↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神も人も〜人に砕かれた神の核を巡る、現代妖異譚〜  作者: 佐藤 潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/71

第63話 沈黙

「緋珠総監。結城隊長が出ないのであれば、壱災位案件ですし、殲異部隊にも出動要請をした方がよろしいのでは?」


相楽の提案に、緋珠は小さく首を横へ振った。


「今日、東隊長は休暇を取ってるわ。殲異部隊を動かすなら連絡しないとだけど」


その一言で、相楽ははっと息をのむ。


「あ……今日は、奥さんと娘さんのご命日でしたね……」


申し訳なさそうに目を伏せる。


「ええ」


緋珠は静かに頷いた。


(せめて今日くらい何事もなく終わってほしかったのだけれど……)


——————————————————


福島県――山々に囲まれた片田舎の小さな村。


その入口付近には、陰務省の軍用車両が数台並び、慌ただしく隊員たちが行き交っていた。


その一角に設けられた簡易テント。


そこには、純白の衣をまとった細身の女が静かに腰掛けていた。


制縛部隊副隊長――御門皐月。


そのもとへ、一人の隊員が足早に駆け寄ってくる。


「御門副長!」


荒い息を整えながら報告を始めた。


「村の全家屋を確認しましたが、残念ながら……」


言葉はそこで途切れる。


苦虫を噛み潰したような隊員の表情が、家々で目にした惨状のすべてを物語っていた。


御門は静かに目を伏せる。


「……そう。間に合わなかったのですね」


「はい」


隊員は重々しく頷いた。


「喜林寺の方は、まだ確認できていませんが……」


御門は返事をせず、手にしていた資料へ静かに視線を落とした。


資料には、今回の任務内容が簡潔に記されていた。


第一優先――近隣住民の安全確保。


第二優先――喜林寺関係者の救援救助。


そして最後に、本案件の原因である壱災位呪物《傀儡鐘》の再封印。


傀儡鐘は鐘の音を媒介として人を狂気へ誘い、自死へ導く。


さらに、その魂を吸収することで力を増し続ける呪物だと記されていた。


御門は静かに資料を閉じる。


そして立ち上がると、村の入口まで歩みを進め、周囲をゆっくりと見渡した。


そっと目を閉じる。


意識を研ぎ澄ませ、耳を澄ます。


聞こえてくるのは、慌ただしく駆け回る隊員たちの足音。


飛び交う指示の声。


山を吹き抜ける風と、それに揺れる木々の葉擦れ。


――鐘の音は、聞こえない。


その異常性に御門は気づいていた。


呪物における災位の基準は、妖や怪異、人とは少し異なる。


評価されるのは主に三つ。


呪効果の強さ。


効果範囲の広さ。


そして――自我の有無。


基本的に、強力な呪効果を持ち、広範囲へ影響を及ぼす呪物であっても、その災位は高くて弐災位に留まる。


物という器には、宿せる呪いの量にも限界があるからだ。


本来、壱災位へ至る呪物には、自我を持つことが絶対条件とされている。


自ら意思を持ち、判断し、呪いを能動的に振るう。


そこまで至って初めて、呪物は壱災位と認定されるのだ。


だが、《傀儡鐘》は例外だった。


自らの力で、自死した者の魂を取り込み、際限なく力を増し続ける。


さらに、取り込んだ魂を解き放つ危険性まで秘めており、破壊することができない。


その結果、自我を持たないにもかかわらず、壱災位呪物と認定された数少ない存在なのである。


御門はすぐさま隊員たちを招集した。


集まった隊員たちは、一糸乱れぬ隊列を組み、整然と並ぶ。


その正面へ立った御門は、一人ひとりの顔を見渡し、静かに口を開いた。


「今回の任務は、壱災位呪物《傀儡鐘》の再封印、並びに近隣住民の安全確保です」


一拍置き、静かに続ける。


「しかし、私たちは間に合わなかった。喜林寺の関係者についても……望みは薄いでしょう」


隊員たちの表情がわずかに曇る。


悔しさ、無力感、怒り。


誰もが複雑な感情を胸に押し殺していた。


御門はそんな隊員たちを真っ直ぐ見据える。


「私たちに残された任務は一つ。《傀儡鐘》の再封印です」


その声音は静かでありながら、強い意志を宿していた。


「これだけは必ず果たさなくてはなりません。結城隊長は、私たちならできると信じ、この任を託してくださった」


御門はゆっくりと拳を握る。


「これ以上の被害は、一人たりとも出させない。直ちに《傀儡鐘》の再封印を開始します」


その言葉に応えるように、隊員たちは一斉に踵を鳴らし、背筋を伸ばす。


「はっ!」


隊列を組んだ制縛部隊は、喜林寺を目指して進んでいた。


足音だけが規則正しく響き、誰一人として無駄口を叩く者はいない。


その先頭を歩く御門は、周囲へ鋭い視線を巡らせながら歩みを進めていた。


――嫌な予感がする。


胸の奥に引っかかるような違和感が、何度も頭をよぎる。


何かがおかしい。


すると、不意に隣から声が掛かった。


「副長、どうしたんですか?」


御門が声のした方へ視線を向けると、そこには今回の任務で補佐役を務める片桐が並んで歩いていた。


片桐は御門の表情を窺うように、わずかに眉を寄せている。


「いえ……少し胸騒ぎがして」


御門が静かに答えると、片桐は声を抑えながら小さく笑った。


「はは。まあ、壱災位呪物の案件を担当するのは初めてですからな」


肩をすくめるように笑い、続ける。


「普段なら黒杖家が出張ってきますし。そういう意味では、今回は異例中の異例ですよ」


そう言って片桐はわずかに顔を後ろへ向け、横目で隊員たちを見やった。


