第22話 審査の日
ヴィオラさんが発って、十六日目。
王宮記録庁からの、公式の通知が、塔に届いた。
『記録抹消願 第一一四号について
異議申立を受理し、審査の結果、以下の通り決定する。
一。抹消願の要件たる「家族全員の署名」につき、重大な疑義が認められた。
一。添付の診断書(署名不能の証明)と、申立人提出の証拠(自筆書簡)の間に、矛盾が認められた。
一。よって、本件抹消願の承認を、保留する。
一。当事者双方の出頭による、対面審査を実施する。期日、来月の七日。場所、北部辺境庁、シュタインヴァルト支所』
「保留。そして、対面審査……」
「上出来だ」
アルヴェインさまが、通知を、二度読みして、言った。
「即時却下を期待したいところだが、相手は伯爵家で、教会の推薦状つきだ。役所として、書面だけで蹴るのは、難しい。対面審査は、妥当な落とし所だ。——むしろ、好機でもある」
「好機、ですか」
「場所を見ろ。北部辺境庁の支所。王都ではない。ここから、馬車で一日だ。つまり——あちらが、こちらへ、出てくる」
モリスさんが、ほっほ、と笑った。
「王都の法廷でしたらな、傍聴席も、審査官も、あちらの息のかかった顔ぶれで、固められましたでしょう。ですが、辺境の支所には、教会の手も、伯爵家の付け届けも、届いておりませぬ。土俵が、こちら側の土俵で、ございますよ」
「出頭するのは、誰なのですか」
「申立人——君だ。それと、抹消願の提出者。つまり」
アルヴェインさまは、通知の、最後の行を、指で示した。
『出頭義務者:申立人エステル・メルローゼ。願出人ゲルハルト・メルローゼ伯爵』
父の名前が、そこに、あった。
ゲルハルト・メルローゼ。十七年間、私を「お前」としか呼ばなかった人。柱の傷から、私の名前を削った人。
「……父に、会うことに、なるんですね」
「ああ。——三月ぶり、になるな」
アルヴェインさまは、私の顔を、静かに見ていた。怖いか、とは、訊かなかった。代わりに、こう、訊いた。
「審査の場で、父親に、言いたいことは、あるか」
考えた。長く、考えた。
「……分かりません。怒りなのか、悲しみなのか、それとも、もう、何もないのか。自分でも、まだ、分からないんです」
「分からないままで、いい」
彼は、頷いた。
「審査までに、答えを、用意しておく必要はない。会った瞬間に、分かることも、ある。会っても、分からないことも、ある。どちらでも、君の勝ち負けには、関係がない。——勝ち負けは、書類が、決める。心は、書類とは、別の仕事をすればいい」
心は、別の仕事をすればいい。
その言葉で、肩から、力が抜けた。私は、審査の場で、父を許す必要も、父を裁く必要も、ないのだ。書類が、裁く。私は、ただ、生きて、そこに、いればいい。
◇
出立の前夜、塔の食堂で、ハンナさんが、宴を開いた。
「景気づけです!」
テーブルに、ごちそうが、並んだ。鳥の丸焼き。芋のグラタン。そして、特大の、星の焼き菓子。
「あのね、エステルさま。あたし、ひとつだけ、言っておきたいことが、あるんです」
食事の終わり、ハンナさんが、エプロンを握って、言った。
「あたしの娘もね。……三十年前に、この塔に、いたんです。エステルさまと、同じ呪いで」
息を、呑んだ。
厨房で、いつも、太陽みたいに笑っている人の、初めて聞く、過去だった。
「あの子のときは、間に合いませんでした。誰も、悪くなかった。でも、間に合わなかった。あたしは、娘を忘れたくなくて、この塔に、置いてもらいました。塔の中なら、忘れずにいられますから。……ここで毎日、菓子を焼いてるのはね、あの子の好物だったからなんです。星のかたちのやつ」
ハンナさんは、笑った。涙を、こぼしながら、笑った。
「だからね、エステルさま。明日、あなたが審査に行くのはね、あなた一人のことじゃ、ないんですよ。あの子のぶんも、歴代のお嬢さんたちのぶんも——『消されてたまるか』って、言いに行くんです。背筋、伸ばして、行っといで。塔の灯りは、全部、点けて待ってますから」
テオが、私の手に、木彫りの星を、押し込んだ。
「おまもり。……かえってくるまで、かしてあげる」
モリスさんが、綴じ上げた証拠の写しの束を、風呂敷に、包んだ。
「三百年分の、塔の意地で、ございます」
アルヴェインさまが、外套を、羽織った。
「馬車は、夜明けに出る。——私も、行く。当然だが」
窓の外で、四つの灯りが、燃えていた。
明日、この塔の歴史で、初めて、番人と記録係が、そろって、山を降りる。
お読みいただきありがとうございます。
対面審査、決定。場所は、辺境の支所。土俵は、こちら側。
出頭するのは、エステルと——父、ゲルハルト・メルローゼ伯爵。
「心は、書類とは、別の仕事をすればいい」
ハンナさんの娘さんの話を、ようやく、書けました。
次回、第23話「紙は、忘れない」。
審査、開廷です。
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