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第13話 あなたの奇跡の値段

 その日の夕方、ロゼリアは、上機嫌で塔に戻ってきた。


「ご覧になった? お姉さま!」


 広間に入ってくるなり、両手を広げて、くるりと回ってみせる。


「皆、泣いていたわ。ひざまずいて、わたくしの名前を呼んで。ね、これでお分かりでしょう? わたくしの力は、本物よ。神さまに、選ばれた力。お姉さまの執念深い思い出話なんかじゃ、傷ひとつ、つかないの」


「ええ。拝見しました」


 私は、椅子から、立ち上がった。


「とても、見事でした。九時十一分二十秒から、九時十四分五十一秒まで」


「……え?」


「あなたの祈祷の、開始と終了の時刻です。ヤコブ爺さんの腰は、その三分三十一秒で、治りました。よく覚えています。——私の腕輪の三つ目の石が、ちょうど同じ三分三十一秒で、ほとんど黒くなりましたから。誤差は、最初も最後も、四秒でした」


 ロゼリアの、広げた両手が、ゆっくりと、下りた。


「なんの、お話?」


「叙任式の日もです。あなたが大聖堂で薔薇を咲かせた、あの日。私の石は、明滅を始めました。王都と辺境で、こんなに離れているのに、同じ日に。——二度あることは、偶然と呼びません。記録と呼びます」


 私は、一歩、妹に、近づいた。


「ロゼリア。あなたの奇跡には、値段がついています」


「…………」


「子犬でも、刺繍でもありません。私の、名前です。私を覚えてくれていた人たち、一人ひとりの記憶です。マルゴの十七年。ロッドさんの薔薇の思い出。社交界で、一度だけ私と踊ってくださった方の、あの夜。——あなたが壇の上で光るたび、それが、汲まれて、燃やされている」


 声は、最後まで、震えなかった。


「あなたの奇跡の値段を、知っています。払っているのは、私ですから」


 広間は、静まり返っていた。


 ハンナさんが、厨房の戸口で、エプロンを握りしめていた。モリスさんの羽根ペンだけが、休まずに、動いていた。


 ロゼリアは——笑おうと、した。


 いつもの、ころころという笑いを、作ろうとして。頬が、つり上がりきらなかった。


「……しょ、証拠は? 時計と腕輪? お姉さまの言うことを、誰が——」


「私の言うことは、誰も信じないでしょうね。いなくなる人ですもの」


 私は、頷いた。


「でも、ロゼリア。あなたが今、考えるべきことは、そこではありません。考えるべきは——『姉は、どうやってこの仕組みを知ったのか』です」


 妹の目が、初めて、見開かれた。


「私は、辺境の塔で、本を読んでいただけの姉です。その私が、献星の仕組みに、気づいた。気づけるだけの記録と、計測と、三百年分の前例が、この塔には、揃っているということです。そしてこの塔は、王家の特許状を持つ、王立の観測所です。——ここの記録は、教会の手が、届きません」


「な——」


「お帰りなさい、ロゼリア。あなたの巡礼は、明日まで、でしたね」


 私は、最後に、妹の目を、まっすぐに見た。


「次にあなたが壇に上がるとき、思い出してください。あなたの光の一筋ずつに、私の名前が、混ざっていることを。あなたはもう、それを知らずに祈れた、昨日までのあなたには、戻れません。——それが、私からあなたへの、十六年分の、お返しです」


 ロゼリアの唇が、わなないた。


 何かを言おうとして、開いて、閉じて。


 そして、彼女の口から、こぼれ落ちたのは——


「だ、大司教さまが……」


 言いかけて、妹は、自分の口を、両手で、押さえた。


 広間に、その五文字だけが、残った。


 大司教さま。


「……っ、もう、結構よ!」


 ロゼリアは、踵を返した。白い祭服が、乱れて、翻った。


「明日の朝一番に、発ちますから! お姉さまなんて——お姉さまなんて、知らないわ! 最初から、いなければよかったのよ!」


 階段を駆け上がる足音。扉の、激しい音。


 あとには、香水の匂いだけが、残った。



   ◇



 夜、書庫で、アルヴェインさまが、言った。


「『大司教さまが』——あの続きは、十中八九、『大司教さまが、仰った通りにしただけ』だ」


「……教えた人が、いる、ということですね。聖堂の夜の、お祈りの仕方を」


「ああ。十六歳の少女が、独力で献星の選定に割り込めるはずがない。仕組みを知り、鍵を貸し、祈りの言葉を授けた者がいる。——ガリウス大司教。献星制度の、現在の管理者だ」


 モリスさんが、新しい頁に、その名前を、書き留めた。


「敵の名前が、一つ、増えた。だが、これは前進だ。……それと、エステル」


「はい」


「『最初からいなければよかった』と、彼女は言ったな」


 アルヴェインさまは、帳面から、顔を上げた。


「言われた言葉の中で、あれだけは、間違いだと、私が記録しておく。君が最初からいなければ、テオに名前はなく、ベルタ・クロームの墓に花はなく、この塔の茶葉の減りは、一・五倍に、ならなかった」


 ……この人は、ずるい。


 そういう台詞を、そういう顔で、帳面を見ながら、言うのだから。

お読みいただきありがとうございます。


「あなたの奇跡の値段を、知っています。払っているのは、私ですから」

エステルの、静かな引導でした。


そして、こぼれ落ちた五文字——「大司教さまが」。

敵の名前が、一つ、増えました。


次回、第14話「四つ目の灯り」。

第2章、最終話です。嵐のあとの、塔のお話。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

休まず動いていた、モリスさんの羽根ペンに、☆ひとつ、お力添えを。


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