15.感謝感謝されたけど
うっすら残る魔法の光で私が空中に漂う中、眼下では森神の巨体が無骨な斧を打ち込まれたように真っ二つに引き裂かれた。これでシナリオはクリアだ。
やったぞ!とニヤけた瞬間、光が消えて重力が再開した。魔法効果範囲にあった残骸と一緒にすごい速さで落下していく。マントの端を掴んで風を捉えておけばよかったのだが、気づいたのが遅かった。このままだと地面に叩きつけられて死亡判定、すなわち強制ログアウト。あんなに頑張ったのにクリア無意味。ヤバい。
諦め悪く手足をばたばたさせると、太くてざらっとしたものに触った。反射的にぎゅっと掴んで落下を食い止める。私がぶら下がったのは、崩れゆく森神の半身に立つダイラーのしっぽだった。
「借りは返したぜ」
ダイラーはしっぽをグルんと振って私を引き上げた。私たちはバラバラになっていく森神の残片をうまく渡りながら、笑い、雄たけびを上げ、飛び跳ね、大地に降り立った。
いつの間にか夜になっていて、砂漠の地平線からビスマス結晶のような虹色の角ばった月が昇った。オルエンディーワールドでもこんな月は見たことがない。クリアの証なのか、次のイベントの始まりなのかわからない。何でもくればいい。何が来ても撃破してやる。
木こりに案内されて向かったナナシ港は、森神の残骸を越えた先、森がそのまま砂漠にのびたような岬の端にあった。
波止場に船が並んでいる漁港のような場所を想像していたのが、実際は石垣やコンクリートで湾岸を固めた要塞だった。堅固な城壁からいくつも突き出た大砲が、砂漠の果てを睨んでいる。何に撃ち込むつもりなのだろうか。
城門の扉をくぐると、待っていた大勢の住人に大歓迎された。
「ありがとう! ありがとう!」と紙吹雪が舞う中、市長と名乗る上質な服を着た男が前に出てきて、我々をパーティー会場まで案内した。
広場に設けられた会場にはごちそうが並び、着飾った男女のダンサーが待っていた。
私とダイラーはみんなと一緒にごちそうを飲み食いし、肩を組んで歌い踊った。
そして、気がついた時には狭い箱の中に仰向けになっていた。瞬きはできるが、手足は動かない。酔っぱらって寝てしまったというイベント進行なのかと思いきや、驚いたことに現実の体も動かなかった。指一本どころか声も出せない。
箱は粗末な木箱で、蓋の隙間から少し光が入ってくる。箱ごとずるずると引きずられてどこかへ運ばれているようだ。
「意識が戻りましたね」
唐突に箱の外から声がした。中性的で今まで聞いたことのない声だ。
「でも、いいというまで無理に動こうとしないでください。何とかしてヘッドレストを取ろうとか、もっての外です。無理に接続を切れば脳が傷つきます。外部にも警告を出していますから外の人にも分かるはずです。お二人共同居の方はいらっしゃらないそうですが、念の為」
二人ということは、近くにダイラーもいると考えるのが自然だ。NPCは“ヘッドレスト”なんてゲーム世界ぶち壊しのワードは使わない。運営側のアナウンスなのだろうか。でもガルとも違う気がする。
(ガル、ガル。どうなっているんだ。ガルが説明してくれ……)
声が出ないので頭で念じてみたが反応はなし。変な汗が流れてきた。
とりあえず大人しく寝ていることにする。現に動けないし、脳が傷つくのは恐ろしい。本当のことを言っているのかと疑う気持ちもあるが、検証もできない。
だんだん焦りと不安が募ってくる。気分の決壊はヤバい。紛らわすためと時間を計るために数を数えることにした。落ち着いて、秒針を思い浮かべて、1,2,3,4……
ありがたいことに178まで数えた時、ズルズル、ザラザラと引きずられる音が、ガタゴト、ガタンと硬い音に変化し、引きずられるのが止まった。変化があったことに心底ほっとした。単調なまま200とかいっていたら泣いていたかもしれない。
「まずレオパルトさんを起こします。ゆっくり動いてください。建物から飛び出したりしないと約束してくださいね」
箱のふたが持ち上げられ、明るい光が飛び込んできた。眩しさに体がびくっと震えた。
目が慣れても、寝たまま様子をうかがってみる。白い漆喰の壁と天井。空気感は城とか教会などの特別な場所ではなく普通の家っぽい。
「レオパルトさん、起きても大丈夫ですよ。それとも、ゲーム機の方をはずしますか?」
いや、何が起こったのか分からないまま離脱するのはかえって落ち着かない。恐る恐る上半身を起こす。誰に起こされたのか分からない白雪姫になったみたいだ。
