17.あの人再会
灯台守は苦笑しながら大げさなくらい肩をすくめてみせた。
「そこまで言われるのであれば、もう何も申しません。ご協力していただけるのはありがたいことですし。次の月が上がるまでじっとしていれば、少しは体も休まりましょう。私は準備がありますのでここを離れますが」
「かまわないよ。月が昇るまでここで待っていればいいんだろう」
「そうです。ここからあまり離れないように。では」
灯台守は軽く一礼して、その姿勢のまますっと溶けるように消え失せた。
ダイラーがベッドの上でゆっくりと上半身を起こした。
「退場の仕方が『なんとか様』というより幽霊だぜ。神託を受けたんだから、もっとらしく演出してほしいね」
私も頷いた。
「『人間のことはよくわからない』って言いたそうだったところは、ある意味らしいけどね」
二人して天を仰いでハハハハと笑った。攻撃も効かない存在によく分からないことを押し付けられたら、もう笑って流すしかないんじゃないだろうか。
「なんだよ。動けないのは演技だったのか」
「気分が悪くなったのは本当だ。どうせあいつらデータ取ってるんだから強がっても仕方がない。大げさに言えば何かしてくれるんじゃないかと思ったんだけどよ」
「とりあえず月を待つしかないな。たき火でも出しとくか。そんでもって飲み物取ってくるよ」
私がたき火を暖炉に置くとちょうど暖炉が燃えているようになった。体力もスキルポイントも全開だが、休む時はずっとこうしていたので、本当に気分の問題だ。
たき火を出すのと同時に、ダイラーが勢いよくベッドから飛び降りた。
「じゃあ、俺はウンコしてくるわ」
ダイラーはそのまま直進して部屋の壁に突き当たると、突き当たったまま足踏みしながら横滑りして扉から出て行った。ゲーム機をはずしていないので、部屋の中を移動する動きをそのままトレースしている。トレースを一時中断するコマンドもあるのだが、それをクリックするのもめんどうなくらいこの生活が日常になっていた。
私はダイラーの行く先を見届けてからキッチンへ向かった。視界はゲームの景色のままだが、自宅の中は手探りで歩けるから問題ない。
ただ、空気イスでほっこりしているリザードマンを絶対目に入れないよう動く方向には細心の注意を払う。
灯台の奥の部屋に入り、漆喰の中にある冷蔵庫を開けて中を探っていると、ピピッとダイラーから通信が入った。
「なんかいる。すぐ来てくれ」
うげっ……と反射的に声が出たが、触れた飲み物や軽食を掴んで急いで戻った。一人がトイレや来客で動けない時は残りがフォローする。MMOは持ちつ持たれつだ。ゲーミングチェアに飛び込んで持ってきた物は足元に放って、装備をチェックしながら灯台を出た
灯台の外は遮蔽物のない草原だ。メジャーリーグ球場が建てられそうな広場で用を足すのは気持ちがいいだろう。案の定、その真ん中に腰を浮かしたダイラーがいた。目をそらしかけたが、やつが睨む先、風と砂漠の合間がゆらゆらと歪んでいる箇所があった。
蜃気楼じゃないかなと当たりをつけながら、それとダイラーの間めがけて走る。それは練りこまれるようにぶ厚くなり薄く広がり、ブツブツと分裂して飛び回り、一つにまとまり、光り……突っ込んできた。一直線だ。
間一髪盾で弾き上げた。
空中に舞い上がったのはフードを被った軽装の女だ。レイピアを握っているが、着地すると光弾を散開させて雨あられと投げつけてきた。
再び盾で防御。不気味なやつだと魔法防御に特化した盾に変えて正解だった。
「ったく……」盾の陰で、ダイラーが(ズボンを上げるジェスチャーをしながら)立ち上がった。
「トイレ中に襲ってくるなんて、あいつ人間じゃねえぞ」
「あのなぁ。言ってる間に体勢整えろよ」
「あとは任せろ。サンキューな」
両手に戦斧を出してダイラーが飛び出した。光弾を広い刃ではじきながら距離を詰める。
ダイラーの斧をかわした身軽な女がレイピアで突く。
フードがはらりとたおれて顔が露わになった。
知った顔だ。ミネルだ。
私に『ありがとう』と言って飛び立ったミネルだ。
ダイラーもあっという顔になる。
ミネルは、顔が出ても臆することなくダイラーに攻撃を続けている。さすがのダイラーもちょっと引き気味で対応しているが、ミネルは鬼のような形相で攻撃を繰り出してくる。
こんな怖い顔をしたミネルは今まで見たことがない。
ミネルの深い飛び込み突きをダイラーがギリでかわした時、ダイラーがミネルの腕を摑まえて動きを止めた。
ミネルがダイラーを睨みつけながら叫んだ。
「離せバカトカゲ! 潔くその首出さんか!」
「離せって言ったって。『ああ清々した。バハハーイ』って飛んでいったのはそっちだろうが。なんで帰ってきたんだよ」
「うるさいうるさい! せっかく港のヒト達が動けなくしてくれてたっていうのに。なんでこんなことになってるワケ!? チクショー! もう知らない!」
「こっちがワケ分からんよ。おーい、レオパ。こいつどうする? おーい。レオパルトどうした? なに固まってるんだ?」
「いや、なんつうか、その……」
顔はミネルだ。間違いない。でも……
ミネルの大きな声なんて初めて聞いた。(悲鳴は聞いたことあったけど……)
しかも『バカトカゲ』『チクショー』
たき火の前で私の手をそっと握ってくれたミネル。私の後をけなげについてきていたミネル。『私だけの冒険を始めに行きます』と静かに微笑んで去ったミネル……それが、私の記憶のミネルだ。あの彼女からそんな言葉が出るだろうか。私は……
「そいつ偽物だ。『うるさいチクショー』なんてミネルは言わない」
「はぁ!? なにいってんのこいつ。私はミネルよ!」
「黙れ偽物! 私のミネルをかえせ!」
「あー……また頭痛くなってきた。とりあえず中入ってミネルの話聞くか」
「そいつはミネルじゃない! ミネルはそんなワルい子じゃない!」
「ミネルだって言ってるでしょうがバカヒューマン!」
「二人とも落ち着け。武器を下ろせ。中に入ろう。俺のアイテムに茶があるからそれでも飲みながら話をしよう」
「あら、戦闘バカトカゲがお茶出すなんて。ちょっと大人になったんじゃなーい?」
「ほらやっぱりニセモノだ……」
「泣くなレオ! 現実を見ろ! リアルに茶を飲め!」
私は近くに置いていたペットボトルを掴んでがぶ飲みした。炭酸が鼻から吹き出して涙と一緒に流れ落ちた。
それをティッシュで拭きながら、ダイラーに引っ張られつつ私に歯をむくミネルもどきの後をふらふらとついていく。確かに途中まで彼女の後を追っていたけれど、これはミネルじゃない。じゃないはずなんだ。




