「……言った通りに、なりましたね。『書き換えられた日付の周りには、ずらせなかった記録が残る』」


「ああ。それも、よりによって、原本の上に、消し跡つきだ。──杜撰だな。よほど、急いでいたと見える」


 アルヴェインさまは、手紙を、机に置いた。


「さて、エステル。これは、君の戦いの、続きではない。抹消願は、もう倒した。クラウスの嘘は、君の戸籍には、もう、触れられない。……だから、これを追うかどうかは、君が、決めていい。追えば、彼の『被害者の物語』は、崩れる。追わなければ、彼は、嘘の上で、嘘の結婚をして、生きていく」


 私は、窓の外を、見た。


 考えたのは、クラウスのことでは、なかった。あの記事の、もう一人の当事者のこと。


「……追います。ただし、クラウスさまを、罰するためでは、ありません」


「ほう」


「あの方の新しい婚約者の、サリンジャー家のご令嬢。あの方は、何も、知りません。『呪いの家に騙された、気の毒な被害者』だと思って、嫁ぐんです。日付ひとつ書き換えて、婚約者を見捨てた人のところへ。——その方には、本当の日付を、知る権利が、あります」


 アルヴェインさまは、ふ、と、息だけで笑った。


「ずらした日付を、世界に、返す。……この塔の仕事の範疇だな。受理する」


お読みいただきありがとうございます。


却下。エステルは、記録の上に、残りました。

赤いインクの記録と、よく分からないかたちの星菓子の夜でした。


そして、ヴィオラさんが見つけた、消し跡。

「五」の字だけ、インクが新しい——。


次回、第26話「ずらされた日付」。

元婚約者の物語が、ほどけ始めます。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

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