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神も人も〜人に砕かれた神の核を巡る、現代妖異譚〜  作者: 佐藤 潮


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第27話 報告と情報

あれから、哀の傷の手当をした。


深い傷ではないとはいえ、裂けた皮膚や打ち身をそのままにしておくわけにはいかない。

焔羅が横で騒ぎ、哀が「平気だから」と言い張り、それを白依が無言で黙らせる――そんなやり取りを挟みながら、どうにか一通りの処置を終えた。


その後、蘭丸には報告を入れた。


杣木邸の件は解決したこと。

村の現状。

そして、村人たちの遺体が残されていることも含めて、簡潔にメールを送る。


あの男なら、あとは必要な形に処理するだろう。


ひとまず自分たちにできることを終えた頃には、辺りはうっすらと明るくなり始めていた。


夜の底に沈んでいた村へ、淡い朝の気配が差し込んでくる。


長く感じた夜だった。


けれど、その長さに見合うだけのものを、この場所に残した気もした。


杣木邸は、もう呪われた古民家ではない。


そう呼ばれていた名残だけを残して、ようやくただの古い家へ戻ろうとしていた。


――BAR《夜桜》


「呉代ちゃん。今日はもう店、閉めちゃいましょう」


蘭丸は、外がうっすらと明るくなり始めているのを見て、エプロン姿の女店員へ声をかけた。


「了解。外のネオン消してくる」


女は短く返すと、気怠げでも無駄のない足取りで店の外へ向かった。


それと同時に、メールの通知音。蘭丸の携帯が鳴った。


差出人は、白依たち。


「へぇ、もう終わっちゃったんだ」


蘭丸はそう呟きながらメールを開き、送られてきた報告へ目を通す。


杣木邸の件は解決。

村の現状。

そして、村人たちの遺体について。


そこまで読み進めたところで、蘭丸はわずかに眉を上げた。


「にしても……村が全滅、ねぇ」


軽く言ってはいるが、その目は笑っていない。


蘭丸はしばし黙り込む。


これは単なる事故物件の処理では済まない。


村ひとつが丸ごと死んでいたとなれば、表向きの始末も、裏の後処理も、それなりに面倒なことになる。

陰務省にどこまで任せるか。

御三家が嗅ぎつける可能性はあるか。

遺体の扱いをどうするか。

この件を“どういう形で終わらせるか”まで含めて考えなければならない。


蘭丸は携帯の画面を見つめたまま、細く息を吐いた。


「……ま、でも」


口元だけで、薄く笑う。


「それ込みでも、上出来すぎるくらい上出来かしら」


白依たちは、生きている。

杣木邸の件も片づけた。

それどころか、あの厄介極まりない呪民家を、本当に“使える物件”へ変えてしまったのだ。


「やっぱり、とんでもないの拾っちゃったわね」


甘い声音の奥で、愉しげに目を細めた。


蘭丸は指先で携帯を閉じた。


「あら?」

そこでふと、呉代がまだ戻っていないことに気づく。


外のネオンを消すだけの作業。いつもなら一分もかからない。

だが今は、白依たちからの報告を確認しているあいだに、もう三分は経っていた。


蘭丸はわずかに眉を寄せる。


静かな足取りで扉の方へ近づくと、向こう側から呉代の声が聞こえてきた。


どうやら、誰かと言い争っているらしい。


「だから、もう閉店だって言ってるでしょ!」


苛立ちを抑えた呉代の声。


それに対して、聞き取れない何かが重なる。


蘭丸は扉を開けつつ、軽い調子のまま声を投げた。


「なになに?どうしたのよ?」


扉の先では、呉代が腕を組み、苛立ちを隠しきれない顔で立っていた。


その向かいで言い合っているのは、黒い猫の着ぐるみに狐の面をつけた奇妙な人物だった。


場違いなほどふざけた格好。

だが、その立ち方には妙な遠慮のなさがある。


「いいじゃん!まだお店の看板、電気ついてるじゃん!」


狐面の奥から響く声は、やけに軽い。