ここは、オルエンディーワールドでは一般的な中世ヨーロッパ風の家屋の一室だ。私が寝ていた棺桶のような木の箱は床に置かれていた。隣に蓋の閉まったもう一つの箱。木の床、白い壁と暖炉。その前に木のテーブルと椅子。
その椅子に、ゆったりしたローブ風の服を着た男がすわっていた。
二十歳いくかどうかの若い青年で、この世界でよく見るモブ青年より整った顔立ちだ。モブの顔はひな形パーツの組み合わせで作られていて似たような顔に会うこともたまにあるが、それよりも明らかに丁寧に作りこまれた特別な顔をしている。会っていれば気づくはずだが、覚えはなかった。体はひ弱というほど細くはないが、棺桶を二つも引きずって歩けるような力があるとは思えない。
青年は行儀よく膝に手を置いて私をまっすぐ見て話していた。
「あなたが立ち上がれたら、ダイラーさんを動けるようにします。ダイラーさんは、起き上がると私にとびかかってくると思うので、レオパルトさんにはそれを止めてほしいのです」
「そのために私を先にしたのかい。わかった。言う通りにしよう」
私はゆっくり立ち上がって箱から出ると、隣の箱のそばで身構えた。
青年が右手を上げると、箱のふたが持ち上がった。ふたが床に置かれるかおかれないうちに、ダイラーが愛用の戦斧を振りながら飛び出した。私が割って入る隙なんてなかった。もとより止められるとは思っていなかったから、すぐにプランBに移る。
私も剣を抜いてダイラーに合わせた。ダイラーが首なら、私は腹だ。
青年の狙い通りの個所に私たちの刃は食い込んだ。でも青年に変化はなく、まっすぐ前を見て座っているだけだ。血のエフェクトもなければ消えることもない。倒せないキャラクターなのだ。
それならプランC〈逃げる〉発動。私とダイラーはすぐさま部屋のドアから外に出た。
周囲は草原や低木に囲まれていて見晴らしはよかったから、ここの場所はよくわかった。高く上がった日に照らされた、砂漠の海のど真ん中にポツンとある島の上。360度砂の海でどこから来たのかも判別不明。二人並んで茫然と立ち尽くした。私たちが出てきた建物は、島の真ん中に堂々と立つ白い灯台だった。
私ははっとしてガルを呼んだ。
「ガル! ガル! 出てきてくれ。説明を。あいつは誰だ」
ガルは出てこなかった。その身代わりのように、あの青年が灯台のドアからのっそりと出てきた。
「さすがはオルエンディ―ワールドの上位プレイヤー。楽しんでおられるようで何よりと言いたいところですが、少し激しすぎませんか? 帰っても生活は大丈夫ですか?」
ダイラーは振り返って、戦斧を担ぎ胸を張った。
「心配無用だ。あんたたちのハイレベルで無茶ぶりな進行のおかげかなぁ。我慢強さと問題解決スキルが高いと評価されてよ。バイトの時給も上がって、ちょいと休暇が取れるほどだ」
私も剣を大地に差し柄に手を添えて青年を見据えた。
「こちらもストレス解消になって悪くない生活を送っている。あんたが運営側なら毎日世界一のラーメンをおごりたい気持ちなんだ。ガルにもね」
「あのAIはまだ応える余裕はないですよ」青年はちょっと首を傾げながら言った。「あなたたちの感覚を守るのに一生懸命働いています」
「私たちの感覚?」私たちは顔を見合わせた。
「まだ本調子じゃないということです。なのに二人してとびかかってくるとは。そういう心配をしているのです」
目の前のダイラーが急に座り込んで、おえええーと嘔吐した。
「あああ頭痛てえ。これが天気痛か? 低気圧くるのか?」
青年が溜息をつくと、ダイラーは頭を抱えたままふわりと浮きあがった。
「まだ中でゆっくりしていてください。お話ししたいこともあります」
私は深呼吸しながら自分の体を撫でまわしてみたが、今のところ何ともない。
私は浮いているダイラーを連れて中に入ろうとしている青年に言った。
「あんたは誰なんだ。運営側のようだが人でもない感じがする。まさか、世界を作った『何とか様』とか言うんじゃないだろうな」
青年は立ち止まり、こちらを向かずに応えた。
「鋭い方ですね。私は人ではありませんし、この世界では『何とか様』に近いでしょう。でも、そう呼ばれるには誤解がすぎます。名前が必要なら、場所にちなんで『灯台守』とでもお呼びください」
名乗られても頭はハテナマークだらけのままだ。
私は『灯台守』の後について入るしかなかった。




