表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第10話 献星の残りかす

 二人きりの茶会は、塔の二階の、日当たりのいい部屋で開かれた。


 隣室との扉は、開いている。ロゼリアは、気づいていない。アルヴェインさまは、足音はおろか、気配の音まで、消せる人だった。


「ねえ、お姉さま。帰ってこない?」


 お茶が半分になった頃、ロゼリアは、唐突に、そう言った。


「……帰る? どこへ」


「王都へ。わたくしの、おそばに」


 妹は、頬杖をついて、にこにこと笑った。


「考えましたの。お姉さまを、聖女付きの、侍女にしてさしあげる。そうしたら、毎日、おそばにいられるわ。呪いで皆に忘れられても、平気よ。だって侍女ですもの。誰もいちいち、名前なんて、覚えませんわ」


 ぞっとするほど、合理的だった。


 忘れられる人間の居場所は、最初から誰にも覚えられない場所——それが、妹の優しさの、設計図だった。


「それは、できません」


「あら、どうして?」


「私、ここで、仕事をしていますから」


「仕事?」


 ロゼリアは、目を、ぱちぱちさせた。それから、ころころと、笑った。


「お仕事ですって。お姉さまが? あの、お屋敷の隅で、本ばかり読んでいたお姉さまが? ……ふふ、ごめんなさい。それで、どんな?」


「忘れられた人の記録を調べて、世界に、返すんです」


「…………」


 妹の笑いが、止まった。


「死んだ人の、名前を調べて、墓石に、彫り直すの? それ——なんの、得になるんですの?」


「得には、なりません。でも」


「ああ、いいわ。分かった。分かりました」


 ロゼリアは、ひらひらと、手を振った。退屈した子供の、仕草だった。


「お姉さまは、昔から、そういう、もの、が、お好きよね。押し花とか。古い手紙とか。死んだ人とか。——生きている人間の役に、立たないものばかり」


 そのとき、扉が、小さく、鳴った。


 お茶のお代わりを運んできた、テオだった。盆を持って、入っていいものか、戸口で、もじもじしている。


「あら、あなた」


 ロゼリアが、テオを見た。


「昨日から思っていたのだけど。あなた、どこの子? 使用人にしては、行儀が、なっていないわ」


「テオは、この塔の、家族です」


「家族?」


 ロゼリアは、テオの顔を、じっ、と見た。聖女の目が、すっ、と細くなった。


「……ああ。思い出した。報告書で、読んだわ。先代の献星の、産んだ子ね」


 産んだ子、という言い方に、指先が、冷えた。


「母親の記録は、確か、五年前に抹消完了。ということは、あなた——」


 妹は、小首を傾げて、にこ、と笑った。テオに向かって。天使のような顔で。


「献星の、残りかすじゃない」


 時間が、止まった気がした。


「回収もされずに、こんなところに残っていたのね。母体の記録が消えたら、付随物も処理するのが決まりなのに。教会の帳簿づけは、本当に、ずさんだこと——」


「ロゼリア」


 自分の声が、自分のものでないみたいに、低く、響いた。


 妹が、こちらを向いた。


「あら。お姉さま、怖い顔」


「今の言葉を、取り消しなさい」


「言葉? どの?」


「全部です」


 テオは、盆を持ったまま、棒立ちになっていた。大きな目が、見開かれて、揺れていた。残りかす。付随物。処理。その一つ一つが、十歳の子供の、どこに刺さったか——考えるだけで、目の前が、白くなった。


「テオ。お茶を、ありがとう。下で、ハンナさんと、味見をしていてくれますか。とびきり甘いのを」


 テオは、こくり、と頷いて、廊下を、駆けていった。


 足音が消えるのを待って、私は、妹に、向き直った。


「ロゼリア。あなた、今、報告書、と言いましたね」


「……あら」


「先代の献星の報告書を、読んだ。記録の抹消が、完了している。付随物の処理の決まりも、知っている。——あなた、献星の制度に、ずいぶん、お詳しいのね」


 ロゼリアの扇が、ぱちん、と開いた。


「聖女ですもの。お勉強くらい、しますわ」


「では、お勉強の成果を、もう一つ、聞かせてください」


 息を、吸った。三月間、訊けなかったことを、訊くために。


「献星は——どうやって、選ばれるのですか」


 扇の上の目が、初めて、泳いだ。


「ロゼリア。私が選ばれた、あの日。査問官さまが家にいらした、あの日の前の晩。あなた、聖堂に、いましたね。私、覚えているんです。あなたの靴に、聖堂の白い砂がついていたのを。あなたは『散歩よ』と言いました。叙任前の候補が、夜の聖堂に、一人で入れるはずが、ないのに」


「…………」


「あなた、あの夜、聖堂で、何をしていたの」


 長い、長い沈黙のあと。


 ロゼリアは、扇を、ゆっくりと、閉じた。


 そして、笑った。今度は、天使の顔ではなかった。


「——お祈りよ」


 妹は、立ち上がりながら、言った。


「『お姉さまが、選ばれますように』って。……だって、わたくしと、お姉さま、二人にひとつしか、ないんですもの。仕方ないじゃない?」


 窓からの光を、背に受けて。


 聖女は、それはそれは、美しく、微笑んだ。


お読みいただきありがとうございます。


仮面が、剥がれました。

「お姉さまが、選ばれますように」——あの夜の聖堂での、お祈り。

呪いの押し付けは、偶然では、ありませんでした。


テオに向けられた言葉は、書き写すのも、つらい言葉でした。

ですが、隣の部屋で、すべてを聞いていた人がいます。


次回、第11話「覚えています」。

エステルの反撃は、彼女が一番得意なやり方で。


ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。

お茶の味見に向かったテオの背中に、☆ひとつ、お力添えを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