整然と隊列を組み、黙々と歩を進める隊員たち。


「ですが、ここにいるのは全員が弐災位保持者の精鋭です」


再び御門へ視線を戻す。


「そして御門副長、あなたは壱災位保持者だ」


片桐は穏やかな笑みを浮かべた。


「副長もさっき言っていたでしょう――私たちならできる、と」


その眼差しは、柔らかく暖かみに満ちたものだった。


「それに、ここには俺、いや私を含め、副長より陰務省での歴が長い者もおります」


御門は、まさか部下の方から励まされるとは思ってもおらず、何と返せばいいのか分からないまま言葉を探していた。


すると片桐は、何か勘違いして慌てて両手を振る。


「あっ、いえ!決して歴の長さで副長を軽視しているとか、そういう意味ではありませんからね!」


慌てふためく片桐の姿に、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らいだ。


御門の表情から、わずかに力が抜け、小さく息を吐き、ほんのわずかに口元を緩めた。


「……ええ。そうですね」


一行は警戒を怠ることなく歩を進め、やがて喜林寺の近くまで辿り着いた。


その瞬間、焦げた肉にも似た生々しい臭気が鼻を突く。


御門はわずかに眉をひそめた。


「副長……」


隊員の緊張した声が耳に届く。


「ええ。急ぎましょう」


御門の一声で、一行は歩調を速めた。


喜林寺の本殿を回り込むように進むと、林を切り開いた一本の道が姿を現す。


そして、その道の先。


異様な存在感を放つ巨大な影が、静かに佇んでいた。


篝火が、それを取り囲むように等間隔で並んでいた。


揺らめく炎が、その異様な影をぼんやりと照らし出す。


「あれが……傀儡鐘ですか」


片桐が小さく息を呑む。


「資料の情報より大きいような……」


その呟きを聞きながら、御門は静かに振り返り、隊員たちへ視線を向けた。


「目標は《傀儡鐘》。これより再封印を開始します」


凛とした声が、その場に響く。


「現在は沈黙していますが、警戒は決して怠らないこと。慎重に行動してください」


隊員たちは無言で頷いた。


「二班に分かれ、左右から回り込みます。配置につき次第、《封呪》の護符を設置してください」


御門は続ける。


「設置完了後は、私と片桐で本封印へ移行します。護符の設置を終えた者は、不測の事態に備え、周囲を警戒しつつ待機してください」


指示を言い終えると、御門は隊員一人ひとりの顔を見渡し、小さく息を吐いた。


そして、鋭く命じる。


「――散!」


その号令と同時に、隊員たちは一斉に散開した。


隊員たちを見送ると、御門は隣に立つ片桐へ視線を向けた。


片桐も静かに頷く。


「行きましょう」


二人は真っ直ぐ《傀儡鐘》へ向かって歩き出した。


その足取りは慎重で、一歩一歩、地を確かめるように進む。


片桐は腰に携えた刀の柄へ手を添えたまま、静かに口を開いた。


「なぜ、あれは沈黙しているのでしょう」


「分かりません」


御門は目を離さぬまま答える。


「資料にも、このような状態の記録はありません。本来なら常に鐘の音を響かせているはずです」


わずかに間を置き、続けた。


「ですが、近隣住民が犠牲になっている以上、私たちは村へ足を踏み入れた時点で、すでに《傀儡鐘》の効果範囲内にいるはずです」


歩みを進めるたび、鼻を刺す異臭は一層濃くなる。


そして、篝火に照らされた《傀儡鐘》の全貌が鮮明になるにつれ、その周囲に広がる光景が二人の視界へ飛び込んできた。


「これは……」


思わず御門の目が細まる。


《傀儡鐘》の周囲には、崩れ落ちた瓦礫が無数に積み重なっていた。


だが、それ以上に目を奪われたのは、散乱する遺体だった。


木へ何度も頭を打ちつけ、そのまま絶命した者。


自ら口の奥へ手を押し込み、窒息した者。


小刀で喉を掻き切り、血溜まりの中へ倒れ伏した者。


そして、《傀儡鐘》の目前では、倒れた丸太の下敷きとなり、全身を焼かれて炭と化した遺体。


地獄絵図という言葉ですら、生ぬるい惨状だった。


一瞬だけ、二人の足が止まる。


しかし御門は静かに息を吐き、前を見据えた。


「……気を引き締めていきましょう」


「はい」


片桐は短く応じる。


やがて二人が《傀儡鐘》の正面まで辿り着いた、その時。


――ピィィッ。


周囲から鋭い笛の音が響いた。


護符の設置完了を知らせる合図だった。


「副長、合図です」


片桐はそう言うと、静かに刀を抜き放ち、油断なく構えた。


御門は《傀儡鐘》を真っ直ぐに見据えた。


その眼差しに、一切の迷いはない。


白い羽織が風を受け、静かにはためく。


御門は両手に護符を構え、静かに口を開いた。


「あなた方の魂を救うことができず、申し訳ありません」


その言葉は、目の前に散らばる無数の亡骸へ向けられたものだった。


「ですが、せめて――あなた方が成し遂げられなかった封印は、私たちが必ず果たします」


——————————————————


陰務省――とある一室。


薄暗い室内で、結城は一冊の資料へ静かに目を落としていた。


「まさか……こんなところでも神の核の名を見るとは」


低く漏れた呟き。


そして、わずかに眉を寄せる。


「それに……」


言葉はそこで途切れた。


結城はゆっくりと部屋を見渡し、自分が触れた資料を元あった位置へ正確に戻す。


指紋一つ残さないかのように、わずかな乱れまで整えると、自らがこの部屋にいた痕跡を静かに消し去った。


そして何事もなかったかのように扉を開け、部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。