16.灯台守の依頼
私はまた灯台の下の部屋に戻ってきた。
浮かんだまま運ばれたダイラーは、部屋の真ん中でプチっとスイッチを切られたように床に落とされた。背中をしこたま打ったはずだが、本人はまだ頭を抱えて転がっている。
「おい、大丈夫か」
「ああ……ううぅ」全然大丈夫じゃない呻き声だ。「お前は、平気か」
「今のところは。何故だろう」
「お付きのトカゲ君がよく働いていますね」
灯台守が元のイスに座りながら言った。
「蓄積された生体データに基づいてうまく調整しています」
「あいつをせめてベッドかソファに寝かせてやりたいんだが」
「形だけならできますよ」
灯台守が部屋の隅に目をやると、そこに床から四本の木の角材がどんどんのびて、3Dプリンターで作成されるようにベッドの形ができていく。
「私では寝具の柔らかい感覚をうまく再現できないので、お休みできるかどうか」
「それでもいい。雑に扱うだけで回復が遅れそうだ」
「そういうものですか。わかりました」
マットレスの敷かれたベッドが出来上がると、ダイラーが再び浮いてそこに寝かされた。
攻撃は効かない、物品は自由に作れる──ガルですらそんなことは許されないはず。灯台守はゲーム設定を越えた完全に上位の存在だ。なぜこんなものが目の前に現れているんだ……微笑とも無ともとれる灯台守の顔が仏像と重なってきた。ベッドのそばで立ちすくんでいると、灯台守と机を挟んだ反対側にもう一つイスが作られた。
「あなたもこちらにお座りください」
「いや結構。ここであなたの話を聞く無礼を許してほしい」
座るどころか「降参。どうにでもして」と大の字になったほうがいいのかもしれないが、どうしても構えを解く気になれない。
「話ですか……」
灯台守は少しうつむくと、突然呪文のような言葉をつぶやいた。
「月が冷たい虹色に輝く時、水面にその影を映す時は、両界と両の民が交わる時……」
「え、なんですかそれは」
「この世界にある理の一つです。実際そうなるのです」
灯台守はおもむろに立ち上がると、天井を見上げた。
「先ほどから冷たい虹色の月が上がります。そのうちここに潮が満ちます。そうすれば月が水面に映るところから、他の世界が重なるのです」
「なにかのイベントの始まりだろうか?」
「定められたストーリーではありません。“理”なのです。理を元にして起こる事象は、世界の入れ物を管理する私ですらコントロールすることはできません。コントロールしようとするとひずみが生じ、膨大なエネルギーを消費するだけでうまくいかないのです」
灯台守の話を信じれば、私たちはこれまでとは違う次元にハマっていることになる。そういう理解でいいのか。足元や頭がグラグラしてきた。
「ええと……世界というのは、オルエンディーワールドなんかのゲームのことでいいんだよな」
「ここはオルエンディ―ワールドと名付けられ、他はまた別の名前で呼ばれるところです。だいたい似たような基準の世界がよく交わりますが、そうでないこともあります」
「そうなんだ。それが世界の理で、それで問題なくゲームができて私たちは遊べているんだな。知らなかったよ。できれば、あなたの力で正しくログアウトできるように直してほしい」
「それが、今、オルエンディ―ワールドと重なる世界は、強力で得体のしれない軍団を連れているのです。真の魔王のようにオルエンディ―ワールドを侵食している。この砂漠はこれまでの浸食の跡。もうすぐ大陸すら削るでしょう。そこまでくると、この世界のあらゆるバランスが崩れ、物語も成立しなくなる。トカゲ君たちが直しても直しても原因不明のバグに襲われ、オルエンディ―ワールドは撤退、サービス停止です」
「それ、ちょっと困るな」
「でしょう?」
灯台守はニコリと笑った。
「どうです、あなた方。本当にオルエンディーワールドを救ってみませんか? 本物の英雄になれますよ」
「この世界の“本物”な……」
私たちを乗せたい思惑見え見えなのについ引かれてしまう己に突っ込む。
ダイラーがむくりと体を起こした。
「それはいいけどよ。ログアウト、直してくれないか。大仕事の前にいったんゆっくりしたい。薬も買いに行けねぇ」
「それはできません。理の力が働いているところなので」
「なら、その“理”ってやつ直した方が早くね? どうすればいいのよ」
「理の事象は、月や太陽の重力などが関係していると推測されます。星の並びは私や生身のあなた方でもどうしようもありません。限界ならゲーム機をはずしてください。起き上がれたのなら外しても生活に支障はありません。ウェアラブルゲーム機と1年半リンクできなくなる程度の障害で済みます」
ダイラーが再び頭を抱えた。
「1年半! 生活に支障はなくても俺の人生に支障があるわい!」
「そうですか。その期間健康でいれば自然治癒するのですが」
私も灯台守に言ってやった。
「わかってないな。『クエスト強制参加でゲロまみれ』のほうがうんとましさ」