「だから!それを消そうとしたら、あんたが邪魔してきたんでしょうが!」


呉代がぴしゃりと言い返す。


声を荒げてはいるが、相手との距離はきっちり保っていた。


蘭丸は大きくため息を吐くと、二人の間へ割って入った。


「はいはい。呉代ちゃんも、籠杜くんも、そこまでよー」


その名を聞いて、呉代が怪訝そうに眉を寄せる。


「……籠杜?」


「そっか。呉代ちゃんは会ったことなかったわね」


蘭丸は軽く肩をすくめた。


「まあ、そうそう会う相手でもないんだけど……」


そう言いながら、蘭丸は狐の面をつけた相手――籠杜へ視線を向けた。


籠杜は、蘭丸の意図を察したのか、小さく肩をすくめた。


「僕は籠杜伝。いちおう、陰務省の隠密部隊隊長してまーす。――これでいい?」


軽い口調のまま、最後だけ蘭丸へ確認を投げる。


蘭丸は呆れたように息を吐いた。


「はぁ……最初からそうしなさいよ。まったく」


そう言って額に手を当てる仕草をしながらも、完全に本気で怒っているわけではない。


籠杜は気にした様子もなく、さらりと続けた。


「じゃあ、そろそろお店に入れてくれない?」


「……まあいいわ」


蘭丸はそう返すと、振り返って呉代へ声をかける。


「呉代ちゃん、ネオンとかは消しておいて。その後は店の奥で作業をお願い」


「……了解」


呉代はどこか納得していない顔のまま、それでも短く返した。


店に入ると、蘭丸と籠杜はテーブル席へ向かい、向かい合うように腰を下ろした。


「飲み物はでないのー?」


籠杜が気楽な調子で言う。


「言ったでしょ?もう閉店なの」


蘭丸はそっけなく返した。


「ていうか、あなた面を外さないくせに、どうやって飲むのよ」


「こういうのは雰囲気だよ」


「はあ……」


蘭丸は呆れたように息を吐く。


「そういうのはいいから。で?本題は?」


最後の一言で、声がすっと低くなった。


先ほどまでの軽薄さが引き、空気がわずかに張る。


向かいに座る籠杜も、それでようやく茶化す段階ではないと察したのか、僅かに姿勢を正した。


「わざわざ陰務省の隊長様が、お一人で遊びに来たわけじゃないでしょ?」


蘭丸が細く目を眇める。


声音は柔らかい。

けれど、その奥には値踏みするような鋭さがあった。


「んー……蘭丸なら、もう分かってるでしょ?」


軽い調子のまま、間延びした声で返す。


「僕、駆け引きとか苦手なんだよね」


その言い方は飄々としていたが、冗談だけで済ませる気もないらしかった。


蘭丸は頬杖をつき、じっと籠杜を見つめる。


「でしょうね。だから余計に面倒なのよ、あなたみたいなのは」


夜明け前の《夜桜》には、もう客の気配はない。


静まり返った店内で、二人の間にだけ、薄く張りつめた空気が残っていた。


「単刀直入に言うと――そっちが掴んでる“白い童”についての情報が欲しい」


それを聞き、蘭丸は椅子の背もたれへゆっくり身体を預けた。


「本当に、どストレートに聞いてくるわね」


呆れ半分、感心半分といった声だった。


そのまま蘭丸は視線を天井へ流し、ゆるく続ける。


「その前に、陰務省はその“白い童”の情報を集めて、どうしたいのかしら?」


籠杜は、こともなげに答えた。


「僕、その辺よく分かんないや。そういうのは御影に任せてるから」


「……あんたってやつは」


蘭丸は片手で額を押さえ、深くため息を吐いた。


陰務省の隊長がここまで迷いなく言い切るのも、ある意味では才能かもしれない。

だが、交渉相手としてはたまったものではなかった。


蘭丸はしばし黙り込む。


軽口を叩いているようで、頭の中では別の計算が静かに回っていた。


陰務省が白依に興味を持つのは、ある意味当然だ。

あれだけの存在を、放置できるはずがない。


だが、どの程度まで掴んでいるのか。

敵として見ているのか、取り込みたいのか、それとも単に監視対象として扱いたいだけなのか。

