↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/66

第19話 記録抹消願

 半月後、モリスさんの「伝手」から、王都の報せが、まとめて届いた。


 モリスさんの伝手というのは、王宮記録庁の、古い知り合いなのだという。三百年も記録を扱う塔には、王都の書庫番たちとの、静かな付き合いがあるらしかった。


「まず、悪い報せから、で、ございます」


 広間の机に、書類の写しが、並べられた。


「メルローゼ伯爵家の『記録抹消願』、先週、王宮記録庁に、正式に提出されました。予想通り、奥様の署名欄には『病による署名不能』の診断書が、添えられております」


 父の署名。妹の署名。そして、母の欄には、署名の代わりに、医者の紙切れ。


「受理されれば、どうなるのですか」


「三十日の公示期間ののち、承認されます。承認されれば——エステルさまは、王国の記録の上から、生まれなかったことに、なります」


 生まれなかったことに。


 呪いは、人の記憶から私を消す。この紙は、世界の記録から私を消す。両側から、挟み撃ちだった。


「公示期間中に、異議を申し立てられる者は」


 アルヴェインさまが、訊いた。


「本人、または、利害関係者。……つまり、エステルさまご本人に、申し立ての権利が、ございます。本人が『生きていて、意思がある』ことを、示せれば」


「期限は」


「公示から三十日。本日で——残り、二十三日で、ございます」


「二十三日。十分だ」


 アルヴェインさまは、頷いた。


「証拠は、揃いつつある。マルゴの家計帳の写しは、先週、手に入った。仕立て屋と本屋の記録も、モリスの伝手が、写してくれている。母君の手紙と、合わせて——異議申立の書面は、私が書く」


「次に……その、もう一つ、報せが、ございましてな」


 モリスさんが、珍しく、言いにくそうに、新聞の切り抜きを、出した。


 社交欄だった。


『ヴィンター侯爵家のクラウス様、サリンジャー伯爵家のご令嬢と、ご婚約。来春の挙式を予定』


 ああ、と思った。それだけだった。


 自分でも、拍子抜けするくらい、胸は、痛まなかった。三日前まで婚約者だった人の記憶は、屋敷の玄関の、あの「僕は何も聞かされていなかった」の一言で、終わっていた。


 ただ、記事の続きを読んで、指が、止まった。


『クラウス様は、過日の婚約解消について、こう語られた。「前の婚約は、メルローゼ家が、令嬢の重大な瑕疵を隠して結ばれたもの。我が家は、被害者です。誠実な家のご令嬢と、改めてご縁をいただけたことを、感謝しています」』


 重大な、瑕疵。


 隠して、結ばれた。


「……嘘です」


 声が、出ていた。


「婚約のとき、呪いは、まだ、発現していませんでした。隠すも何も、誰も、知らなかった。それに、解消を申し入れてきたのは、呪いの確定の、翌朝です。誰よりも早く。被害者どころか、誰よりも早く、逃げた人です」


「分かっている」


 アルヴェインさまは、切り抜きを、手に取った。


「これは、彼の、保身の物語だ。『騙された被害者』の筋書きなら、彼は、傷つかない。社交界は、彼に同情し、君の家を、軽蔑する。……ただし、この男は、一つ、計算違いをしている」


「計算違い?」


「『騙された』と主張するためには、解消の時系列を、ずらす必要がある。呪いの確定を『知らされた』のが、いつか。解消を申し入れたのが、いつか。——本当の順序のままでは、『知った翌朝に逃げた男』だ。だから彼は、どこかの書面で、必ず、日付を、書き換えている」


 灰色の瞳が、すっ、と細くなった。


「そして、書き換えられた日付というのは、不思議なものでな。書き換えた本人は、忘れる。だが、ずらした日付の周りには、ずらせなかった記録が、残る。舞踏会の出席簿。教会への解消届の受理印。使者の早馬の、駅逓の記録。——全部の辻褄を合わせられた改竄を、私は、三百年で、一度も、見たことがない」


「クラウスさまの改竄を、暴くのですか? でも、それは、抹消願とは、別の話では」


「別の話ではない。同じ絵の、隣の駒だ」


 彼は、机の上の、例の図面に、新しい線を、書き足した。


「『令嬢の重大な瑕疵』『家ぐるみの隠蔽』——この物語は、君の父親の抹消願にとって、追い風になる。世間が君の家を責めるほど、『問題の娘の記録を消したい』という動機は、同情される。逆に言えば」


 線の先が、クラウスの名前を、突き刺した。


「この男の物語が、嘘だと立証されれば、絵の全体が、揺らぐ。……敵が増えたのではない。崩しやすい駒が、一つ、自分から、盤の上に出てきたんだ」



   ◇



 その夜、寝る前に、テオが、私の部屋の扉を、こん、と叩いた。


「星のひと。……あのね」


 もじもじと、後ろ手に、何かを隠している。


「はい、これ」


 差し出されたのは、不格好な、星のかたちの——木彫りだった。ナイフの跡も、生々しい。


「ハンナさんが言ってた。王都の、わるいやつらが、星のひとを、紙のうえから、消そうとしてるって。だから、ぼく、つくった。紙じゃないやつ。……木は、消せないから」


 テオは、早口に、続けた。


「ぼく、字、まだ、へただから。なまえは、モリスさんに、彫ってもらった。ほら、うら」


 裏返すと、たどたどしい飾り文字で、彫ってあった。


『エステル』


「これなら、もし、ぜんぶの紙が、燃えても。ぜんぶの石が、消えても。……のこるでしょ」


 私は、その夜、木彫りの星を、枕元に置いて、眠った。


 王都の誰が、何を、消そうとしても。


 この塔には、消せないものを作る人たちが、いる。


お読みいただきありがとうございます。


抹消願、提出。公示期間、残り二十三日。

そして元婚約者は「被害者の物語」を語り始めました。

けれど、改竄の周りには、ずらせなかった記録が残ります。


テオの木彫りの星には、名前が彫ってありました。

「木は、消せないから」。


次回、第20話「母の署名」。

異議申立、提出。そして、塔に、思いがけない来客があります。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

枕元の、木彫りの星に、☆ひとつ、お力添えを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。