14.森神のてっぺん
ダイラーが軽く揺れながら動かなくなる。キャラの右上に出たウィンドウに「ダイラー:待機中」と出ているから、中の人がキャラを動かすのを中止してどこかいじっているのだ。見守っていると、ダイラーのキャラの解像度が時々下がり、一時キューブの寄せ集めにまでなった。
「だめだ」と言ってダイラーはいつもの状態に復帰した。「でもやれるところまでやる。後悔は嫌だ」
「そうはいっても急に動かなくなるのは困るよ。ここからは私が先頭に立とう」
私の負担は大きくなるが、前衛が落ちていきなり無防備になるのよりはましだ。ダイラーには花と側面から来るハチなどの相手をしてもらおう。
私は左手のハンドアックスをロングソードに変えて先頭を進んだ。後ろからダイラーが期待通りの活躍をしながらついて來る。
蔦は途中で枝分かれし、一方は幹の割れ目に食い込んでいた。私たちはそこから木の内部に入った。
木のトンネルの登り路で〈ライト〉は本当の懐中電灯となり、敵にシロアリの集団が加わった。壁からゴソゴソと音がしたかと思うとそこを食い破って現れる。もう前も後ろもなく、狭い道に現れる敵を二人で次々に倒し、屍を蹴り散らして突き進む。
ついにトンネル前方に光が差して、森神のてっぺんと思われる所に出た。
私たちが恐る恐る出て行くと、幹が放射線状に枝分かれをして大きな広場を作っていて、トンネルの出口は広場の縁にあった。虫などはいないが、広場の真ん中に輝く小枝が浮いていた。小枝の足元には腐れたところをくりぬいた様な大きく深い穴が開いていて、小枝には近づけないようになっていた。
(あれが弱点だろうか)私がダイラーに目配せで尋ねる。
(知らん)眉間にしわを寄せたダイラーが顎で輝く小枝を差す。(このハンドアックスを当ててみようぜ)
ダイラーが木こりから貰ったハンドアックスを投げようとすると、輝く小枝から声が伝わってきた。
──人間よ。許しを請い、身を投げ出して、詣でよ。社はここぞ、ここぞ……
言葉は偉そうだが、子供のような可愛らしい声だ。小枝はケラケラ笑いながらすっと穴へ落ちていった。
私とダイラーは穴に走り寄ってのぞき込むと、あっと声をあげた。
虫だ。深い穴の中は、今まで出会った虫ども──ハチ以外の翅のないタイプばかり──が、二重三重に折り重なってうごめいている。虫の坩堝だ。その中心に輝く小枝が刺さっている。穴の壁に沿ってぐるりと下へ向かう階段があるが、行けば虫の坩堝へドボン。小枝の言葉通り虫どもに“身を投げ出す”ことになる。
ダイラーが思い切ってハンドアックスを投げたが、周りの虫が飛び上がって枝を守った。私たちに気づいた虫が一斉に階段や穴の壁を這いあがり始める。懐中電灯くらいの魔法じゃ捌ききれないのは明白だ。
ダイラーが頭を抱えて叫んだ。
「こいつらみんな倒せってか。もうやめてくれ!」
私も叫びたかった。ああ、もう虫はたくさんだ! もう見たくない!
「ダイラー、風を起こしてくれ。私を空中へ巻き上げてくれ!」
「それでど真ん中へ飛び込む気か」
「いいから早く! あいつらを穴から出したくない! キモすぎる!」
ダイラーが両手に戦斧を持ち、回転して竜巻を起こした。
私は素早く黒蜘蛛のマントを羽織り、風を含ませて舞い上がった。体が上下斜めとあらゆる方向に回転して吐きそうになりながら、穴が小さくみえるほど高く上がり、なんとか穴の中心を足下にしたまっすぐな態勢にもってきた。
ダイラーの竜巻が消えて落下が始まる前に魔法の杖を構えた。杖には最上級の光魔法がセットしてある。今まで一回も放ったことはないが、最上級なんだからあの虫どもをなんとかするほどすごいに違いない。“燃やす”でも“溶かす”でも“吹っ飛ばす”でも何でもいい。とにかくあいつらを消してほしい。
期待に応えろ! スキル光魔法〈画家の光線〉!
目をつぶって杖を穴に振ったが、ハイライトのようなまぶたを突き抜けた眩しさはない。そっと目を開けると、上空から太い光の筋が差して森神の穴全体を照らしていた。ほっこりする柔らかい光だ。それでも穴の中の虫は一斉に跳ねた。空中の私の周りが跳ねた虫で真っ黒になるほど。壮絶な光景に声も出ないが、ありがたいことに密集する虫どもは落下する私の踏み台になり、光の柱の中で私をトスしながら白い天使の羽根を羽ばたかせ上空へ上がっていく。
え? 羽根? 虫に天使の羽根?
目をこすって周りの空へ向かう虫たちを見直してみるが、やっぱりふわふわの羽根が生えている。虫の天使だ。
頭に天使に体を掴まれて昇天する人の姿が頭に浮かんだ。昇天──これって“昇天”ってやつか。天才画家のモデルをやって手に入れたスキルだからか? 葉っぱのパンツ一丁で体を作ってこいとか……あれは恥ずかしかったな。
手に入れた当時を思い出していると、下から「あ~れ~」と上品に叫ぶ子供の声が聞こえてきた。
輝く小枝にも羽根がついて天に昇っていく。虫と違うところは、根元が幹についたままだということ。おかげで森神の梢が空へ向かって成長しているようにみえる。
「木こりみたいに切り倒してやるよ」
虫のいなくなった穴に降りたダイラーが、戦斧を水平にして構え、梢と幹がくっついているところに打ち込んだ。小枝がのばされて放たれたゴムのごとくはじけ、その勢いで空の雲の切れ間へ飛んでいった。
輝く小枝が昇天すると、森神の崩壊が始まった。