そこが見えない以上、こちらから情報を切るのは悪手にもなり得る。


やがて蘭丸は、視線を籠杜へ戻した。


「……まあ、いいわ」


指先で頬をとんと叩きながら、薄く笑う。


「欲しいって言うなら、まずはそっちが持ってる情報を出しなさいな。話はそれからよ」


甘い声音だった。


けれどそれは、譲歩ではない。

きっちり値踏みした上で、主導権を渡さないための声だった。


蘭丸は、籠杜から聞かされた情報をひとつずつ頭の中で整理した。


だが、聞かされた内容は、蘭丸が白依と出会う前に掴んでいたものと大差なかった。

新たに得られるものは、ほとんどない。


それでも、無駄ではなかった。


話を聞いたことで、ひとつは見えてきた。


――陰務省は、今の時点で白依と敵対するつもりはない。


少なくとも、最初から討伐対象として決め打って動いているわけではなさそうだった。


もちろん、全面的に信用できるほど甘くはない。

相手は陰務省だ。

必要とあれば、掌を返す可能性くらいいくらでもある。


だが、それでも今はまだ、“敵”と断じるには早い。


蘭丸は細く息を吐き、そこでひとつの結論を出した。


「ひとつ、仕事を依頼するわ」


蘭丸は、まっすぐに籠杜を見つめた。


狐の面の奥で、籠杜がわずかに首を傾げる。


「それが、今の僕が話した情報の対価ってこと?」


蘭丸は否定も肯定もせず、ただ肩をすくめるだけだった。


曖昧な仕草。

けれど、それで誤魔化されるほど籠杜も鈍くはない。


伊達に隊長を務めているわけではなかった。


「……それで、その内容は?」


軽い口調のまま問い返す。


だが先ほどまでの飄々とした空気は、少しだけ薄れていた。

仕事の話だと察したのだろう。


蘭丸は口元にだけ笑みを浮かべたまま、ゆっくりと脚を組み直す。


今度は、こちらが条件を出す番だった。


――――――――


杣木邸。


辺りは、すっかり明るくなっていた。


長い夜を越えた山あいの村に、朝の光が静かに差し込んでいる。

あれほど濃くまとわりついていた不気味さは薄れ、今はただ、古びた家々と湿った土の匂いだけが残っていた。


「白依様! あらかた家の掃除は完了しました!」


家の中から、弾んだ哀の声が飛んでくる。


白依は、車の中で待たされていた。


無論、自分も動くと言ったのだが、休んでいてくださいだの、主は座っていてくださいだのと哀と焔羅に押し切られ、結局こうして車内で時間を潰す羽目になっていたのだ。


やれやれ、とでも言いたげに小さく息をつくと、白依はようやく車から降りた。


朝の光を受けて、白い髪が淡く揺れる。


視線の先には、玄関先でどこか誇らしげに立つ哀の姿があった。


傷の手当を終えたとはいえ、まだ万全ではないはずなのに、その顔には疲れより達成感の方が強く出ている。


白依はそんな哀を見て、わずかに目を細めた。


眩しい。


それは、朝日が――ではなかった。


目の前にいる哀から滲む、言葉にできない何かが、白依にそう思わせていた。


「白依様! ここなら台所もあるので料理ができます! 何かお作りしましょうか?」


哀は傷のことなど忘れたような顔で、きらきらとした声を上げる。


白依も、焔羅も。


(こいつはまだ働こうとするのか)

(哀殿、さすがに休んだほうが……)


まったく同じことを思った。


けれど、もう何も言わなかった。


止めても、たぶん聞かない。

それくらいは、二人とももう分かっていたからだ。


白依は小さく息を吐く。


朝の光の中で忙しなく動こうとする哀の姿は、やはりどこか眩しくて――少しだけ、直視しづらかった。


その時、車の中に置いてあった哀の携帯が鳴った。


短い通知音が、朝の静けさを小さく揺らす。


画面に表示されていた差出人は――久世蘭丸。


内容は簡潔だった。


村人たちの遺体処理について、人員を派遣する。


それだけ。

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