閑話 星に、名前を
第1部の、ある晴れた夜の閑話です。語り手は、名前のない少年テオ。物語の本筋は進みません。星と、名前と、願いごとの、小さなお話です。
ぼくは、眠れなかった。
枕もとの、蝋燭を見た。アルヴェインさまが、いつか、だまって置いていってくれた、ぼくの蝋燭。火は、小さく、ゆれていた。
でも、この火は、だれかが、つけてくれた火だ。ぼくが、自分で、つけた火じゃ、ない。
どうして、そんなことを考えたのか、自分でも、わからなかった。ぼくは、ふとんを出て、塔の、いちばん上へ、のぼっていった。
◇
塔のいちばん上は、観測室だ。屋根が半分ひらいて、空が、まるごと見える。
アルヴェインさまが、いた。
大きな帳面に、なにか、書いていた。空を見て、また書いて、また空を見る。ずっと、そうしている。
「眠れないのか」
ふり向きもせずに、アルヴェインさまが、言った。
「四人目だ」
「……四人目?」
「今夜、塔で、眠れずに起きた者。モリス、ハンナ、エステル。君で、四人目だ」
ぼくは、おどろいた。みんな、眠れない夜だったんだ。
「アルヴェインさまは、五人目?」
「私は、数に入れない。三百年、眠っていないようなものだ」
それって、眠れないより、ずっと、たいへんなことじゃないの。ぼくは、そう思ったけど、言葉が、うまく、出てこなかった。
「ぼくは、その……」
「無理に、話さなくていい」
アルヴェインさまは、そう言って、空を、指さした。
「見ろ」
◇
空に、星が、いっぱいだった。
辺境の空は、王都より、ずっと、星が多いって、エステルさまが言ってた。ほんとうだった。こぼれそうなくらい、あった。
「あの、二つだ」
アルヴェインさまの指の先に、青い星と、白い星が、あった。少し、はなれて、ならんでいた。
「あの二つは、一年のあいだ、少しずつ、はなれていく。そして、一年に一度だけ、今夜のように、いちばん近くに、もどってくる。三百年、私が記録してきた。ずれたことは、一度も、ない」
「一年に、一度」
「麓の、ルメール村では、この夜に、願いごとをするそうだ。はなれた星が、また会えるように、と。はなれた者に、とどきますように、と」
アルヴェインさまは、また、帳面に、なにか書いた。それから、めずらしく、そこで、手が、止まった。
「私は、願いごとは、しない。ただ、記録する。……だが、君は、してもいい」
◇
「テオ」
うしろから、声がした。
エステルさまだった。肩に、ハンナさんの、あたたかそうなショールを、かけていた。手には、星のかたちの焼き菓子を、のせたお皿。
「眠れなかったんですね。わたしも、です」
エステルさまが、となりに、すわった。焼き菓子を、ひとつ、ぼくにくれた。
「モリスさんが、下で言ってました。『こんな夜は、書き留めておきましょう』って。ハンナさんは、『冷めないうちに、どうぞ』って、これを」
ぼくたちは、ならんで、星を見た。
あの、青い星と、白い星を、ぼくは、指さした。
「エステルさま。あの二つ、一年に一度だけ、会えるんだって。アルヴェインさまが」
「まあ」
エステルさまは、しばらく、その星を見て、それから、小さく、笑った。
「さみしい、と思いますか。一年に、一度しか、会えないなんて」
ぼくは、考えた。
「……ううん」
「どうして?」
「だって。一年に一度でも、かならず会えるって、きまってるんでしょ。三百年、ずれたこと、ないんでしょ。……それって、すごく、いいことだと、思う」
エステルさまの目が、星の光で、ひかった。
「テオは、やさしい子ですね」
◇
願いごとを、してもいい。アルヴェインさまが、そう言った。
ぼくは、目を、つぶった。
いちばん、さいしょに、うかんだのは、ぼくの、ほんとうの名前だった。おかあさんが、呼んでくれていた、名前。五年前に、いなくなった、名前。
それを、思い出せますように。
……でも。
ぼくは、となりの、エステルさまを見た。世界のどこかで、毎日、だれかに、忘れられていく人。なのに、この塔では、いちばん、名前を呼ばれる人。
ぼくは、願いごとを、かえた。
星のひとが、ずっと、この塔にいますように。塔の窓の灯りが、ひとつも、消えませんように。
ぼくの名前は、まだ、いい。だって、エステルさまが、約束してくれた。いつか見つけたら、うんざりするくらい、毎日、呼ぶって。だから、ぼくは、それまで、待っていられる。
待つのは、こわくない。もう、ひとりじゃ、ないから。
◇
青い星と、白い星が、いちばん近くで、ならんでいた。
でも、あしたには、また、少しずつ、はなれていくんだって。
それでも、いいんだ、と、ぼくは思った。
だって、一年たてば、また会える。星は、約束を、忘れない。三百年、いちども。
アルヴェインさまが、帳面を、とじた。
「書いた。今夜のことは、残る」
エステルさまが、ぼくの手を、にぎった。ハンナさんのショールが、ぼくの肩にも、半分、かかっていた。
窓の下のほうで、灯りが、いくつか、ともっていた。眠れない家族の、灯りだった。
ぼくの蝋燭も、下で、ゆれているはずだ。いつか、ぼくが、自分で、つけられる日が、くるといい。
でも、それは、今夜の、願いごとには、しなかった。
それは、ぼくが、自分で、かなえるものだと、なんとなく、そう、思ったから。
お読みいただきありがとうございます。七夕にちなんだ、星の夜の閑話です。
語り手は、名前のない少年テオ。一年に一度、いちばん近づく二つの星を見上げて、彼は、願いごとを一つ、選びました。自分の名前ではなく、星のひとの灯りが、消えないように、と。
物語の本筋は、動いていません。テオの本当の名前も、彼が自分の灯りを自分で点ける日も、まだ、この先です。次回からは、本編に戻ります。
離れた星も、一年に一度、かならず会えます。
消えた星の光は、それでも、届いています。
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